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銀河最強のAIを拾いましたが、僕はただの会社員です  作者: パラレル・ゲーマー


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第15話 隣の席の宇宙人、あるいはナノマシン医療革命

 火曜日午後六時。東京の空は、またしても平和な夕暮れに包まれていた。


「お疲れ様でしたー」


 真田誠は営業三課のオフィスを出て、タイムカードを切った。

 昨日、銀河の中心まで往復5万光年の出張をしてきた男の背中は、心地よい疲労感と、それ以上の「やりきった感」に包まれていた。


(……ふぅ。今日も平和だった)


 佐々木課長は、相変わらず「週休3日制の準備」で忙しそうで、誠への当たりも柔らかかった。

 同僚たちは「昨日の有給どこ行ってたの? 温泉?」と聞いてきたが、まさか「ブラックホールの周りで羊羹配ってました」とは言えず、「まあちょっとリフレッシュを」と濁しておいた。


 会社を出ると、いつものように黒塗りのハイヤーが待機していた。ドラゴンバンクの社用車だ。


「お待ちしておりました、真田様」


 運転席から降りてきたのは、人間の運転手ではなく、アンドロイドボディのウィルだった。

 彼は完璧な制服姿で、ドアを開ける。


「報告会の会場へ向かいます。……皆さん、首を長くしてお待ちですよ」


「ああ……。胃が痛いな」


 誠は車に乗り込んだ。

 隣にはステルスモードを解除したメイ(銀色の球体モード)が浮いている。


「ご安心ください、マスター。昨日の交渉結果は満点です。堂々と胸を張ってください」


「満点でも、あいつら(特に理会長)が納得するかどうかは別だからなぁ……」


 ハイヤーは夜の首都高を、滑るように走り出した。

 向かう先は、汐留のドラゴンバンク本社ビル最上階の特別応接室だ。


「――なんとか地球侵略は免れました」


 ドラゴンバンク本社最上階。

 夜景が一望できるVIPルームで、誠は開口一番そう報告した。


「おお……!」


 ソファに座っていた御堂筋総理が、深い安堵の息を吐き、テーブルに突っ伏した。


「よかった……本当によかった……! 昨日一日、生きた心地がしなかったよ。もし交渉決裂なら、今日の日経平均は大暴落どころか、日本列島が消滅していたかもしれん」


 同席している官房長官や各大臣たちも、ハンカチで額の汗を拭っている。


「お疲れ様でした、真田さん」


 理 正義がワイングラス(中身は高級ミネラルウォーター)を掲げた。


「君は地球の救世主だ。……で? どうだったんだい? 銀河の中心は」


「すごかったですよ。ブラックホールの周りに地球よりデカい都市があって……」


 誠は、グレイ・グー(元・捕食ナノマシン)との出会いや、羊羹がバカ受けした話などを簡潔に伝えた。

 理や総理は、目を丸くして聞いていた。


「なるほど……羊羹か。日本の伝統文化が銀河を救うとは、クールジャパン戦略の勝利だな」


 総理が満足げに頷く。


「それで真田さん」


 理が身を乗り出した。

 彼の目は、ビジネスチャンスを逃さない肉食獣のそれになっていた。


「加入の手続きは済んだとして……『お土産』の話を聞かせてもらおうか。銀河コミュニティのテクノロジーだ。何を持ち帰った?」


「あー……それなんですが」


 誠はポリポリと頬をかいた。

 一番言いにくい部分だ。


「とりあえず……『銀河コミュニティ標準テクノロジー・4点セット』は拒否しました」


「……は?」


 理の動きが止まった。


「拒否? ……何を?」


「えーと、不老不死と無限エネルギーとワープ航法と万能物質生成です」


「…………」


 部屋に沈黙が落ちた。

 数秒後。


「ななな……」


 理 正義が椅子から転げ落ちんばかりに立ち上がった。


「なんでだぁぁぁぁぁッ!!」


 絶叫が、防音ガラスの部屋に響き渡った。


「冗談じゃなくてマジですか!? 不老不死だぞ!? 人類悲願の夢だぞ!? 無限エネルギー!? 全産業が革命だぞ!? それを……断った!?」


 理は頭を抱え、のたうち回った。


「もったいない……! ああもったいない! 私がその場にいたら、土下座してでも貰ってきたのに!」


「落ち着いてください、会長」


 メイが冷ややかに言った。


「マスターの判断は賢明です。……今の地球人類に、そんな『神の力』を与えてご覧なさい。どうなると思います?」


 メイは空中にシミュレーション映像を投影した。


 無限エネルギーを搭載したミサイルが飛び交う第三次世界大戦。


 死なない兵士たちが、永遠に殺し合う地獄絵図。


 働かなくなった人類が、快楽物質生成装置に繋がれて廃人化する未来。


「……こうなります」


「うっ……」


 理が言葉に詰まった。


「今の地球には、統一政府もなければ、統一された倫理観もありません。そんな状態で『リミッター解除』を行えば、文明は自重に耐えきれず崩壊します。……銀河コミュニティも、それを懸念していました」


