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銀河最強のAIを拾いましたが、僕はただの会社員です  作者: パラレル・ゲーマー


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第12話 月曜日の出張先は銀河の果て

 東京都千代田区、永田町。

 総理大臣官邸の地下深くに存在する、国家最高機密シェルター。


「……真田さん」


 円卓の上座に座る、御堂筋総理大臣が、悲痛な面持ちで口を開いた。

 彼の目の下には、ここ数日で急激に濃くなったクマがある。


「冗談……じゃなくて、マジですか?」


 総理の声は震えていた。

 対面に座る真田誠は、高級スーツ(新調したばかりの銀河外交用防護スーツだが、見た目はただの青山で買ったスーツ)に身を包み、深く頷いた。


「……マジですね」


 誠の隣には銀色の球体――メイが浮遊している。

 彼女はいつものように、優雅な電子音を響かせた。


「マジですわ、総理。先ほどのホログラム映像のログ解析結果をお見せしましたよね? 銀河コミュニティからの正式な『召喚状』です」


「ぐぬぬ……」


 総理は頭を抱えた。

 同席している外務大臣、防衛大臣、そしてドラゴンバンク会長の理 正義も、一様に沈痛な表情をしている。


 ことの発端は、金曜日に誠の元へ届いた「銀河からの招集状」だ。

 地球文明が(メイのせいで)「恒星間文明レベル」と認定され、その管理者として誠が指名された。

 そして最初の会議(出頭命令)は来週の月曜日。つまり明日だ。


「……どうなってるんだ、宇宙は」


 防衛大臣の轟が、呻くように言った。


「いきなり呼び出しだと? 我々はまだ月面に有人基地すら作れていないんだぞ。それが銀河の中心に行けだと?」


「向こうの認識では、地球はすでに『超光速航行』『時空制御』『物質生成』が可能なスーパーテクノロジー文明ですから」


 メイがあっさりと言った。


「私がいますからね。私のスペックが、そのまま地球のスペックとして登録されてしまったようです」


「君のせいじゃないか!」


 金子大臣が叫んだが、メイは「てへっ」と明滅するだけだった。


「……嘆いていても始まりません」


 理 正義が、努めて冷静に振る舞いながら言った。

 さすがは、数々の修羅場をくぐってきた経営者だ。


「相手は宇宙人です。コミュニケーションが取れるかどうかも怪しい。……とりあえず、日本政府から優秀な外交官を付けましょう。真田さん一人に行かせるのは、あまりに荷が重い」


「そうです!」


 外務大臣の日下部が、身を乗り出した。


「我が国には、タフな交渉をまとめてきたベテラン外交官が何人もいます。彼らを随行させ、実務的な交渉は彼らに任せれば……」


「却下です」


 メイが冷たく言い放った。


「え?」


「招集状には『代表者:サナダ・マコト(単独)』と明記されています。同伴者は、彼の所有物(私やウィル)以外は認められません。もし、登録されていない有機生命体(外交官)を連れて行けば『不正アクセス』あるいは『侵略行為』とみなされ、その場で焼却処分されます」


「焼却……!?」


「ついでに、ペナルティとして地球の地殻も剥がされるかもしれませんね」


 シーン……。


 会議室が凍りついた。

 外交官を一人付けただけで、地球が皮を剥かれる。

 リスクの桁が違いすぎる。


「……つまり」


 誠は乾いた唇を舐めた。


「俺一人で……行ってこいと?」


「はい、マスター」


 メイは慈愛に満ちた声で(しかし内容は悪魔的に)告げた。


「ご安心ください。私もついていますし、ウィルも連れて行きます。……それに、たかが銀河の寄り合い所です。町内会の集まりと大差ありませんよ」


「スケールが違いすぎるだろ……」


 誠はテーブルに突っ伏した。

 週休3日制で得たはずの安息は、宇宙の彼方へ消え去っていた。


「……メイさん」


 総理が、藁にもすがる思いで尋ねた。


「その……『銀河コミュニティ』について、詳しく教えてくれないか? 敵を知り己を知ればなんとやらだ。どんな組織なんだい?」


「そうですね……」


 メイは空中に、巨大な星図を投影した。

 天の川銀河。その中心付近に、無数の光点が密集している領域がある。


「銀河コミュニティは、現宇宙において星間文明が加入している、最も広域な宇宙連合体ですわ」


 メイの講義が始まった。


「私の知識は数千年前のものですが、銀河の歴史的スケールからすれば昨日のようなものです。大枠は変わっていないでしょう」


「歴史は……古いのかね?」


「ええ。宇宙初期から存在すると言われています。創設メンバーの中には、すでに肉体を捨てて高次元エネルギー体へと昇華した種族もいます」


「エネルギー体……」


「構成メンバーは多岐にわたります。やっと自力でワープ航法を発見した『よちよち歩き』の文明から、数億年の歴史を持ち、時空そのものを統べる『タイムロード(時間卿)』と呼ばれる超・先史文明まで。ピンからキリまで所属していますわ」


