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専用機を手に入れました

 次の日。

 僕は朝早くからディノールの工房へと足を運んだ。


「来たか。今日は魔導演算機の魔力回路の接続を主にするから手伝え」

「わかりました」


 ディノールは僕が魔導演算機を自力で作ったことを知ると、何やら心境の変化でもあったのか、僕を魔導技師の助手として扱うようになった。

 僕としてもそれは嬉しい限りだ。

 なにせプロの魔導技師の下で魔導機器の製作方を懇切丁寧に学べるのだから。


「いいかレイ」


 作業中、ディノールが口を開く。

 そういう時は大抵決まってる。

 実践を踏まえつつ、魔導機器に関しての知識を教えてくれる時だ。


「魔導演算機に使う魔力回路は人間の体内にある魔力回路と反応するようにしなければならない。だから魔導演算機の魔力回路は普通の魔導機器の魔力回路とは少し違う製作方法になる」

「確か、体内の魔力に比較的近い質の魔力を含む鉱石を使うんですよね?」


 魔導機器を製作する上で、魔石という物が必要だ。

 魔石により魔導機器に流される魔力が解放される。

 しかし魔導演算機の場合、普通の魔石では劣化品しか作れない。

 人間の体内にある魔力と比較的質の近い魔力を含む魔石。

 これが必要になってくる。

 体内の魔力と近い質の魔石は魔力を同調させやすく、魔導演算機に魔力を通し易いからだ。


「ああ。それとある程度自由の効く魔力回路、まあつまり柔軟な魔力回路にしなければならない。そうしなければ魔術の調整がしづらいからだ」

「だから僕の魔導演算機は魔力をどれだけ込めても威力が変わらないんですね」

「そういうことだ」


 つまり魔力回路が柔軟でなければ魔力を意識的に操作しづらく、調整できなくなるということ。

 魔術の威力の調整についてはちょうどぶち当たっていた壁の一つだ。

 こういった専門的なことを教えてくれる分、一人で魔導演算機を作るよりも余程効率的だ。


 僕はディノールから魔導機器の知識を教えてもらい、それを着実に身につけていった。


 その一方。

 僕自身の魔導演算機も作り上げていく。


「魔導演算機はほとんどがオーダーメイドだ。なぜかわかるか?」

「……どうしてでしょう?」

「個人によって魔力の動かし方や質、癖などが違うからだ。誰でも使える魔導演算機よりも自分専用の魔導演算機の方が格段に魔術の質や威力が上がる」

「なるほど」

「お前が前回作った魔導演算機はどちらかといえば前者だな。今から俺が共同で作業してやるから、自分専用の魔導演算機を作れ」

「わかりました」


 ディノールの協力もある。

 少しずつ、少しずつ。

 僕の魔導演算機は完成へと近づいていくだろう。

 この分だと一ヶ月もしない内に新たな魔導演算機が完成するかもしれない。


 そして一方でのこと。

 僕はマリーナにも魔術についての知識を教えてもらうことになった。


「魔術というのはね、ただ単に魔方陣を魔紙に書いて、それを魔導演算機に読み込ませるだけじゃないの。魔方陣を描く時に、どの部位に魔力をどれだけ込めるかも大切なのよ」

「と、いいますと?」

「例えば魔方陣の外側の円は魔術を安定させるためのものよ。だから、そこに多く魔力を込めて魔方陣を描くと魔術が通常よりも安定するの。魔術の速度を上げたかったらその部位に魔力を多く込める。威力を上げたかったらその部位に魔力を多く込める。そうやって魔術の効果を変えていくの」


