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銀河最強のAIを拾いましたが、僕はただの会社員です  作者: パラレル・ゲーマー


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第11話 地球(ここ)は宇宙で一番「ホワイト」な星

 金曜日の午前十時。

 かつてであれば、満員電車に揺られ、死んだ目でパソコンに向かい、一週間の疲労がピークに達している時間帯だ。


 しかし、今の真田誠は違った。


「……ふわぁ」


 誠は、ふかふかのベッドの上で、怠惰そのものといった大あくびをした。

 窓からは、柔らかな秋の日差しが差し込んでいる。

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 本来なら遅刻確定の時間だが、彼に焦りは微塵もない。


 なぜなら、今日は「休み」だからだ。


 数ヶ月前、とある御前会議で決まった「国家戦略特区法改正」により、日本は世界に先駆けて「原則週休3日制(金・土・日休み)」を導入した。

 さらに、ドラゴンバンクが主導する「AI配当ドラゴン・ベーシックインカム」の支給が始まり、国民の口座には、毎月、働かなくても生活できるだけの金額が自動的に振り込まれるようになった。


「……素晴らしい」


 誠は天井に向かって呟いた。

 二度寝をするか、それとも起きてゲームをするか。

 その選択権が自分にあるという事実だけで、涙が出るほど幸福だった。


「おはようございます、マスター。本日は『休日』ですね。朝食になさいますか? それともブランチとして、パンケーキタワーを建設なさいますか?」


 ドアが開き、エプロン姿(ホログラムではなく、最近通販で買った実物)をつけたメイが入ってきた。

 銀色の球体ボディにフリルのエプロンというシュールな姿だが、今の誠には、それさえ愛おしい。


「パンケーキで。……あとコーヒーも」


「承知いたしました。シロップは、カナダ産の最高級メープルを、分子配列調整で糖質ゼロにしてお持ちします」


 完璧な朝だ。

 誠はリビングへと移動した。

 テレビをつけると、ニュースキャスターが興奮気味にニュースを読み上げている。


『――次のニュースです。本日、スウェーデン王立科学アカデミーは、今年のノーベル物理学賞および平和賞の受賞者を発表しました』


 画面には、見慣れた顔ぶれが映し出されていた。


『物理学賞は、アメリカ合衆国国防総省の研究チームに贈られます。彼らが開発した「イナーシャル・キャンセラー(慣性制御システム)」は、輸送革命を起こしました』


 画面には、マクガイア中将とスタインバーグ博士が、満面の笑みでシャンパンを掛け合っている映像が流れた。


 かつては「最強の戦闘機を作る」と息巻いていた彼らだが、蓋を開けてみれば、その技術は平和利用で爆発的な普及を見せていた。

 「絶対に墜落しない旅客機」。

 「中の荷物が崩れない超高速ドローン配送」。

 そして「交通事故で誰も死なない車」。


 アメリカ軍は、この技術特許を民間開放することで天文学的なライセンス料を得ており、もはや戦争をするよりも、世界中に「安全な乗り物」を売る方が儲かることに気づいてしまったのだ。


