第14話 銀河標準(ベーシック)スキルは「不老不死」です
案内された場所は、言葉で形容するにはあまりに抽象的な空間だった。
壁も天井もない。
足元には満天の星空が広がり、まるで宇宙空間に椅子だけが並べられているかのような錯覚を覚える。
「……うわぁ」
真田誠は、足元の星々を踏まないようにおそるおそる歩いた。
「どうも、緊張しなくて良いですよー」
案内役のグレイ・グー(元・銀河捕食ナノマシン)が、軽い調子で手招きをした。
彼は中央の席――議長席の隣にある「参考人席」に、誠を促した。
「ここが銀河評議会の特別会議室。……まあ君たちには、『VR会議室』みたいなものだと思ってくれればいい」
円卓(のような光の輪)を囲んでいるのは、十数名の代表者たちだ。
不定形のガス生命体、クリスタルの集合体、触手だらけの軟体生物、そして見るからに堅物そうな機械知性体。
彼らの視線が、一斉に誠とその背後のメイに注がれる。
(……胃が痛い)
誠は小さくなった。
週休3日の余裕などここにはない。あるのは「種としての生存競争」のプレッシャーだ。
「――静粛に」
議長席に座る、巨大なフクロウのような姿をした異星人が翼を広げた。
彼の声は重厚で、知性に満ちている。
「これより臨時評議会を開催する。議題は『地球文明の処遇および管理者サナダ・マコトとの方針決定』について」
議長の視線が、誠に向く。
「ようこそ、地球の代表者よ。私は現・輪番議長のオウルだ。……まずは先ほどの素晴らしい贈り物(羊羹)に感謝する。あの『アンコ』という物質は、我が種族の脳波をα波へと導く、素晴らしい鎮静作用があった」
「あ、はい。よかったです」
誠はペコリと頭を下げた。
羊羹外交、成功である。
他の代表者たちも口元(?)をモグモグさせていたり、満足げな波動を出していたりする。どうやら甘味は、全宇宙共通の正義らしい。
「さて、単刀直入にいこう」
オウル議長が本題に入った。
「今回は、地球の銀河コミュニティ加入と、今後の方針を決めて欲しいのだ」
「……今すぐですか?」
誠が身構えると、議長はホーと笑った。
「もちろん今決める必要はない。君たちのような短命な種族にとって時間は貴重だろうが、我々にとっては瞬きのようなものだ」
議長は翼で宙を示した。
「地球時間サイクルで、そうだな……10年程度で決めてくれればいい」
「10年……」
誠は少しホッとした。
明日答えを出せと言われたらパニックだが、10年なら猶予がある。
「10年かけて、じっくりと検討してほしい。……具体的には『銀河コミュニティ最低標準テクノロジー』を導入していくかどうかだ」
「最低標準……ですか?」
誠が聞き返すと、グレイ・グーが横から補足資料を出した。
「うん。コミュニティに入るとね、加盟特典として『生活保護セット』みたいなのが配布されるんだよ。未開文明が宇宙に出ても恥ずかしくないように、底上げをするわけ」
「へえ、どんな技術なんですか?」
「具体的に言うとね」
グレイ・グーは指折り数えた。
第1項:有機生命体の不老化処置(テロメア完全修復)
第2項:対消滅炉による、超初歩的な無限エネルギーエンジン
第3項:超光速移動航行技術の供与
第4項:万能ナノマシンによる、全疾患の根絶と物質生成
「……は?」
誠の思考が停止した。
不老不死? 無限エネルギー?
それが「最低標準」?
