第98話 1000年越しのプロポーズ
「アレク、そろそろ起きて」
「ん…。寝てたか…」
どうやら戦いの後いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
「魔力はまだ少し余裕があるな」
「私は最後ので使いすぎたかも」
全ての属性を展開したんだ。そりゃ使う魔力も相当だろう。
「しかし、エマのあの魔力はなんだ?」
「んー、わかんない!」
「だよな」
エマに聞いた俺が馬鹿だった。
「さ、お楽しみの宝物庫だ」
「やったー!!!」
さっきまで疲れ切っていたのに、お宝となれば元気いっぱいだ身内ながら現金な奴だ。
「アレク、あれなんだろ」
「ん?宝玉…?」
宝物庫の扉の横には3つの宝玉が飾られていた。2つは黒ずんで輝きを失っているが、あと1つは紫色に輝いている。
「ね、ねぇ…この魔力って…」
「ああ…呪術だ…」
2つ黒ずんでいるって言うことは…。ガーゴイルでの1回とさっきの写し身の獣との1回か…。まさか、魔術の代償を無効化したのか…?
「そんな物が…。ベイガールはこんな物まで作っていたのかよ。とんでもないな…」
「あと1個はどうするの?」
持って帰って研究してみるか?いや、ダメだな。
〔パリンッ〕
俺は宝玉を握りつぶした。
「危険すぎる。こんな物が邪悪な奴の手に渡れば大変なことになる」
「そうだね、勿体ないけど仕方ない。早く中入ろ!」
「わかったから、ひっぱるな」
エマはうずうずして待ちきれないようだ。俺の袖を引っ張っていく。
「ドキドキするね…」
「そうだな…」
俺とエマは恐る恐る扉を開けた。
「これは…」
俺とエマの目の前に広がるのは大量の魔導具とキラキラと輝く金銀財宝。ではなかった。
「魔導袋?」
「あと、小さい箱と封筒だな」
だだっ広い部屋に似つかわしくなく、ちょこんと中央の台座に魔導袋と封筒、そして小さい箱が置いてあった。
「……」
「エマ、あからさまに嫌そうな顔をするな」
「だってぇ…こんなに頑張ったのに…」
「まぁ、魔導袋の中身を見てみよう」
俺は魔導袋に触れた。瞬間、部屋に明かりが灯った。
「ビックリしたぁ」
「なになに!?」
そして、奥の白い壁に何かが映し出された。ザザッとノイズを立て次第に形を表していった。
「誰だ…?」
「アレクと同じ黒髪…」
そこに映し出されたのは黒髪で茶色の瞳の男だった。なんだこれ、絵が動いている?絵や写真じゃないのか?
『あ、あ、あ、マイクテスマイクテス。聴こえてる?』
「な!喋った!?なんだお前!」
「だ、誰!?」
壁に映る男は突如として喋りだした。通信用の魔導具か?
『録画できてる?オッケー、ありがとー』
「こいつ誰に喋ってんだ?」
「さぁ…」
そして、男はジッと俺達を見た。
『驚いている所かな?これは"録画"と言ってね。その録画をすると時間を切り取りその時の出来事を保存することができるんだ。写真の動くバージョンって思ってもらえればいいよ。記録だから見てる君の問には答えられない事を許して欲しい』
「これも記録なのか…すごい時代だなほんと…」
「だね…」
写真の動くバージョン…全く仕組みがわからん。
『まずは、ダンジョン踏破おめでとう。最後の写し身の獣を倒した事で君の心の強さが証明された。心強き戦士よ、戦利品としてその魔導袋と中の物を贈ろう。君の時代と通貨が変わっていたらいけないから、金は入れていないが、魔導具や宝石を入れておいた。有効活用してくれ』
「宝石!!」
「あとで確認しよう」
男は淡々と話を続ける。
『おっと、まだ名乗っていなかったね。僕の名前は"ノーグ・ベイガール"ベイガール魔導王朝の初代国王だ。まぁ、初代って言ってももうすぐ滅ぶけどね!』
衝撃的な発言だ…。ベイガール王は国が滅びるのをわかっていたのか…?それに、随分若い。20代だろうか?イメージではおじいさんだったのだが。
『この記録を残したのには2つ理由がある。1つはこの遺産を君に引き継ぐため。あと1つは…』
ベイガール王の顔が少し曇り、諦めたように笑った。
『アルに…聖神龍アルテナに、その小さな箱と封筒を渡して欲しいんだ。箱の中は見ていいけど、封筒は恥ずかしいから見ないで欲しいな』
俺とエマは箱の中を見た。箱の中にはシンプルな銀の指輪があった。
『シンプルだろ?彼女はギラギラゴツゴツしたのが嫌いでね、プレゼントはいつもシンプルな物にしてるんだ。
このダンジョンを知ってるってことは君はアルから信頼されている人だろ?ここを知ってるのは僕とアルしかいないから。僕とアルがどんな関係かなんて気付いていると思うけど、一応恋人だよ』
