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死闘を切り抜けました

 危ないところだった。

 僕が辿り着いた時にはアイラーゼは黒ローブに殺されかけていた現場だった。

 咄嗟に四級風属性魔術のガストショットを撃っていなかったら、どうなっていたことか。


「レイ、どうしてここに……?」


 冷や汗びっしょりのアイラーゼが疑問の声を上げながら近寄ってくる。

 どうしてここに、か。

 どうしてだろうな。

 僕自身にもよくわかってない。


「さて。なんででしょうね」


 ただ、あのまま家に居座っていれば大切な何かを失う。

 そんな予感があっただけだ。


「――それより前を向いてください。来ますよ」

「あいつ、あれでもまだ立ってくるの……?」


 目の前にはゆっくりと起き上がる黒ローブの姿があった。

 相変わらずしつこい奴だ。

 そのまま寝ていてくれれば、僕らは笑顔で帰れたものを。


「――ガキ。またテメェか」

「……ッ」

「いいぜ。いいぜ。テメェに会えたのは好都合だ。殺したかったからなぁ?」


 ゲッゲと下品な笑い声が響く。

 酷く不気味だが、しかし足踏みしてはいられない。


 僕らとあいつの距離はおよそ十メートルほど。

 間合いとしては心もとない。

 それでも、今回ばかりは逃げるわけにはいかない。

 僕は今、頭にきている。久々に。


 懐に入っている魔紙を確認する。

 全部で十枚ほどだ。

 もっと魔紙に魔方陣を刻んでおけばよかったと多少後悔するな。

 まあ仕方があるまい。

 この現状を、これで乗り切るしかない。


「アイラーゼは下がっていてください」

「なんでよ。私も戦うわ」

「この狭い路地裏だと、逆に前に出てもらうと魔術の巻き添えになります。魔導銃で攻撃するにしても、僕の魔術の道の邪魔になるかもしれません」

「んぐっ」


 正直、アイラーゼに動かれるとやりづらい。

 彼女には悪いが、ここは大人しくしてもらう。


「それでも万が一懐に入られた場合は、その時は援護をお願いしますよ」

「……わかったわよ」


 もっと食ってかかってくると思っていたが、今日は随分と素直だ。

 いつもこんな感じでいてくれたらいいのに。


 さて、そんなことは今はいいか。

 ゆっくりと殺人鬼の方に視線を向ける。

 ガストショットで吹き飛ばされた殺人鬼だったが、もうすでに立ち上がっている。

 ふらふらしてるが、それはいつもの通りだ。

 つまり、あまりダメージは入ってないと見るべき。


「さぁて、殺そうかァ」


 男の姿を見て、正直にいうと足が震える。


 しかし心は冷静だった。

 それは後ろにアイラーゼがいるからだろうか。

 理由はわからないが、今はありがたい。


 やる。


 懐に手を伸ばして魔紙を取り出し、魔導演算機にセットする。

 僕は右手の魔導演算機からサンダーランスを飛ばした。


 開戦である。


「死ねや!」


 相変わらずの怒号を発しながら突撃してくる黒ローブ。


 そんなことを思っていると、サンダーランスと黒ローブが接近する。

 当たる。

 それまでの動きを見て、僕はそう思った。

 しかしその見通しも甘いものだと知ることになる。


「もうすでに見切ってんだよ!」


 黒ローブに直撃すると思いきや、なんと黒ローブは真上に跳躍して雷の槍を避けたのだ。

 なんつう動きだっての。


「ならもう一つ」


 地面に着地し前進を開始した殺人鬼に向かい魔紙をセットした魔導演算機を向ける。

 魔導演算機は魔方陣を展開しながら次の魔術を放った。

 四級風属性魔術、ブラストである。


「グヒャ!?」


 黒ローブの目先で風の爆発が起きる。

 暴風によって黒ローブはさらに後ろに吹き飛ばされた。

 黒ローブと僕との間合いの距離が増えた。

 今がチャンスと言うべきか。


 一気に畳み掛ける。


 続けて魔術を放つ。

 発動したのはレインフィールドだ。


「こいつぁ!?」


 殺人鬼の頭上から激しい雨が降り注ぐ。

 起き上がろうとする黒ローブを地面に縫い付ける勢いだ。

