35. 両親との面談
わたしは動きを止めてしまった人たちを見回すと、にっこりと笑った。
「家族団らんですか? でしたら、娘のわたしも交ぜてもらえますよね」
しかし返事は返ってこない。彼らはただただこちらを、目を見開いて見ているだけだ。
部屋の中央にはテーブルが置いてあり、ソファがそれを囲むように配置されている。
テーブルの短辺に一台の一人掛けソファ、長辺にそれぞれ、二人掛けのソファがある。
一人掛けには、お父さまが座っていた。少し皺が深くなっただろうか。でも、七年経ってもあまり変わらないものだな、と思った。
お母さまは手前の二人掛けソファに腰掛けていたが、顔をみるみる真っ青にすると、ドレスの裾を慌てたように持ち上げて、向こう側のソファに駆けこんだ。
そこには、男の子と女の子がきょとんとして座っている。
お母さまは急いで兄妹の間に割り入ると、慌てたように両腕で二人を引き寄せ、そして彼らを掻き抱いた。
身体を丸め、俯いて、ぶるぶると震えている。
鳴り響く雷から、彼らを守るように。
わたしは雷が鳴っても、一人で震えるしかなかったのに。今ではもう、窓からぼんやりと稲妻を見るようになってしまったのに。
その光景を冷めた目で見つめていると、小さな声が聞こえた。
「ツェツィー……」
声のしたほうに振り向くと、お父さまがわたしを呆然と見つめている。
わたしはフフッと笑って話しかけた。
「お父さまったら全然、塔のほうにお越しくださらないのですもの。酷くないかしら。だから、自分から来てしまいました」
にこやかに言ってみせると、お父さまは絞り出すような声で話しかけてきた。
「あ、ああ……すまないね、ツェツィー。では今度、塔に行かせてもらうよ」
「今度、ではなく、今ここで。わたしとお話ししましょう」
ごまかされるのはもうごめんだ。
わたしが低い声できっぱりと告げると、お父さまは諦めたように、先ほどまでお母さまが腰掛けていたソファを手のひらで指した。
「それでは、そこに」
「そうさせてもらいます」
わたしは回り込むとソファの真ん中に座った。カレルはわたしの背後に立って控える。
するとお父さまが眉根を寄せて、彼に問うた。
「お前はなんだ? ただの使用人ではなかったのか?」
どうやら、彼と話をしたことを覚えているらしい。
「僕ですか? 僕は、お嬢さまの弟子です」
カレルは軽やかな声でそう答える。
「……弟子、だと?」
「はい」
お父さまの確認に、カレルは迷いなく返事をした。
魔女の弟子。
それを明かすのか。命の危険を感じるからと、ずっと隠して生きてきたのに。
彼は相応の覚悟を持って、わたしに付き合ってくれているのだ。
「塔に来てから、次第に傾倒してきたの。困っちゃうわ。今は使えるから置いているのよ。そのうち解放するわ」
手のひらを天井に向け、肩をすくめてそう付け加える。
ここまでわたしを怖がっているのだから、彼らは魔法の存在をある程度は認めているのだろう。
だとしたら、こう言っておけば、わたしがなんらかの魔法を使って彼を使役したのだと、勝手に思ってくれるかもしれない。
カレルをなるべく危険に晒さないように。
わたしの意図はわかったのか、カレルは口を挟んだりはしなかった。
わたしは正面に座る、お母さまのほうに目を向ける。
「その子たちがわたしの弟と妹ですか?」
すると、お母さまはビクリと身体を震わせた。返事はない。
「お姉さま……?」
しかし母の腕の中から、そんなつぶやきが聞こえて、弟と思しき少年は顔を上げて、まっすぐにこちらを見つめてきた。
弟の言葉に反応したように、妹もこちらに視線を向けて、パチパチと瞬きを繰り返している。
似ていた。髪の色と瞳の色はもちろん違って、金髪と青い瞳だったけれど、顔立ちはわたしと似ていた。
なのに、わたしは塔に一人取り残され。
弟妹は、抱き締められて守られている。
なんという違いだろう。
わたしは膝の上で、両手をぎゅっと握り締める。
泣くな。弱いところを見せたくはない。わたしは堂々としていなければならない。