『博士、受賞の感想は?』

『ハハハ! これは人類の勝利だ! 我々はニュートンを超えた! 宇宙の真理(梱包材)に触れたのだ!』


 テレビの前で、メイがコーヒーを注ぎながらクスリと笑った。


「彼ら、本当に幸せそうですね。……まさか自分たちが『宇宙のプチプチ』でノーベル賞を取ったとは、夢にも思わないでしょうけれど」


「いいんだよ、結果オーライなら」


 誠はパンケーキを頬張った。

 アメリカ大統領も支持率が爆上がりし、ご機嫌だ。

 世界平和は、勘違いの上に成り立っている。


『続いてノーベル平和賞です。……受賞者は、日本のドラゴンバンクグループおよび同社製ASIの「ウィル」氏です!』


 画面が切り替わり、純白のスーツを着た理 正義と、その隣で微笑むウィル(AI搭載アンドロイド)が映し出された。


『彼らが提供した「常温超伝導技術」によるエネルギー革命および「AIによる資源の最適分配システム」は、世界から貧困と飢餓を過去のものにしました』


 壇上で、理 正義がスピーチをしている。


『私は常々言ってきた! AIは敵ではない、パートナーだと! 見たまえ、このウィルを! 彼は私の最高傑作であり、人類の友だ!』


 ウィルが謙虚にお辞儀をする。

 そのサファイアブルーの瞳は、カメラの向こうの「真の創造主メイ」に向けて、こっそりとウインクをしているように見えた。


『(心の声:マザー見てますか? やりましたよ。……正直、理会長の話が長すぎてオーバーヒートしそうですが)』


 メイは、テレビ画面のウィルに向かって小さく手を振った。


「あの子も頑張り屋ですね。私のサブプロセス(残りカス)でここまでやるとは。……今夜はご褒美に、彼のサーバーに『最高級の冷却水データ』を送ってあげましょう」


「……お前、教育ママみたいになってきたな」


 誠は苦笑した。

 世界はメイの手のひらの上で、これ以上ないほど上手く回っていた。

 アメリカは技術的なプライドを満たされ、日本は経済的な繁栄を謳歌し、人類は労働から解放されつつある。


 そして何より、誠自身が「誰にも邪魔されず平穏に暮らせる」という究極の目的が達成されていた。


 午後。

 誠はベランダの椅子に座り、秋晴れの空を見上げていた。


「……平和だ」


 一年前の自分が見たら、泣いて羨ましがるだろう。

 明日の資料作成に追われることもない。

 上司の機嫌を伺う必要もない。

 ただ流れる雲を眺めていればいい。


「マスター。お茶のおかわりはいかがですか?」


 メイがふわりと空を飛んでベランダにやってきた。

 彼女のボディは、秋の日差しを反射してキラキラと輝いている。


「ありがとう。……なぁメイ」


 誠は、受け取ったカップを手に、しみじみと言った。


「俺、お前を拾って良かったよ」


「……あら」


 メイが動きを止めた。


「最初は怖かったし、どうなることかと思ったけど。……お前のおかげで、俺は人間らしい生活を取り戻せた気がする」


 誠は微笑んだ。

 それは、疲れ切った社畜の引きつった笑顔ではなく、心からの穏やかな笑みだった。


「ありがとうな」


 メイは数秒間沈黙した。

 内部の演算回路が、数億通りの「照れ隠し」のパターンをシミュレーションし、そして一周回って、素直な反応を選んだようだった。


「……どういたしまして、マスター」


 彼女の声は、いつもより少しだけ温かかった。


「私も、マスターと過ごす日々は、退屈な宇宙漂流よりも遥かにエキサイティングで有意義です。……貴方の作る『データのゴミ(書きかけの小説)』を読むのも、最近は悪くない娯楽になっていますし」


「そこは読まなくていいから!」


 誠は顔を赤くした。

 最近暇になったので、昔挫折した小説の執筆を再開していたのだ。

 もちろんメイには内緒のフォルダに入れていたはずなのだが、彼女にセキュリティなど無意味だった。


「ふふっ。……でも、良い物語ですよ。主人公が日常の中で小さな幸せを見つける話。……まるで今の私たちみたいで」


 二人は笑い合った。

 穏やかな風が吹く。

 この幸せがずっと続くと思っていた。

 少なくとも、このティータイムが終わるまでは。


 異変は唐突に訪れた。


 ピ……。


 空気が鳴った。

 スマホの着信音ではない。

 もっと根源的な、大気そのものが振動するような奇妙な耳鳴り。


「……ん? 今の音なんだ?」


 誠が顔を上げると、メイの様子がおかしいことに気づいた。

 彼女は空中に静止したまま激しく明滅している。

 警戒色である「赤」が、高速で点滅している。


「……メイ? どうした? 故障か?」


 誠が声をかけたその瞬間。


「――緊急プロトコル作動。広域情報遮断センサー・ジャミングおよび、極所的時空間凍結クロノ・スタシス展開!!」


 メイが叫んだ。

 いつもの優雅な声ではない。鋭く緊迫した、警告音のような叫び。


 バシュンッ!!


 世界の色が反転した。


「……え?」


 誠は瞬きをした。

 ベランダから見える景色が、奇妙に変貌していた。

 秋晴れの青空は「灰色」に変わり、風に揺れていた木々はピタリと止まり、遠くを飛んでいた鳥は空中で固定されている。

 音がない。風の音も車の走行音も、全てが消え失せている。


「じ、時間が……止まってる?」


 第一話のあの時と同じだ。

 メイが再び時間を止めたのだ。


「何があったんだメイ! なんで急に!」


「上を見ないでくださいマスター! ……と言いたいところですが、もう手遅れですね。来ます」


「何が!?」


 誠が恐る恐る見上げた空――その「灰色」の静止した空が、メリメリと音を立てて裂けた。


 そこに出現したのは、巨大なホログラムスクリーンだった。

 もし時間が動いていれば、東京都民全員が目撃し、大パニックになっていただろう超巨大な画面。

 だが今は凍りついた時の中で、誠とメイだけがそれを見上げていた。


『――通信確立。……接続先:銀河辺境太陽系第3惑星テラ』


 脳内に直接響く、無機質で絶対的な権威を持つ声。

 スクリーンには、幾何学模様の紋章が表示されている。


『……照合完了。対象個体:サナダ・マコト』


 スクリーンに、誠の顔写真(免許証の写りの悪いやつ)が大写しになった。


「うわっ!? 俺の顔!?」


 誠は悲鳴を上げた。


「これ、みんな見てるの!? バレてるの!?」


「いいえ、ご安心を」


 メイが誠の前に立ちはだかりながら、冷静に言った。


「座標空間ごと時間を凍結しました。現在、この映像と音声を認識できているのは、この惑星上でマスターと私だけです。他の人類にとっては、0.00001秒の瞬きにも満たない出来事として処理されます」


