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今世では努力しようと思います

「いやぁ。生きてるって素晴らしい」

「いきなり何を言ってるのよ」


 事件が終わって早一ヶ月。

 僕は空き地で寝そべっていた。

 その隣にはアイラーゼが座っている。

 いつも通りの日々が戻ってきた証拠だ。


「だって僕ら二人はもう少しで死ぬところだったんですよ? それが生きてる。いやぁ、素晴らしいね」

「……別に、私が何とかしてたわよ」

「いやぁ無理でしょ」

「何ですって?」

「何でもないです、はい」


 キッと睨むアイラーゼを何とか宥める。

 ほら、笑顔って大事だよ?

 だからそんなに睨まないで欲しい。


「ふぅん」

「……なんでしょうか?」


 じぃっと。

 アイラーゼが凝視してくる。

 僕の顔に何かついているのだろうか。


「前にも言ったけど、アイラーゼじゃなくてアイラって呼んでよ」

「ええー?」


 そんなことを言われても、あまり愛称で呼ぶのは慣れないんだよな。

 実際、愛称で呼ぶような友達なんていなかったし。

 しかしこんな風に真面目な表情で見つめられると、それはそれで呼ばなければ罪悪感がすごい。

 なんだろうな。


「――はぁ。わかりましたよ、アイラ」

「それでよろしい」


 言われた通りに愛称で呼ぶと、ふわっと微笑みが返ってきた。

 この子は本当に普通にしていれば可憐な美少女なのだ。

 性格は残念なのが非常にもったいない。


「あとはその敬語を直して」

「それは無理ですね」

「どうしてよ!」

「別にいいじゃないですか。敬語は悪いことじゃありませんよ?」

「私が嫌なの!」

「僕がいいからいいんですよ」


 他愛のない話が続いていく。

 うん。

 今日も平和である。


 そう。

 惨殺事件からおよそ一ヶ月が経った。

 その間に僕らを取り巻く状況が劇的に変化した――なんてことはなく、いつも通りの生活が繰り返されている。


 だが全く変化しなかったというわけではない。

 いくつか変わったところもやっぱり存在している。


「はあ! やっ! せいっ!」


 空き地で鈴の音のような声が空気を震わせる。

 その声に合わせて少女が身体を動かしていた。


 変わったこと。

 その一つはアイラの修練だ。

 惨殺事件から彼女の武術に対する何かが変わったらしい。

 それまでも武術を修練していたが、ここ最近は貪欲に強さを求めている。

 やはり死にかけたことが彼女を変えたのだろうか。


 修練に貪欲になったアイラはメキメキとその腕を上達していった。

 悔しい話だけれど、近接戦闘ではほとんど彼女に勝てない。

 距離を開けても危ない部分がいくつもあり、接近されれば途端に戦況が逆転する。

 今のアイラなら多分一ヶ月前に僕らを襲った黒ローブをどうにかできるんじゃないだろうか。


「そんなに修練して、辛くないんですか?」

「全然辛くないけど」

「そうですか。でも、あんまり無理をすると身体に悪いと思いますよ?」

「別にいいわよ。守りたい人を守れない方が、よっぽど辛いから」


 あまりに無理をしているようなら止めようとも思ったが、彼女は本気だ。

 本気で強くなろうとしている。

 それを止めてしまうのはどうなのだろうか、と僕は少し物怖じしてしまった。


「私は強くなる――次は私がレイを守るんだ」


 そんな彼女だ。


 これからもメキメキとその腕を上げて行くのだろう。

 できれば胸の方もメキメキと上達してくれればと思わないでもない。

 将来アイラは美人になるだろうから、楽しみではある。


 そういう僕の方も、武術の修練具合が上がった。

 変わったことの二つ目。

 ディノールとの修練が厳しくなった。


「お前はよく危険なことに顔を突っ込む。だがそれはお前が強くなってからにしろ。というわけで、これから更に訓練を厳しくするつもりだ」

「あなたは鬼か」


 殺人鬼と僕の戦闘がそんなにお気に召さなかったのか。

 お気に召さなかったんだろうなぁ。


 ともかく、ディノールが容赦しなくなった。

 彼曰く、殺人鬼と殺し合いを経験したんだから自分との修練なんて生温いだろう、ということだ。

 時々殺しにかかってるんじゃないだろうかと思うほど容赦ない。

 勘弁して欲しい。本当に泣きそうだ。


 最近はただひたすら避けることに身を置いている。

 というか、避けることに専念しなければ一発でノックアウトされてしまうのだ。

 自然と身体が相手の攻撃を察知するように鍛えられていくことを実感する。

 それ以外はからっきしだが。


「お前は武術に対しての才能はあまりないな。避ける才能だけは抜群だが」


 ディノールからハッキリと言われてしまった。

 何でも、避けることの身のこなしは良いようだが、それ以外は一般的な才能らしい。

 あくまで一般的。

 努力すれば一流まではいけるとのこと。

 それでも血反吐を吐くほどの努力がいるらしいが。


「だから血反吐を吐け」