 話に聞けば、マリーナは昔はかなり高名な魔術師だったらしい。

 いや、今でも実力は折り紙付きだとディノールが言っていた。

 ディノールもそうだが、ウチの両親は何者なのだろうかと時々思ってしまう。

 その昔、軍に所属していたという話は聞いたことがあるが……。


 ともかく。

 マリーナから魔術について教えてもらうことで、知識が溜まっていく感覚を覚える。

 彼女から教えられることは、何より実践的。

 合理に適っているからこそ、理解しやすい。


 特に魔方陣に関しての話。

 魔方陣の部位ごとに込める魔力を調整していき、自分の理想とする魔術を発動できる魔方陣を作る。

 なるほど、と思った。

 今までの僕は形にこだわり、見本の通りに魔方陣を刻んできた。


 違うのだ。

 マリーナは魔方陣を自分の理想に近づけるように改造することを教えてくれた。

 威力が欲しければその部分に魔力を。

 速度が欲しければその部分に魔力を。

 ようは魔方陣の刻み方で、魔力の込め方で同じ魔術でも効果が変わるのだ。

 これは非常に為になる情報、知識だ。


 魔術についての光明を見た気がした。


 しかしもちろん魔術だけにかまけている暇はない。

 規定時間になれば、僕とディノールは外へと赴く。

 やることは決まっている。

 ゴーラルム式体術だ。


 その日も僕はディノールにボロボロにされた。

 僕が赤毛少女との戦闘でボロボロになって帰ってきた時はあれだけ大騒ぎしていたのに、ディノールがそれをやる分にはいいのか。


 そういえば、赤毛少女といえば。

 あの子も確かゴーラルム式体術を使っていた。

 その時に一つ、気になるものを僕に残していったな。


「父様。ゴーラルム式体技、とはなんですか?」


 少女が言っていた。

 ゴーラルム式体技、『速撃』。

 今までよりも遥かに速い一撃。

 あれだけは躱すことができなかった。

 あの一撃はゴーラルム式体術なのか。

 知らないことがあれば知りたくなる。

 僕も好奇心旺盛になったものだ。


「ゴーラルム式体技か。そうだな、そろそろお前にも教える頃合いか」


 案の定と言うべきか。

 やはり、ディノールはゴーラルム式体技というものを知っていた。


「ゴーラルム式体技というのはゴーラルム式体術における奥義のようなものだ」


 この世界には主流の武術が三つある。

 アルベルト式剣術。

 ゴーラルム式体術。

 ヴェルムズ式銃術。

 これは僕も知っている。


 しかし、それぞれの流派には剣技、体技、銃技と言われる技があるらしい。


「見本を見せるか。例えばゴーラルム式体技の初歩の技はこの『速撃』だ」


 言った瞬間のこと。

 ディノールの拳が瞬間移動でもしたかのような速度で突き出された。

 速すぎて全く見えなかった。

 しかも赤毛の少女のような技の前の溜めもなかった。


「この『速撃』はゴーラルム式体技の中でも五級体技に当たる」


 聞けば、こういった武術にも上達度によって階級が分けられているらしい。

 五級、四級、三級、二級、一級、超級、極級があるようだ。

 といっても魔術同様、超級と極級に達している人物なんてほとんどいないようだが。


 また五級体技を習得すれば五級体士、四級体技を習得すれば四級体士と呼ばれるらしい。

 同じように五級剣技を習得すれば五級剣士。

 五級銃技を習得すれば五級銃士だ。


 大体、一人前と呼ばれるのは三級から。

 この点に関しても魔術と似ている。

 二級になれば軍の隊長を任せられるほど。

 一級ともなればバロンドールでも名を馳せるレベルらしい。

 超級より上は規格外なので知らん、とディノールに言われた。


 ただ、階級が強さの全てではないらしい。

 階級はその級の奥義が使えるだけというわけで、三級剣士でも総合的には二級剣士や一級剣士よりも強い奴もいるらしい。

 要はただの目安だそうだ。


 ま、今までの話を踏まえると。

 つまり前回襲いかかってきた赤毛の少女は五級体士ということになる。

 さらには魔導銃を使っていたことからヴェルムズ式銃術も修めていたことに。

 そう考えればあの子のスペック超高ぇな。


 ともあれそんな少女と戦った後だ。

 またいつ戦闘になるかわからない。

 いや、戦うつもりなんて毛頭ないけれど。

 万が一だ。

 次はもっと簡単に場を治められるくらいにならなければ。


「ということで、お前には今から五級体技である『速撃』を習得してもらう」


 とのことで、僕はディノールから五級体技を習得させられることになった。


『速撃』。

 やることは難しいことではない。

 拳を素早く突き出す。

 これに尽きる。

 この突き出す速度が一定速度を越えれば『速撃』という体技になる。

 一般的には普通の正拳と変わらないらしい。


 ただし、速度を出す為に必要な行為が一つ。

 武装魔術だ。


「どちらにせよ、武装魔術なしで武術の上達は見込めない」


 どうやら武装魔術というのは戦士にとって非常に大切なものらしい。

 まあ当然か。

 体と武器、それだけで戦うのが戦士だ。

 身体能力の差で勝敗が分けられることもある。

 必要なものと言えば頷くしかない。


 まあその点に関しては大丈夫である。

 武装魔術の基礎はすでに習得しているのだから。

 だからこそ、と言うべきか。


「……この分だと『速撃』に関しては三日程度で習得できそうだな」