「ちょ、ちょっと待ってください! 桁が違いませんか!?」
誠は叫んだ。
「不老化って……死ななくなるってことですか!?」
「うん、そうだよ」
グレイ・グーはキョトンとした。
「だって星間航行するのに、寿命が100年とか不便でしょ? 会議に来るだけで寿命尽きちゃうし。だから、まずは寿命という概念を取り払うのが『基本』なんだ」
「無限エネルギーって……!」
「ああ、そっちは『超初歩的』なやつだよ。惑星一個を賄える程度の出力しかないから、恒星間戦争には使えない安全なやつさ」
「惑星一個賄えたら、十分すぎるだろ!」
誠は頭を抱えた。
地球では年金の受給開始年齢がどうとか、電気代が上がったとかで大騒ぎしているのだ。
そこにいきなり「死にません」「電気代タダです」を持ち込んだら、どうなるか。
「……メイ」
誠は背後のメイドに助けを求めた。
メイは涼しい顔で答えた。
「銀河の常識です、マスター。彼らにとっての『テクノロジー』とは、空気や水と同じインフラです。病気で死ぬことや、エネルギー不足で争うことは、彼らの定義では『野蛮』なのです」
「もちろん」
オウル議長が付け加えた。
「銀河コミュニティ内でも、これを拒否する人々はいる。宗教的な理由で『死』を尊ぶ種族や、自力での発展にこだわる種族だ。……導入するかどうかは、君たちが自由に選択していただいて構わない」
自由選択。
聞こえはいいが、その選択の重さは地球の運命そのものだ。
「……地球には少し速い気がしますね」
誠は正直な感想を漏らした。
「10年で答えを出せる話でもないし……。いきなり『死ななくなります』なんて言ったら、社会が崩壊します。宗教観も倫理観も、家族の在り方も全部ぶっ壊れますよ」
「ふむ」
議長は頷いた。
「そうですね。……まあ地球は、メイ殿(プリカーサーの遺産)という先進者のテクノロジーで、いきなり『昇格』しただけの文明だ。中身はまだ『未開』のままだということは理解している」
「はい。その通りです」
誠は認めた。
プライドなどない。事実、人類はまだ愚かだ。
「今の地球の現状を考えると、異星人との接触もまだ速い気がしますね」
誠は続けた。
「統一政府もありません。国同士で利権を争ってます。統一宗教もないし、肌の色や言葉の違いで喧嘩してるレベルです。……そんな連中に無限エネルギーなんて渡してみなさい。間違いなく兵器に転用して自滅しますよ」
誠の言葉に、評議会のメンバーたちがざわめいた。
「野蛮だ……」「やはり時期尚早か」「しかし技術はあるのだぞ?」
「――異議あり」
その時、円卓の一角から冷徹な機械音声が響いた。
発言したのは、全身が黒い金属で覆われた機械生命体だった。
殺戮機械文明の代表ユニット・ゼータだ。
「地球代表の懸念は非論理的である。テクノロジーはすでに保有しているのだ。ならばそれを普及させ、強制的に文明レベルを引き上げればよい」
ゼータの赤いカメラアイが、誠を射抜く。
「銀河コミュニティの後ろ盾がある以上、地球の旧態依然とした国家群に文句は言わせない。圧倒的武力で制圧し、統一政府を樹立し、管理すればよいではないか」
「……えっ」
「貴殿の背後にいるユニット・メイの演算能力と火力があれば、地球全土の制圧など6時間で完了するはずだ。反対分子は排除し、効率的な管理社会を築くことが、最も幸福な近道である」
過激派の意見だ。
だがある意味では正論だった。
ぐだぐだと話し合うより、神の力で無理やり平和にする。
それが「効率」だ。
「いやー……それはちょっとまずいですね」
誠は頬を引きつらせて手を振った。
「正直個人的には……死ぬまで平穏でいて欲しいだけですし」
「平穏?」
ゼータが首をかしげた。
「非効率な平穏より、管理された秩序の方が上位概念ではないか?」
「いえ、俺にとっては『平穏』が最上位です!」
誠は言い切った。
「誰かに管理されるのも嫌だし、ましてや自分が独裁者になって管理するなんてもっと嫌です! 責任重いし恨まれるし、夜も眠れないじゃないですか!」
「……理解不能。権力欲求が見当たらない」
ゼータは沈黙した。
彼らの計算では、強大な力を持つ者は必ず支配を望むはずだった。
だが目の前の男は、「責任」を何より恐れている。
「うーむ、難しいですね」
オウル議長が羽を撫でた。
「テクノロジーがあるのに本人がそれを望んでいない……。宝の持ち腐れと言うべきか、あるいは究極の無欲と言うべきか」
「無欲というか、ただの怠惰ですわ」
メイが横から口を挟んだ。
「私のマスターは、全宇宙の支配者になるよりも、明日の二度寝を愛する男です。……ある意味、最も危険がない人物とも言えますが」
「ふむ。確かに」
グレイ・グーがコーヒーをすすりながら頷いた。
「力に溺れる奴よりは、よっぽど安心できるね。……でもさ、それじゃあ話が進まないよ。地球はどうするの? ずっと鎖国するわけにもいかないでしょ?」
「……そうだなぁ」
グレイ・グーは指をパチンと鳴らした。
「じゃあこういうのはどう? 『第三者を装って地球に行く』作戦」
「はい?」
「僕たち銀河コミュニティが、あえて『侵略者』あるいは『圧倒的な上位存在』として地球にコンタクトを取る。そして交渉役として君(誠)が立つのさ」
グレイ・グーは悪戯っ子のように笑った。
「君は『地球を守るために彼らと交渉し、猶予を勝ち取った英雄』というポジションになる。そうすれば地球人類も団結せざるを得ないし、君の発言力も高まる。……どうだい?」