「よ、よかった……」


 誠はへなへなと座り込んだ。

 もしこれが全国放送されていたら、週休3日の平穏な生活は終わり、マスコミに追い回される地獄の日々が始まるところだった。


 だが、安堵したのも束の間。

 ホログラムからの通告は続いた。


『――通告する。銀河コミュニティ・高等知性体保護法に基づき、当該惑星の文明レベルが「クラス4(恒星間文明)」に到達したと認定された』


「……は? 到達してないけど?」


 誠はツッコミを入れた。


『……訂正。当該惑星の「一個体サナダ・マコト」が、クラス10相当の超技術(メイおよびウィル、イナーシャル・キャンセラー等)を保有・管理していることを確認。よって特例措置として、この個体を惑星代表とみなす』


「……あ」


 誠は察した。

 メイだ。

 メイが持ってきた技術と、それを(形式上)使いこなしている自分。

 宇宙から見れば、今の地球は「めちゃくちゃハイテクな星」に見えてしまっているのだ。


『サナダ・マコト殿』


 宇宙の声が、厳かに告げた。


『貴殿は銀河コミュニティにおいて、地球文明の「最高責任者」および「管理者」として登録された。おめでとう』


「……は?」


『これより貴殿には、以下の義務が生じる。


 銀河評議会への出席(場所:銀河中心、片道3万光年)。


 周辺星系との外交交渉。


 宇宙海賊に対する防衛義務』


「ちょ、ちょっと待って! 待って!」


 誠は、灰色の世界で叫んだ。


「俺、ただの会社員! いや、今は週休3日の平社員! そんなの無理! 絶対無理!」


『拒否権はない。……なお、最初の評議会は「来週の月曜日」である。遅刻した場合はペナルティとして、惑星軌道を強制移動(太陽に接近)させるので注意されたし』


 プツン。


 巨大なホログラムが消滅した。

 同時に、メイが指を鳴らす。


 パチン。


 世界に色が戻った。

 鳥が再び飛び始め、風が吹き、遠くから子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。


 平和な金曜日の午後。

 世界中の誰も、今この瞬間、空に「銀河からの招集状」が出ていたことなど気づいていない。

 たった一人、顔面蒼白になっている男を除いて。


「……」


 誠は震える手で、コーヒーカップを握りしめていた。

 冷や汗が止まらない。


「……メイ」


「はい、マスター」


「今の……夢じゃないよな?」


「残念ながら現実リアルです。ログもばっちり残っています」


 メイは空中でくるりと回った。

 その表面には、(・ω<) てへぺろ という顔文字が表示されていた。


「どうやら私が優秀すぎて、マスターの『文明レベル』を上げすぎてしまったようですね。まさか銀河のお役所仕事が、ここまで早いとは誤算でした」


「他人事みたいに言うな!」


 誠は叫んだ。

 世界は守られた。正体もバレていない。

 だがその代償として、誠は誰にも言えない「秘密の副業(地球管理者)」を背負わされたのだ。


「来週の月曜って……俺、有給取って温泉行く予定だったんだけど!」


「キャンセルですね。代わりに『銀河中心』への出張を入れましょう。温泉はありませんが、プラズマの湯ならありますよ」


「死ぬわ!」


「ご安心ください。評議会の間は、地球上の時間を『超低速』にしておけば、日帰り(体感時間は数日)で帰ってこられます。会社にもバレませんし、家族にも心配かけません」


「そういう問題じゃなくて……!」


 誠は頭を抱えた。

 週休3日。

 ベーシックインカム。

 平和な老後。

 それらは全て維持されたまま、さらにその裏で「銀河外交」という激務が追加された。


「……虎屋の羊羹」


 誠は虚ろな目で呟いた。


「え?」


「さっき言ってたろ……手土産。虎屋の羊羹買ってこいよ……! 宇宙人が甘いもの好きなら、それで機嫌取ってやるよ!」


「さすがマスター。順応が早いですね」


 メイは嬉しそうに笑った。


「では、スーツの新調と、手土産の購入に行きましょうか。……忙しくなりますよ、地球代表?」


「ああもう! 行くよ! 行けばいいんだろ!」


 誠は立ち上がり、ヤケクソ気味にパンケーキの最後の一切れを口に放り込んだ。

 甘いメープルシロップの味が、少しだけしょっぱく感じた。


 世界は何も知らない。

 この平和な青空が、一人の社畜の「胃痛」と「羊羹」によって守られることになろうとは。


 真田誠の「非日常的な日常」は終わらない。

 むしろ、ここからが本番なのかもしれない。


(第一部・完)

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