一応?曖昧だな。アルも疑問形だったけど。
『僕はアルに出会ってから何度も交際を申し込んでいるんだ!それで、やっと僕が成人した日にOKを貰ったんだ。でも、彼女は愛がわからないとこれが恋人なのかもわからないといつも言っててね、どうしても疑問形になってしまうんだ』
ベイガール王は少し寂しそうな顔をした。
『アルと恋人になって今日でちょうど45年。その指輪はプロポーズの為の指輪なんだ。でも昨日、予言の力を持った少女から「この国は1ヶ月以内に滅びる」って言われてね。信じられないだろ?今も街は活気に溢れエノリス大陸でも争いの予兆はない。
悔しいことに少女の予言は100%当たるんだ。国が滅びると同時に僕も死ぬらしい。死ぬ男がプロポーズしたって意味無いだろ?だから、指輪はここに置いておいたんだ』
45年?この人は老けないのか?そういう魔導具すら開発したのか?それに、予言の力…。アリアが持っていた特性だろう。ベイガール王の顔が辛そうだ…。こっちまで泣きそうになってくる。
『アルには適当に理由をつけてエノリス大陸を半年程離れてもらってる。彼女が巻き込まれることは無いはずだ。例え始祖の龍でも大陸が滅ぶほどの事故があれば命を落とすかもしれないからね。
彼女は元気にしてるかい?僕の死を引きづったりしてるのかな…。まぁ、この映像が何百年、何千年後に見られるかはわからないけど、アルはあっさりしてるから僕の事もすぐ忘れてしまってるかもね…』
「そんな…アルは…1000年経った今でも…あなたのこと…」
「……辛いな…」
ベイガール王の話を聞き、エマはポロポロと涙を流している。エマの肩を抱き寄せ、ベイガール王の話を聞く。
『でも、君がここに来たって言うことは少しは記憶にあるみたいだ。アルが信頼する人間か…。君はどんな人だい?髪の色は?アルとの出会いは?もしかしたら、君じゃなくて君達かもね!…正直、君が羨ましい。アルと共に時間を過ごせる君が…。
アルは愛を知らないって言うだろ?だから、君にはアルに愛を教えてあげて欲しい。どんな形の愛でも良いよ、友人愛、恋愛、家族愛。僕が教えてあげられなかった物を君が教えてあげてほしい。自分勝手なお願いで申し訳ないね、でも、それができるのは君だけだ。よろしく頼む』
ベイガール王は静かに目を閉じた。
『もう時間だ。この映像は1度流れると自動で削除されるようにしておいた。これで、君ともお別れだ』
ベイガール王の瞳からは涙が零れ落ちる。
『わがままを言っていいなら…。一度だけでいいから…アルに愛してると言って欲しかった…』
映像は終わり、その場にはエマの鼻をすする音だけが響く。
「帰ろう…」
「うん…」
俺は指輪が入った箱と分厚い封筒、魔導袋を持ってダンジョンを後にした。
◇◇◇
家に着いたが、なんとなく入りずらい。
「家の前でなにしておるんじゃ?ん?エマ、魔力の質が変わっておるの、その様子じゃと無事ダンジョンを攻略できたようじゃの」
「ああ、宝物庫にも入った」
「そうか…な、なにかあったか…?」
どうやら、アルもなにかしら期待しているようだ。愛を知らない?そんな訳ないだろ。アルはベイガール王を愛してやまない。そんな顔をしてる。
「その事で話がある。いいか?」
「う、うむ…」
テーブルを囲み、椅子に座る。
「宝物庫にあったのはこの3つだ」
俺は小さな箱、分厚い封筒、魔導袋を出した。
「この箱と封筒はアルに渡して欲しいと言われた」
「い、言われた?ノーグと会ったのか?」
「ベイガール王の記録だ"録画"という物らしいぞ」
「あ、ああ…なるほどの…」
アルは小さな箱を開け、銀色の指輪を取り出した。指輪を持つアルの手は震えていた。
「…シンプルすぎるぞ…バカ…じゃが、嫌いじゃない…」
そして封筒を開け、1番上にあった1枚の紙を取り出した。どうやら、手紙のようだ。
アルは読み進めた後、顔を伏せた。
「す、すまん…アレク…エマ…少し席を外してくれんか…?」
「ああ…」
「ノーグは…最後になにか言っておったか…?」
出ていこうとする俺とエマにアルは声をかけた。言うべきか…?でも、言わないといけないことだろう。
「わがままを言っていいなら。一度だけでいいから、アルに愛してると言って欲しかった。と言っていたよ」
「……そうか…」
アルは口を片手で抑え、大粒の涙を流し始めた。始祖の龍でも、泣く時は泣くんだな…。
そんなアルを背に俺達は部屋から出た。