 親が子供に使う言葉ではないと思いました。

 そんな親が襲いかかってくる。

 僕はそんな親を迎え撃たなければならない。

 まさしく恐怖である。


 変わったことはまだある。

 三つ目は魔術についてだ。


 魔術についてはマリーナが僕の周りでは一番詳しい。

 だからマリーナによく魔術についての質問をする。

 マリーナも我が子との共通点のある話だからか悪い顔はされない。


「魔方陣の改良って、どこまで可能なんですか?」


 ある時、僕はそんな質問をした。


「どこまで可能っていうのは?」

「母様は魔術は魔方陣を刻む段階で、どの部位にどれだけ魔力を込めるか、それらを調整することによって魔術の効果は変わるのだと言いましたよね?」

「ええ。言ったわ」

「でも、そうして魔方陣を改良していくのに限界というのはないんですか? 例えば魔方陣に色々引き詰め過ぎて魔方陣自体が機能しなくなるということもあるんじゃないでしょうか」


 つまりは魔方陣に魔力という名の改良パーツを加え過ぎると、魔方陣自体の容量がいっぱいになってしまうのではないかということだ。

 もしも魔方陣に容量が決まっているなら、その限界は知っておくに限るだろう。

 そんな疑問に対してマリーナは言った。


「魔方陣に限界なんてものは、多分ないわよ」

「……ないんですか?」

「ええ。私も限界まで試したことはないから何とも言えないけれどね」


 マリーナの言葉によると、どうやら魔方陣の容量に限界というものはないらしい。

 でもそれならば魔術を改良し放題ではないのだろうか。


「ただし。魔方陣に魔力を込めれば込めるほど、必要な魔力が相乗効果で跳ね上がって行くけれどね」


 もちろんそれ自体が簡単なことというわけではないらしい。

 魔方陣に魔力を余分に込める行為は確かに魔術を強くする。

 しかしそれは込めれば込めるほど消費魔力が上がっていくらしい。

 でなければ魔方陣全体のバランスが悪くなるとのこと。

 簡単にいえば足し算ではなく掛け算で消費魔力が上がっていくというわけだ。

 つまり魔術は改良し放題だが、持ち主の魔力がついていかないということだ。


「だから大抵の魔術師は魔方陣の改良なんてほとんどしないわ。精々使いやすいように安定力を増やすくらいねぇ」

「そうなんですか。せっかくできるのに、もったいない」

「確かにそうだけど、下手に改良して消費魔力を莫大に上げるよりは堅実に魔術を撃っていく方がいいのよ。それこそ魔力量が多い魔術師なら別でしょうけど」


 つまりは使い手次第というわけだろうか。

 そういう風に納得しておくことにしよう。


 この魔術については正直今までも知識を深めてきた。

 しかし、魔術の改良というのにどうもそそられるものがあるな。

 僕の魔力量はどのくらい多いのか、正直自分でもよくわかっていない。

 だが色々と試してみる価値はあるかもしれないな。


 というわけで。

 変わったこと三つ目、魔方陣の改良について色々なパターンを考え始めた。


 こうして僕の何気ない毎日に微妙な変化が舞い降りて行く。

 アイラと戯れ。

 ディノールに殺されかけ。

 マリーナに魔術について聞き。

 そして自分の魔導演算機を見直す。


 そうした日々が過ぎ去っていった。



 ★


「二人とも、ご飯よー」


 それから一年が経つ。


 マリーナの言葉を耳にして食卓に顔を出すのは僕と、もう一人。


「はーい」


 アイラだ。

 身寄りのない彼女とよく遊んでいる内に、なぜかこの家に住み着くことになったのだ。


 マリーナもアイラのことを気に入っているし、ディノールも娘の存在には満更でもない顔をする。


 たまに僕と一緒に彼女の将来について語るが、尻か胸かでいつも論争が起きるほどだ。


 この一年はとても穏やかに過ぎ去っていった。

 アイラを狙っているという貴族も、"人斬り"事件を皮切りに裏で手を回していたことがバレたらしい。そのまま国の方で処罰されたのだとか。


 だから、今では危険なことなどそうはない。

 たまに二人で挑んでくる子供をあしらってるくらいかな。

 今ではアイラは立派なボスだ。僕が裏ボス扱いされてるのは気に食わないけど。


 ディノールやマリーナのもとでのびのびとする生活は、とても好きだ。

 あれだけ怖かった外の世界も、今では怖くない。


 少しずつでいい。


 今世では努力して、人生を成功させようと。

 僕は今日も一日頑張ろうと心の中で意気込んだ。



「転生しました――前世では失敗続きだったので、今世では努力してみる――」。

完結しました。


あとがきのようなものは活動報告でさせてもらいますので、ここでは割愛させていただきます。



もしも評価を頂けると猫丸は天にも登りますので、よろしければお願いします。



また、連載中の「ただの欠陥魔術師ですが、なにか?」の方にも目を通していただけると幸いです。


ではでは。

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