下唇を噛んで耐えていると、取り繕うような、媚びたような、そんなお父さまの声がした。
「ツェツィー。積もる話もあるのだろうし、この子たちは部屋から出してもいいかな?」
「ええ。構いません」
実際、子どもに聞かせる話は出てこないだろう。そして彼らに言うこともなにもない。
様子を見るに、弟妹はある程度はわたしの状況を知っていても、ちゃんと理解はしていない。確か今は、七歳と六歳。
彼らにはなんの恨みもない。
身じろぎもせず固まっていた使用人たちが、ハッとしてバタバタと動き始め、弟妹を連れて早足で扉のほうに向かっていく。
弟たちは、「なんで?」「お姉さまとお話ししたい」などと言っていたが、引きずられるように部屋を出された。
扉がパタンと閉まったのを見届けると、まずはお父さまが口を開く。
「大きく……美しくなったね、ツェツィー」
「ありがとうございます。おかげさまで」
ここまでちゃんと育ったのは、いろいろ支給されたおかげとも言えるだろう。わたしは素直に感謝を口にした。
「それから……、どうやって塔を出てきたんだい?」
わたしはその質問に、くすくすと笑って答えた。
「嫌だわ、お父さま。おかしなことを訊きますね。普通に歩いて玄関を出たんです」
「え……」
「だって誰も塔を監視していないんですから、出ようと思えばいくらでも、自由に出入りできるでしょう?」
結界を破った、などという話はしなくてもいいだろう。する必要などない。
「わたしは塔の中にいろと指示されたから、今日まで大人しく言われた通りにしていただけです。だって『聡い子』ですから」
「え……あ……」
お父さまは言われたことがすぐには理解できないのか、頭を抱えるように手を額に当てた。
「そう……そうだね……本当に、そうだ」
ようやく頭が回り始めたらしい。
なぜ今まで、『封印の塔』の力を信じ切っていたのかわからない、とでも言いたげだった。
お母さまのほうを見てみると、青白い顔色で口元に手をやって、考え込んでいる。
いったいなにが、彼らにそこまで魔法を信じさせたのか。魔法が発動したところを見てもいないのに。
「まあ。まさか、『封印の塔』が『黒き魔女の魂のカケラ』を封印してくれると信じていたんですか? 本当に魔法がこの世に存在していると?」
コロコロと笑う。
実際にどうだったかは、問題ではない。本当に魔法があるだなんて言っても話が混乱するだけで、わたしが知りたいことは引き出せない。
わたしが知りたいのは、なぜ両親はわたしを見捨ててしまったのか、ということだ。
お父さまはうなだれたまま、話し始める。
「信じて……いたわけでは……なかった」
なかった。過去形だ。
「今でも、火を出したり水を出したり、そんな魔法が現代にあるということには……懐疑的だ」
自分の考えをまとめながら話しているのか、ぽつぽつと、ゆっくりと、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「ただ、八百年前の出来事は、本当にあったことではないかと」
「『白き魔女』と『黒き魔女』の戦いが?」
「ああ」
「なぜ、そんなことを思うようになったんですか? わたしが塔に住むようになった頃には、信じてはいらっしゃらないようにお見受けしていましたが」
わたしに対して言っているのではないのかもしれない。彼の視線はわたしのほうには向けられない。
「あの頃は、確かに信じていなかった。だから王家にも、幼い子を完全に閉じ込める必要はないのではないかと、何度も交渉をした」
それからお父さまは、大きく息を吐く。
そして続けた。
「しかし、言われたのだ。『でも実際に、おとぎ話の通りに、八百年後に黒髪と赤い瞳の娘は生まれた』」
わたしが生まれたことが、なによりの証拠だと。
その事実が、すべての根底にあるのだ。
「だから……あれはおとぎ話ではなく、本当に予言なのではないかと」
そうして誰もが、『封印の塔』の力を信じ始めたのだ。