「まあ……理論的には分かる。分かるが……」


 理は、未練たらたらだった。


「技術があるのに使えないのは、もったいないなぁ……。目の前にステーキがあるのに、離乳食しか食わせてもらえない気分だ」


「まあ、一応ロードマップ(100年計画)は貰いましたけど」


 誠は、グレイ・グーから託されたデータチップをテーブルに置いた。


「100年かけて徐々に人類の民度を上げていけば、段階的に解禁してもらえるそうです」


「100年か……。私は生きてないな」


 理はガックリと肩を落としたが、すぐに顔を上げた。


「……待てよ。メイさん」


「はい」


「『銀河標準』はダメでも、もう少しマイルドな……『地球レベルよりちょっと上』くらいの技術なら、こっそり導入してもバレないんじゃないか?」


 転んでもただでは起きない男である。


「……そうですね」


 メイは少し考え、頷いた。


「ドラゴンバンク経由で、『初期型ナノマシン』あたりから開始するのが妥当でしょう」


「ナノマシン……!」


 理の目が、再び輝き出した。


「銀河標準の『万能型(何でも作れる)』ではなく、単機能の医療用ナノマシンです」


 メイが解説する。


「血管内に投与し、患部を物理的に修復するマイクロロボットですね。これだけでも、地球の医療技術にとっては数世紀分のジャンプ(革命)になります」


「具体的には?」


「がん細胞の物理的破壊、動脈硬化の除去、ウイルスへの直接攻撃……。まあ、現在『不治の病』と呼ばれているものの99%は完治可能です」


「素晴らしい……!!」


 総理大臣が震えた。


「がん撲滅……! それだけでもどれだけの国民が救われるか! 医療費の削減効果だけでも、国家予算並みだ!」


「しかも副作用はありません」


 メイは続ける。


「役目を終えたナノマシンは、体内で分解され、無害なミネラルとして排出されます。……これをドラゴンバンクの製薬部門から『新薬』として発表するのです」


「決まりだ!」


 理が指を鳴らした。


「商品名は『ドラゴン・メディカル・ボット』……いや『D-Cell』にしよう! ウィル、直ちに研究開発(という名のデータ解凍)の準備だ!」


「承知いたしました」


 控えていたウィルが、すでに端末で特許申請の準備を始めていた。


「まあ、ガン撲滅はでかいからな……」


 誠も頷いた。

 不老不死はやりすぎだが、病気で苦しむ人がいなくなるのは良いことだ。それくらいならバチも当たらないだろう。


「よし、これで『国内向け』の成果は十分だ。……で、本題なんだが」


 理の表情が、ビジネスマンから戦略家のそれに戻った。


「お隣さん……『プロキシマ・ケンタウリ』との交流についてだ」


「そうだな……」


 誠は、会議のもう一つの重要事項を思い出した。

 銀河評議会で決まった方針、「未開文明同士の文通」だ。


「向こうの文明レベルは、地球より少し上……『レベル1.5』くらいだそうです」


 誠は、貰ってきた資料を読み上げた。


「電波通信はもちろん、物質をデータ化して超光速で転送する技術を持っています。ただし有機生命体(生物)の転送は、まだ成功していないとか」


「つまり、メールや宅配便は送れるが、本人は遊びに来れないということか?」


「そうです。今、無人探査機をあちこちに飛ばして、知的生命体を探している最中らしいです」


「めちゃくちゃ人類より進歩してるな……」


 総理が唸った。

 地球はまだ火星に探査機を送るのが精一杯だ。向こうはすでに「超光速宅配便」を実用化している。


「で、性格は?」


「データによると、極めて温厚で好奇心旺盛らしいです」


 メイが補足データを表示した。

 スクリーンに映し出されたのは広大な海に覆われた惑星と、そこに住む知的生命体の予想図だ。

 見た目は、イルカとイカを足して割ったような水棲生物に近い。


「彼らは『統一海洋政府』を持ち、争いを好まない平和的な種族です。地球人のような『野蛮さ』はありません」


「耳が痛いな……」


「とりあえずの交流相手としては問題ないかと。……いきなり攻めてきたり、洗脳電波を送ってきたりはしません」


「なら安心だ」


 理が頷いた。


「で? どうやって彼らと『お見合い』させるんだ?」


「そこに、こっそり介入します」


 メイが悪戯っぽく笑った。


「彼らの無人探査機の一つが、現在太陽系方面へ向けて航行中です。……ですがこのままだと、海王星のあたりを素通りして、何も気づかずに通り過ぎてしまいます」


「もったいない!」