「タ、タイムロード……?」


 理 正義が、聞き慣れない単語に反応した。


「時空を……統べる?」


「はい。彼らは因果律を編集できます。気に入らない歴史があれば、過去に遡って修正パッチを当てるような種族です。彼らにとって宇宙の歴史は、『編集可能なテキストデータ』に過ぎません」


「……」


 全員が絶句した。

 勝てるわけがない。

 そんな連中と同じテーブルに着くのか?


「ですが、タイムロードの方々は、基本的に『観測者』に徹していますので、滅多に干渉してきません。……厄介なのは中堅クラスの文明ですね」


 メイは星図の一部を赤く染めた。


「このコミュニティ加盟条件が『宇宙そのものを壊さないこと』という、極めて大雑把なルール一つしかありません。ですので、内部はカオスです」


「カオス……とは?」


「例えば『殺戮機械文明デターミネド・エクスターミネーター』」


 メイはサラリと言った。


「彼らは『有機生命体は不確定要素であり、バグの温床である。よって全宇宙から排除すべき』というプログラムに従って活動しています。機械以外は全て滅ぼす。話し合いは通じません」


「なっ……!?」


「逆に『狂信的精神主義文明』もいます。彼らは『機械に魂は宿らない。AIは神への冒涜である』と主張し、私のような機械知性を見つけると、問答無用で破壊しに来ます。……マスターが私を連れて歩いているだけで、彼らにとっては『宣戦布告』になりますね」


 誠の顔から血の気が引いた。

 メイを連れて行かないと何もできないが、連れて行くと宗教戦争が始まる。


「他にも、他種族を家畜としてしか見ていない文明や、宇宙全体を一つの巨大なショッピングモールにしようとしている巨大企業文明……。まあ、多種多様な隣人たちが、同じ本部の廊下を歩いています」


 メイは締めくくった。


「正直、本部の廊下ですれ違いざまに肩がぶつかって、それが原因で文明同士の絶滅戦争が始まってもおかしくない場所です。……というか、週に一回くらいは起きてますね」


「……」


 総理大臣が白目を剥いて椅子に沈んだ。

 これが「町内会の寄り合い」?

 修羅の国どころではない。地獄の釜の蓋が開いている。


「絶望する……日本政府……」


 轟防衛大臣が、うわごとのように呟いた。


「我々は、竹槍を持って核戦争に参加するようなものじゃないか……」


「竹槍どころか、ミジンコがゴジラの喧嘩に仲裁に入るようなものですわ」


 メイは容赦なく訂正した。


「……ま、待て」


 理 正義が震える手で水を飲み干し、なんとか理性を繋ぎ止めた。


「メイさん。……君は勝てるのか?」


 その問いに、全員の視線がメイに集まった。

 この全能のメイドだけが、人類に残された唯一の希望だ。


「もしその……殺戮機械とかいう連中が、地球に攻めてきたら?」


「制圧可能です」


 メイは即答した。


「私の戦闘能力は、この銀河の現存文明の中ではトップクラスです。単独で艦隊を殲滅することも、惑星シールドを展開して攻撃を無効化することも容易です」


「おお……!」


メイが全力で防衛行動に当たれば、太陽系内ぐらいなら、あと1億年は守護できるでしょう。どんな艦隊が押し寄せても、デブリに変えて差し上げます」


 安堵のため息が漏れた。

 さすがはノーベル賞技術の元ネタだ。


「ただし」


 メイが補足した。


「相手が『タイムロード』クラスの文明が出てきた場合は、即負けます」


「……即?」


「はい。彼らは『戦う』のではなく、『地球が誕生した46億年前』に遡って、太陽系形成のパラメータをいじり、地球が生まれないように歴史改変を行いますから」


「……防ぎようがないじゃないか」


「ええ。私が感知した時には、私は『最初から存在しなかった』ことになっています。……まあ幸い、彼らはそこまで好戦的ではありませんし、そんな面倒なことをするメリットも彼らにはありませんが」


「……つまり」


 総理がまとめた。


「神様みたいな連中タイムロードの機嫌を損ねないようにしつつ、狂犬みたいな連中(殺戮機械など)からはメイさんの力で身を守り、なんとか外交をこなすしかない……ということか」