 もちろんこれで終わるわけではない。

 次は雷魔術のエレクトリックを放った。


「ギャアアッ!!」


 僕のお得意である、雨と雷の感電コンボ。

 それは見事に殺人鬼に命中した。

 痛みを感じないといっても電撃によって多少の麻痺はする筈。

 その隙だらけの時間に、一番の大技を叩き込む。


 懐から一枚の魔方陣を刻んだ魔紙を取り出す。

 そしてそれを魔導演算機にセット。

 魔導演算機から魔方陣が展開される。


「これで、終わりだ」


 今セットしたのは三級雷属性魔術であるライトニングだ。

 この魔術、正直威力は三級魔術の中では低い部類である。

 効果範囲も狭い。一筋の閃光が前方に飛び出すだけだ。

 だがしかし。

 一つだけ突出している部分がある。

 それは速度だ。


 ドカン、と。


 雷でも落ちたかのような音が周囲に響く。

 それと同時に右手から一筋の閃光が放たれる。


「な――」


 それとほぼ同時に、黒ローブの男は地に付した。


 当たるまでの時間は一瞬。

 避けることはできない、恐ろしいまでの速度だ。

 これが三級魔術にして僕の現在の切り札である魔術。


 戦闘終了。

 勝負は結果だけみればあっという間についてしまった。


「すごい……」


 アイラーゼが一連の戦闘を見て目を見開いている。

 まるで信じられないものを見たとでも言いたげな顔だ。

 別に特に難しいことはしていない筈だけど。

 距離をとって魔術をボコスカと撃っただけだ。

 このくらいなら魔術師なら誰にでもできる。


「ふぅ。とりあえず終わりましたね」


 まあ、なんにせよ。

 これにて一件落着と言ってもいいんじゃないだろうか。

 それに全力での戦闘は初めてだったが、ここまでできれば上出来だろう。

 一応、殺人鬼もピクピクと痙攣している。

 死んではいないだろう。

 いや、まあ、死なれては困るからライトニングの威力を落としている。

 だから当然っちゃ当然なんだけど。


 さて、あとはアイラーゼか。


「で、アイラーゼ。どうしてこんな状況になってるんですか?」


 そう。

 僕が気になっていたのはそはであった。


「……こんな状況って?」

「そこの黒ローブに襲われるような状況ってことです」


 大人しく宿屋にこもっていれば襲われるようなことにはなかったものを。

 それはまあ、いいとしよう。

 彼女の性格を考えれば宿で大人しくしておくというのも無理な話だ。


 だけれど。


「アイラーゼは自分から積極的に戦いを挑んでましたよね?」

「ええ、そうよ」

「なんで逃げようとしなかったんですか?」


 アイラーゼは強い。

 遠距離からなら僕の圧勝であるが、近距離戦闘となるとこれはまた話が違ってくる。

 ゴーラルム式体術の技量ならアイラーゼの方が上だ。

 そして彼女には魔導銃がある。

 勝てはしなくても、逃げるくらいはできた筈だ。


 それがなぜこのような現状になっているのか。


「……だって、レイがそいつに襲われたから家から出なくなったんでしょ?」

「それは、まあそうですけど」

「だからそいつを倒しちゃえばレイが元気になると思って……」


 ……僕のせい?

 まさか、アイラーゼにそんな思いやりの心があるとは思わなかった。

 え、やばい。

 少し涙が出そうになった。


 ただまあ。

 それとこれとは話が別だ。


「――アイラーゼって馬鹿ですか?」

「馬鹿って何よ!」


 いや、馬鹿だろ。

 だってあのまま戦っていれば、死んでいたんだぞ。

 死ぬくらいなら、逃げろと言いたい。


「あのですね。もしアイラーゼが死んだら――」


 今から説教タイムだ。

 なんて思っていたら。

 事態はまたしても動きだした。


「――これで終わったと、思ったか……?」


 後ろでガタッと音がする。

 振り返ると黒ローブがピクピクと痙攣しながらも立っていた。

 フードは脱げて、その顔が露わになる。


 爛れた酷い顔だ。

 涎が口の端からこぼれ続けているし、何より目が完全に据わっている。

 声からの推測通り、男だった。

 