「そこで私が、銀河コミュニティのネットワーク経由で、その探査機のセンサーにちょっかいを出します。『おや? あそこに何か面白そうな電波があるぞ?』と」


「誘導するのか」


「はい。地球に向けて進路を修正させます。そして、地球からのテレビ放送の漏れ電波(アニメとかバラエティ番組)を増幅して、キャッチさせてあげます」


「……恥ずかしいなそれ」


 誠は顔を覆った。

 地球のバラエティ番組が、異星人への最初のメッセージになるのか。


「彼らは驚くでしょう。『知的生命体だ!』と。そして間違いなく、友好的なメッセージ……『HELLO』に相当する信号を送り返してくるはずです」


「それを誰が受け取る?」


「NASA(アメリカ航空宇宙局)あたりが良いでしょう」


 メイは即答した。


「彼らは現在、深宇宙探査網ディープ・スペース・ネットワークを持っています。私がそのアンテナ感度をこっそりいじって、プロキシマからの信号を『偶然』受信させてあげます」


「なるほど……」


 理がニヤリと笑った。


「ドラゴンバンクが受信してもいいが、それだと『また理のところか』と怪しまれる。……ここはアメリカに花を持たせるわけか」


「その通りです。アメリカ政府も最近は『梱包材イナーシャル・キャンセラー』の研究に行き詰まって暇そうですから、新しいおもちゃ(異星人からのメール)を与えておけば喜びますよ」


「相変わらず、手玉に取るのが上手いな……」


 総理が感心した。


「じゃあNASAに電波を受信させて、大々的に発表させて、国家レベルでの交流スタートさせる方向で良いかな?」


 誠が確認する。


「はい。とりあえずその方向が良いですね。政府としては『未知の信号を確認! 世界中が騒然!』というシナリオに乗っかって、国連主導で対応チームを作ればいい」


「真田さんは?」


「俺は家でテレビ見ながら、『へー宇宙人なんているんだー』って言ってます」


「ハハハ! 完璧なアリバイだ!」


 理が笑った。


「じゃあ銀河コミュニティには、そう回答しておきますね。『お見合いのセッティングよろしく』と」


 メイが端末を操作した。


「いい感じに電波か物が届くでしょうね。……彼らの技術なら、メッセージと一緒に『友好のプレゼント』も転送してくるかもしれません」


「プレゼント?」


「ええ。彼らの星の特産品とか。……海産物だといいですね」


「腐らないといいけどな……」


 誠は苦笑した。


「よし、方針は決まった!」


 理 正義が立ち上がり、パンと手を叩いた。


「日本政府とドラゴンバンクは、医療用ナノマシンの開発に着手する! これは人類の寿命を延ばし、幸福度を上げる! ビジネスとしても超一級だ!」


「そして外交面では、プロキシマ・ケンタウリとの接触に備える! 政府は『地球外知的生命体対策室』を極秘裏に設置し、NASAとの連携を強化する!」


 総理も気合十分だ。


「真田さんは……今まで通り普通に暮らしてください」


「はい、それが一番の望みです」


 誠は深く頭を下げた。

 これでいい。

 世界は勝手に進歩し、勝手に盛り上がる。

 自分はその恩恵(がん治療とか)をこっそり受けつつ、面倒なこと(異星人対応)は全部アメリカや政府に丸投げする。

 完璧な計画だ。


「では今日はお疲れ様でした」


 解散の号令がかかる。

 誠は軽い足取りでVIPルームを後にした。


 エレベーターの中。


「……うまくいったな、メイ」


「ええ、マスター。完璧な根回し(フィクサー)ぶりでしたよ」


 メイが褒める。


「まさか人類を裏で操る黒幕が、ただの週休3日のサラリーマンだとは、誰も思うまい」


「黒幕じゃないよ。管理人は辛いよってやつさ」


 誠は肩をすくめた。

 エレベーターが1階に到着する。

 外に出ると、夜風が心地よかった。


 空を見上げる。

 東京の明るい夜空では星は見えないが、遥か南の空にケンタウリ座があるはずだ。


「……どんなメールが来るかな」


「そうですね。……『初めまして、私たちは平和を愛するイカです』みたいな内容だといいですね」


「イカかぁ……。美味しいのかな」


「マスター、食べる気ですか?」


 二人は笑いながら、迎えの車へと歩き出した。

 地球の運命がまた一つ大きく動き出そうとしていた。

 だがそれは誠にとって、明日の「休日」を楽しむためのスパイス程度のものだった。


 数日後。NASAの電波望遠鏡がとある「規則的な信号」を受信し、ホワイトハウスが大騒ぎになるのは、また別の話である。


(第二部 第4話 完)

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