アルは部屋で1人涙を流している。頭に浮かぶのはノーグと過ごした日々、退屈だった孤独な日々を忘れさせる甘美で、楽しく、美しい日々だった。
「とっくの昔に…気付いておったさ…わかっておったさ…お前の事を愛していたことくらい…」
照れ隠しで悪態ばかりついていた頃を思い出す。
「気付かぬフリをしていた…恥ずかしくて…照れくさくて…もう妾の声もお前には届かぬというのに…」
後悔の念が込み上げ、アルは過去の自分を恨む。
「愛してる…愛してる…愛してる…。ノーグ…」
ノーグに伝わるように、気持ちを込めて何度も呟いた。自分が言えなかった言葉を今まで言えなかった分まで取り戻すように…。もう遅いとわかっていながら。
「ん…?」
すると、ノーグから贈られた銀色の指輪が光始めた。銀色の指輪は金色に輝き始め、そして、金色の龍を模した指輪へと変化した。
「粋な計らいじゃの…好みの指輪じゃ…さすがじゃな…愛しのノーグ…」
ノーグが贈った指輪は音声認識で変化するようにできていた。
変化する音声はアルの声で「愛してる」と言うことだった。
金色に輝く指輪をアルは左手の薬指に嵌めた。
残る封筒の中身を全て出す。出てきたのは大量の写真。アルだけが写っている写真、ノーグだけが写っている写真、2人が写っている写真、2人が過ごした日々がその封筒に詰まっていた。
アルは頬を緩めながら1枚ずつ懐かしみながら見ていた。
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アルテナへ
この手紙を読んでいるってことは僕以外に信頼できる人を見つけたんだね。僕の事も忘れた訳じゃないようでよかった。
まずは、謝らしてほしい。アルになんの説明もせず大陸を離れさした事を、ごめん。でも、理解して欲しい。アルは僕にとって命よりも大切な存在だ、始祖の龍だからじゃない、僕の恋人だから。
僕が死んで何年経ったかな?何百年?何千年?エノリス大陸はどうなったかな、世界はどうなったかな、気になることが沢山だ。アルは元気かい?せっかく信頼できる人を見つけたんだ。悪態ついちゃダメだよ?
いやー、もっとたくさんの時間をアルと過ごすと思ってたんだけどなぁ。アルは悲しい?それとも「人間とは脆いのう」とか言って鼻で笑ってる?できれば5年くらいは悲しんで欲しいかな。ちょっと女々しいね…ごめん…。
さて、手紙を残したのは良いけど普段から伝えたいことは伝えているから特に書くことがないや!
そうだ、今アルが信頼してる人に僕の事を話してもいいよ!僕の予想だけど、多分なにかしら特別な力持ってるんじゃない?アルが気に入るくらいだからさ!なにかその人の助けになると嬉しいな。
もし、ベイガールの消滅から僕が生き残ったり、そもそもベイガールが消滅しなかったりしたらさ。その時はこの手紙を笑いながら一緒に読もう。
僕はアルにプロボーズするつもりだったんだー、でもほら、こんな不穏な予言されちゃできないよ。モヤモヤするから、ここでプロポーズするね。文章で申し訳ないけど、僕の心からの気持ちだよ。
アル、大好きだよ。愛してる。アルの永遠の時間の1部を僕と共有してほしい。僕が生きていたら、返事を聞かせてね。
最後に。
アルは僕に愛してると言ってくれなかったけど、今アルが信頼してる人には素直な気持ちを伝えてあげてほしい。その人もきっとアルの言葉を待ってるから。人間はいつどうなるかわからない。もう、後悔しないようにね?
ノーグより
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◇◇◇
「アル大丈夫かな…」
「大丈夫だよ、しばらくは辛いと思うけど」
そんな話をしていると、家の扉が開いた。
目を赤くしたアルが俺達の元に走ってきた。
「うおっ」
「わっ…アル?」
アルは俺とエマに抱きついてきた。
「大好きじゃぞ…アレク、エマ…」
「アル…。うん、私も大好きだよ」
アルは鼻をすすりながらそう言った。エマもアルを抱きしめてそう呟いた。
「アレクはー?」
「え?」
「え?じゃないよ!アレクは?」
俺も言うのか…。なんか恥ずかしいな。
「お、俺も大好き…だ…」
「照れてるー!!アレク可愛いね!」
「うるせぇ!もう二度と言わん!」
「アレクも可愛いのう…」
「はぁ…」
俺は溜息をつきながらアルを抱きしめた。それから3人で笑い合いあった。
アルテナ島での生活は残り2週間となった。
第98話ご閲覧いただきありがとうございます!
次回をお楽しみに!