 その"人斬り"が立っている。

 ライトニングをまともに受けた筈だ。

 威力は調整していたが、起き上がれるダメージではない筈。

 それともこの男の魔術に対する耐性が高かったのだろうか。

 武装魔術で身体を強化していたのかもしれない。


「殺す。絶対に殺す。貴族のガキだけでなく、テメェも惨殺だ」

「貴族……?」

「知らねーのか。そのガキのことだよ!」


 指を差されたのはアイラーゼだった。


「そいつの一家を皆殺しにした貴族様がァ! 生き残ったガキも殺してくれだとよォ!」

「――ッ」

「つうわけで、死ねぇ――――ッ!!」


 事態は止まらない。

 覚束ない足取りだが、黒ローブの男がこっちに走ってきた。

 完全に油断していた。

 魔導演算機に魔紙をセットしている暇がない。


 距離はそこまで遠くなかったことが命取りになった。

 男はあっという間に僕の懐まで辿り着いたのだ。

 さっきよりも動きが速くなっている。

 どうなってるんだか。


「――あ」


 後ろでアイラーゼが唖然としていた。

 そらそうか。

 僕だって何が起こっているのか半分もわかってない。

 わかっているのはナイフが確実に僕達に迫ってきていることくらいか。


 仕方なし。

 アイラーゼを庇うように両手を広げて男の前に身を差し出す。

 ナイフが近づいてくるが、どうしようもない。

 あとは運命に身を任せようか。


 そして――一つの命が終わった。




 僕のではない。

 僕の身体にいつまで経ってもナイフが訪れることはなかった。

 アイラーゼも無事だ。

 彼女は僕の背にいるし、今だ唖然としたまま目の前の状況を理解しようとするのに必死だった。


 死んだのは、"人斬り"の方だ。


「ぁ――」


 首筋への回し蹴り。

 首の骨を折られた男は流石に耐えきれず、死を迎えたようだ。


「間に合ったか」


 そして新規にこの現場を訪れた第四者が僕らの目の前に立っている。

 黒ローブを仕留めた張本人。


「父様……!」


 ディノールだ。


「二人とも。怪我はないな?」

「は、はい。大丈夫です」


 少し声が震えているのを自覚。

 やはり人が目の前で死んだからだろうか。

 この世界では人の命は前世よりも軽い。しかしそれを未だに納得していない自分がいるのも確かだった。


 だがおそらく違う。

 多分僕自身が死にかけたから。

 ディノールが来てくれなかったらあの世を迎えていたのは僕の方だった。

 そしてアイラーゼもまた、そうなる可能性もあった。

 それを思ったから身体が震えているのだろう。


「アイラーゼも一応、大丈夫だと思います」


 ちらりと彼女を見る。

 黒ローブが彼女に到達する前に僕が止めたから、彼女には傷らしい傷はない。


 全体的に見れば、成功だ。

 失敗じゃないんだ。


 そう思えば安堵の息がこぼれる。

 よかったと素直に思えた。


 しかし、この時のアイラーゼはそう思わなかったようだけれど。

 彼女がずっと不機嫌な表情をしていることに、僕はこの時は全く気付くことができなかった。



 ★


 あの後は大変だった。


 ディノールやマリーナにはこっぴどく叱られた。

 勝手に家を出ていき、そして殺人鬼と死闘を繰り広げる。

 ディノールが少しでも遅れて到着していれば、僕は死んでいた。

 それらを把握すれば、親なら激怒するのも当然のことか。

 反省……。


「はあ、もう少し大人しい子と思っていたんだがな」

「そう言われましても……」


 ディノールに溜息を吐かれた。

 仕方ないじゃないか。

 僕だってどうしてあそこで飛び出したのか、正直未だにわからない。

 ただ、後悔はない。

 あそこで飛び出した自分をどこかでよくやったと褒めてる自分がいた。


 マリーナの方には拳骨までされた。

 その目の端には涙が光っていたが、そこは指摘しない。

 我輩だって空気くらいは読めるのじゃ。

 いや、多分あそこで指摘してたら二撃目が飛んでくるのは確定だったからだけど。


 今回の事件について。

 犯人事態は捕まり、そして証言から裏事情がいくつか明らかになった。


 まずは犯人である黒ローブの男について。

 あの男が殺人鬼なのは間違いないのだが、どうやらこの街へは何者かに頼まれてきたようだった。


 どうやら貴族の中で陰謀めいた何かがあるらしい。それに僕らは――特に、アイラーゼは巻き込まれた。


 そのことを彼女は酷く気にしていたけれど。

 "人斬り"の言葉によれば、依頼した奴がアイラーゼの両親を殺したのかもしれないのだから。


 そういえば、彼女が貴族だということを聞いた。

 そこらへんの事情も、あとで彼女に詳しく聞いてみようかな。


 ともあれ事件事態は一件落着。

 これで安心してシルーグ都市に住まう住民達は床に就くことができるだろう。





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