 我が師匠からそのような言葉を頂くことができた。

 ありがたや、ありがたや。


 そうしてこの日から一週間。

 ずっと僕は家にこもっていた。

 知識を蓄え、体術を習得する毎日。

 その一方で魔導演算機の作製。

 非常に充実した毎日である。

 それが一週間続いた。


 そして遂にと言うべきか、あまりにも早くと言うべきか。

 僕の二代目魔導演算機が完成した。



 ★


 僕は工房の中にある実験室へと赴く。

 側にいるのはディノールとマリーナ。

 何かあったらすぐに対処できるように身構えてもらっている。


「準備はいいか?」

「はい父様。いつでも」


 僕がいるのは一つの小部屋だ。

 全体的に白を基調とした、家具などの物は一切置いていない殺風景な部屋だ。

 しかし傍らには魔導機器がいくつか置かれてある。


 魔導演算機実験室。


 ディノールによると、大抵の魔導技師はこうした実験室を工房に設けているとのこと。

 魔導演算機の最終調整に使うらしい。


 今から僕が行うのはその最終調整だ。

 つい昨日に出来上がった僕の二代目魔導演算機。

 ディノールとの親子で作った感動の一作。

 実に素晴らしい響きではないか。


 今回はその魔導演算機の試運転といったところだ。


「何か異常があればすぐに言うのよ」

「わかりました母様」


 本来なら魔導技師であるディノールだけの立会いでいいのだが、マリーナは心配だとディノールの工房へと押しかけて来た。

 マリーナ曰く、昔からディノールは肝心なところで見落としがちな性格だと言っている。


 それは例えばディノールが夕食をその時偶然止まった虫ごと口に運んでしまったことを言っているのだろうか。

 それは例えば魔導機器の調整の途中で工房を抜け出して工房が小爆発を起こしたことだろうか。


 うむ。

 そんなことを言われれば不安になってきたではないか。


 というわけでマリーナが推参した次第だ。

 彼女は魔術師。

 それも実力ある魔術師。

 もしもの時、魔術的な干渉ができるのはディノールよりも彼女の方が上手だ。

 万が一の準備をしてもらった方が僕の精神衛生上を考えてもありがたい。


「では確認だ。今回使う魔術は三級雷属性魔術ライトニング。魔導演算機の計測はこちらでやる」

「わかりました」

「……危なくなったらすぐに魔術を中断しろ」


 ディノールの真剣な声色が鼓膜に伝わる。

 魔導演算機の失敗事故というのはそうないらしいのだが、やはり僕の見た目が子供というところから心配なのだろう。

 僕が親なら心配するだろうし。


 どちらにせよ危なくなったら実験はすぐに終了だ。

 魔導演算機を捨て去り実験室から離れる。

 そう言い渡されている。

 大丈夫。

 安全だ。


「では――始めろ」


 その声が聞こえた時。

 僕は左手に持っていた魔紙を魔導演算機に差し込んだ。


 ウィン、と。


 魔導演算機が魔紙に刻んである魔方陣を読み込む。

 瞬間、僕の右手の先には魔方陣が展開された。


 そして刹那。


 ――ドガン。


 壁に撃たれたのは一筋の雷の閃光。

 それが音を立てて部屋の壁へと直撃していった。

 三級魔術はこうして正式に使うのは初めてなので、驚いた。

 かなりの衝撃だ。


 といってもここは実験室。

 このような衝撃を考えられて作られた部屋だ。

 この程度の衝撃などで崩れるようなことはないだろう。

 案の定、壁には傷一つなかった。


「どうですか?」

「数値にも異常はない。魔術演算もしっかりできている。成功だな」


 よし。

 成功。

 成功だ。

 僕はそれを噛み締めるように思わず握り拳を作ってしまう。

 しかし嬉しいものは嬉しいのだ。

 仕方がない。


「それにしても三級魔術を使えるなんてな。俺も恐れ入ったぞ」

「私もよ。このままじゃあレイに魔術師として抜かれちゃうわね」

「それほどでもないですよ」


 僕に笑みを向けてくるディノールとマリーナ。

 この二人はすでに僕が三級魔術まで習得していることを知っている。

 隠さないでいいのは正直助かる。

 おかげで正確な魔導演算機の試運転情報も手に入るし。


「それでレイ。お前からしてこの魔導演算機の使い心地はどうだ?」

「前と比べると格段に使いやすいです。なんだか体に馴染んでいるみたいな感覚ですし」

「そうか。また何か異常があったらすぐに言え。いいな?」

「はい、父様」


 これにて魔導演算機の試運転は終了。

 異常も今のところはなさそうだ。

 僕は堪らず笑顔で右腕に装着した魔導演算機を撫でる。


 二代目の魔導演算機はディノールとの一品。

 三級魔術にも耐えられる強度で魔術を発動する際の無駄な部分もほとんどない。


 満足な出来だ。


「それにしても六歳の時点で三級魔術を発動してもケロリとしている私の子供に驚きね」

「ああ。いくらマリーの子供とはいえ、ここまで魔力量が高いものなのか」


 何やら外野の二人が戦慄しているような視線を投げてくる。

 しかし僕は気にしない。

 そんなことよりも、今出来上がった魔導演算機を愛でるのに必死だからだ。


 今の気分は最高だろう。


 この日、僕のマイ魔導演算機(プロトリアクター)が完成した。




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