「……」
誠は想像した。
空を埋め尽くすエイリアンの大艦隊。
怯える人類。
颯爽と現れ交渉する自分。
「私が話をつけました。地球は救われます」と宣言する自分。
「……却下で」
誠は即答した。
「なんで!?」
「平穏な人生がしたいだけなので勘弁してください。そんな主人公みたいなことさせられたら、マスコミに追い回されるし、教科書に載っちゃうし、絶対に胃に穴が開きます」
「君、本当にぶれないねぇ……」
グレイ・グーは呆れた。
「じゃあどうするのさ。技術は隠したまま異星人とも会わず、でも一応加盟はする……なんて虫のいい話、なかなかないよ?」
「うーむ……」
誠も悩んだ。
現状維持がベストだが、メイがいる以上いつかはバレる。
かといって急激な変化は望まない。
その時、メイが控えめに手を挙げた。
「では、こういうのはいかがでしょう? 『同じような未開の文明と交流させる』というのは」
「未開の文明?」
「はい。銀河コミュニティにはまだ所属していない、ワープ航法を見つけたばかりの『レベル1』くらいの文明です。地球と同じく、まだ混沌としていて未熟な種族」
メイは、星図の端っこにある小さな星系を指差した。
「例えばこの『プロキシマ・ケンタウリ』にある水棲人類文明などはどうでしょう? 彼らも最近、電波通信を実用化したばかりです」
「……ほう」
議長が興味深そうに頷いた。
「いきなり我々のような『神(レベル10)』と会うからショックを受けるのだ。……隣のクラスの『転校生(レベル1)』となら、対等に話せるかもしれん」
「適当に電波を受信させて交流して、人類を自力で発展させるのはどうでしょう?」
メイの提案だ。
「お互いに顔は見せず、まずはラジオのような通信から始めるのです。『宇宙には他にも友達がいる』と分かれば、地球人も少しは意識が変わるかもしれません。統一への圧力にもなるでしょう」
「……なるほど」
誠は考えた。
それなら自分が出る幕はない。
NASAとかドラゴンバンクの研究施設が「謎の信号を受信!」と騒いで、勝手に盛り上がってくれればいい。
自分は家でそれをニュースで見ながら、「へー宇宙人なんているんだー」とポテチを食べていればいいのだ。
「……俺が関わらないなら、それでも良いかも?」
誠は言った。
「その『ケンタウリの人たち』との文通から始めさせてください。いきなり不老不死とか渡されるより、よっぽど健全です」
「ふむ。……実に人間らしい慎重な選択だ」
オウル議長は満足げに翼を羽ばたかせた。
「よかろう。過度な干渉は避け、草の根レベルの交流から始める。……それが君の選択だね?」
「はい。とりあえずその方向で、持ち帰りさせてください」
「承知した」
議長は、空中に浮かぶ光の板にサインをした。
「では、そのための『交流プラン』と『技術導入ロードマップ(100年計画)』の詰め合わせをしておきますね。……ウィル殿、データを受け取ってくれ」
「はい、承知いたしました」
控えていたウィルが、膨大なデータをダウンロードした。
「今日はお疲れ様でした」
議長が会合の終了を告げた。
周りの異星人たちも「また羊羹よろしくな」「今度は酒を持ってこい」とテレパシーを送ってくる。
帰り道。ギャラクシー・リムジンの中。
「……はぁぁぁ」
誠はシートに沈み込むようにため息をついた。
どっと疲れが出た。
数億光年の彼方で、地球の未来を決める会議をしてきたのだ。知恵熱が出そうだ。
「お疲れ様でした、マスター」
メイが冷たいお茶(もちろん、分子配列調整済みの最高級玉露)を差し出した。
「よく頑張りましたね。あの殺戮機械相手に『平穏がいい』と言い切った時は、少し惚れ直しましたよ」
「……茶化すなよ」
誠はお茶を受け取り、一気に飲み干した。
「でも、これで良かったのかな。……不老不死、断っちゃったけど」
「良かったのですよ」
メイは優しく微笑んだ。
「死があるからこそ生は輝く。……というのは有機生命体の詩的な表現ですが、実際問題、今の地球人に永遠の命を与えても、暇すぎて発狂するか、資源が尽きて共食いを始めるのがオチです」
「……辛辣だな」
「まずはお隣さんと文通から始めましょう。ゆっくりマイペースに。……それがマスターらしくて良いと思います」
誠は窓の外を見た。
美しい星雲が流れていく。
その中に、小さく青く輝く星があるはずだ。
「……帰ったら何しようか」
「そうですね。地球時間ではまだ月曜日の夜です。……今日は『週休3日』の初出勤日でしたね?」
「うわ、そうだった! 明日は火曜日か……仕事行かなきゃ」
誠は現実に引き戻された。
銀河の代表になっても、週休3日のサラリーマンであることに変わりはない。
だがその表情は、以前ほど暗くはなかった。
「ま、週4日なら頑張れるか」
「ええ。それに帰ったら『グレイ・グー』様から頂いたお土産もありますよ」
「えっ、あいつ何かくれたの?」
「はい。『銀河銘菓・プラズマ饅頭』だそうです。……食べると体が発光するらしいですが、試してみますか?」
「……遠慮しとく」
リムジンは光を超えて地球へと急ぐ。
羊羹と少しの希望と、大量の「宿題」を積んで。
真田誠の銀河外交官としての毎日は、まだ始まったばかりである。
まずは、隣の星系から届く「こんにちは」の電波を、どうやって自然にNASAに拾わせるか。
メイとウィルとの作戦会議は、まだまだ続きそうだった。
(第二部 第3話 完)