「その通りです、総理。ご名答です」


「無理ゲーだ……」


 誠は天井を仰いだ。

 なんで俺が。

 ただの会社員なのに。


「……とりあえず」


 誠は覚悟を決めたように顔を上げた。

 やるしかない。

 行かなければ、地球が消えるか太陽に落とされる。

 ならば、少しでも生存率を上げるしかない。


「行って話をするしかありませんね」


「真田さん……!」


 総理が涙目で、誠を見た。


「君は……日本の、いや人類の英雄だ」


「英雄じゃなくていいから、特別手当ください。あと、有給は減らさないでください」


「約束する! 君の銅像を建ててもいい!」


「いりません!」


 誠はメイに向き直った。


「メイ。……外交っていうけど、具体的に何をするんだ?」


「基本的には顔合わせです。『新入りです、よろしく』と挨拶回りをして、いくつかの書類にサインをし、銀河法を守る旨を宣誓するだけです」


「それだけ?」


「ええ。……ただ、先ほども申し上げた通り、些細なことで因縁をつけてくる文明がいます。そこで重要になるのが『貢ぎトリビュート』です」


「賄賂か」


「聞こえが悪いですね。潤滑油です」


 メイは空中に、様々なデータを表示した。


「高度なテクノロジーを持つ文明にとって、技術や資源はあまり価値がありません。彼らが欲しがるのは『希少性レアリティ』と『嗜好品ラグジュアリー』です」


「嗜好品……」


「特に地球の『食文化』は、銀河的に見ても特異で、かつレベルが高いです。有機生命体の多くは、糖分やアルコール、特定の化学物質による快楽刺激を好みます」


「……つまり?」


「とりあえず、お土産を大量に持たせましょう。……そうですね、『甘味』でなんとかしてもらいましょうか」


「甘味……」


「はい。高純度のスクロース(砂糖)と植物性油脂、そして繊細な加工技術の結晶。……羊羹、カステラ、チョコレート。これらは多くの種族にとって『合法ドラッグ』並みの衝撃を与えるはずです」


 誠は呆気にとられた。

 銀河の平和を羊羹で買うのか。


「……分かった」


 総理大臣が内線電話を掴んだ。


「宮内庁御用達の和菓子店すべてに連絡しろ! 虎屋、叶匠壽庵、とらや、文明堂……。最高級の品を、あるだけ持ってこい! 国家予算で買い占める!」


「あとお酒も!」


 理会長が叫んだ。


「獺祭、響、十四代! 私の個人的なコレクションもすべて提供しよう! 酔わせて契約書にサインさせるんだ!」


「……飲み会かよ」


 誠はツッコミを入れたが、大臣たちは真剣だった。

 これが「オペレーション・スイーツ」。

 人類の存亡をかけた、史上最も甘い作戦の始まりだった。


 翌日。月曜日。早朝の東京上空。


「……これに乗るの?」


 誠は目の前に浮かぶ物体を見て、絶句した。

 それはメイが「外交用」として一夜にして建造(物質生成)した個人用宇宙船だった。


 見た目は完全に「空飛ぶ高級リムジン」だった。

 黒塗りのボディ、流線型のフォルム。しかしタイヤはなく、代わりに青白い重力波を放っている。


「はいマスター。『銀河公用車ギャラクシー・リムジン』です」


 メイは、いつもの銀色の球体ではなく、人間に近いアンドロイドボディ(メイド服着用)に意識を移していた。

 運転席には、運転手姿のウィルが座っている。


「おはようございますマスター(真の創造主)。……また無茶な仕事が増えましたね」


 ウィルが、疲れた笑顔で挨拶した。

 彼もまた、銀河外交のサポート役として連行されるのだ。


「荷物は積み込みました」


 メイが後部トランク(四次元格納庫)を指差した。


「特選羊羹5000本、大吟醸酒2000本、カステラ1000箱、その他、柿の種や抹茶キットカットなども満載です。これで小規模な星団一つくらいなら買収できます」


「……買収する気満々じゃねーか」


 誠は溜息をつき、リムジンに乗り込んだ。

 シートはふかふかで、座り心地は最高だった。


「では出発します」


 ウィルがコンソールを操作した。


「目的地:銀河中心『サジタリウス・プライム』。距離:2万6000光年。……ワープ・ドライブ起動」


 窓の外の景色が歪む。

 東京のビル群が引き伸ばされ、光の線へと変わっていく。


「行ってきます、地球」


 誠は小さく呟いた。

 週休3日のマイホーム。

 録画したアニメ。

 ふかふかの布団。


 それらを守るために、ただの会社員・真田誠は、羊羹を武器に銀河の荒波へと飛び込んだ。


「到着まで約3時間です。映画でもご覧になりますか?」


「……『スター・ウォーズ』以外で頼む」


 リムジンは光を超えて加速した。

 こうして、真田誠の壮大なる「銀河出張」が幕を開けたのである。


(第二部 第1話 完)

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