公開婚約破棄に巻き込まれた者たちの仕返し
よくあるなーろっぱより若干時代は進んでるかも。
王家は飾りです、はい。
カザリー王立学園の大ホールで開催された夜会に俺、アラン・ランスは妻のセシルを伴って参加していた。
王立学園のホールは元は王家が所有するパーティホールだった。十数代前のカザリー王家によって建設されたそのホールは贅を尽くした装飾が施され、当時の王家の隆盛を忍ばせる歴史ある建物だった。そのため、学園内のみならず国内の貴族のパーティの会場としてしばしば使われていた。それゆえ、この会場でのパーティでは学生時代の思い出に思いをはせる者が多い。
「やあ、ランス伯爵とご夫人、ご無沙汰しております。この会場へ来るとかつての若い時代を思い出しますなぁ。私は180回生ですから、この学び舎に通っていたのはもう40年ほど前になります。伯爵と夫人は何回生でしたかな?」
頭頂部がやや寂しい子爵がこんな話題を振ってくる。国内の貴族達はそのほとんどがこの学園に所属していた。彼もまた例外ではなくこの学園の卒業生なのだろう。年上の子爵はOBで、先輩ということになる。俺は人当たりの良いと称される笑みを保ったまま答えた。
「200回生ですよ、アグノー子爵」
「200回生というとあの・・・」
子爵が言いよどむ。
「ええ、“あの”200回生ですよ。私も妻もね」
あくまでも笑みを崩さず目を細めて威圧してやると、子爵は決まり悪そうに去って行った。
「この程度でびびるなら『あの』とか言うんじゃねぇよ、小物め」
「まあまあ」
不快感を隠せず悪態をついた俺をセシルがなだめてくれる。
「不躾に『あの事件について詳しく聞かせろ』とか『真実の愛(笑)』とか言ってこないだけ弁えている方ではありませんか」
「そうかもしれないが。まさかセシル、君もどこぞの茶会でそのような侮辱を受けたわけではないだろうね?」
「まあ、私は大丈夫ですわ」
セシルは扇を広げてホホホと笑っている。その様子を見る限りセシル自身はそれ程気にしていなさそうだが、『侮辱されていない』とは言ってないあたり、『あの200回生』ゆえの好奇の眼差しはセシルにも注がれているのだろう。そう思うと本当に腹立たしい。
その後も何人かの貴族が「ほう、あの200回生ですか」と不躾な視線を向けてきたが、どれも下位貴族であったので、容赦なく威圧して追っ払ってやった。高位貴族が好奇の目線を向けてこないのは品位もあるのだろうが、おそらく『あの200回生』の事情を熟知しているからだろう。
200回生が『あの200回生』と好奇のまなざしに晒されるようになった理由。それは俺やセシルが学生であった頃に遡る。
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学園200回生は特に王立学園への入学者が多かった世代だ。それはエミリアン王太子と同学年であったからだろう。王権が強かった時代は、貴族達は王族との婚姻あるいは側近に取り立てられるという形で自身の家の地位を高めようとしたので、王族が子をもうけるのと同じ時期に貴族達は子をもうけていた。今のカザリー王国はかつてほど王家の力は強くないから、無理に王族との関係を持つ必要はなかったのだが風習として残ったのか、はたまた「王家に子ができたのは慶事だからうちも子をもうけるか」とそれらしい理由をつけてしっぽりやった家が多かったのか、あるいは同世代の貴族が多ければ横のつながりを広げるのもやりやすくなるだろうと打算が働いたのか。ともかく当時の貴族達は王家に合わせるように子作りに励み、結果200回生は在籍数が特に多い学年となった。
そのエミリアン王太子は輝く金髪にエメラルドのような翠の瞳で、外見は文字通り麗しい王子様だった。しかし、唯一の王子として甘やかされて育ったおかげで、中身は残念そのもの。短慮でわがままで癇癪持ち、おまけに酷い好色と来ていた。王太子と同時期に学園に在籍していた下位貴族の令息達はいつ癇癪持ちの王太子に理不尽に当たり散らされるか気が気でなく、おびえながら学園生活を送っており、これも気の毒だったのだが、もっとかわいそうなのは下位貴族の令嬢達であった。ロクでもないとはいえ王太子、ナンパしてくるのをけんもほろろにすることはできず、さりとてやんわりと断ると
「そう遠慮するな、この俺様が誘ってやっているんだぞ」
と謎の俺様解釈をされてしまう。このありがたくないお誘いは令嬢に婚約者がいようがいまいが関係なかった。
そしてこの暴走王子を止めるのが同時期に在籍した高位貴族の令嬢令息のお役目であった。伯爵家の跡取り息子であった俺もそのお役目の一翼を担っていたのだが、実家が王家から縁遠い田舎伯爵家であったことが幸いし、婚約者のセシルを守りつつ、色狂い王太子が令嬢に無体を働いているのを見かけたら追い払う位の役割で済んだ。アホぽん王太子は忌々しいことにセシルにも粉をかけてきたのだが、もちろん
「セシルは私の婚約者ですので、触れるのはお断りさせていただきます」
と間に入って阻止した。王太子は「不敬だぞ」とわめいていたが、剣術で鍛えた身体を見せつけるようにして睨み付けてやると
「くそっ、覚えてやがれ」
と三下のような捨て台詞を吐いて退散していくのがお決まりだった。
本来であれば王族と近い年頃であることは貴族にとって好ましいことのはずなのだが、エミリアン王太子に限ってはあまりにも素行が悪く、
「こんなチンピラみたいな王子と同年代になるとは不幸だ」
というような恨み節が貴族子女達の間で蔓延、学園に通わせた娘や息子からその話を聞いた親世代は頭を抱えるという事態に国中が陥った。
当のエミリアン王太子はというと、都合の悪い言葉は聞こえないおめでたい耳を持っており、
「俺様と同学年とは光栄だろう?」
と豪語してはばからず、周りの者が顔を引きつらせる様に気づくこともなかった。
在学中最も苦労させられる羽目になった令息はシリル・コルマール侯爵令息だろう。コルマール侯爵家は過去に王家の姫が降嫁したこともある力のある家で、その縁がゆえにシリルはこのボンクラ王太子の側近になってしまった。その裏には親世代の壮絶なるたらい回しと押し付け合いと袖の下と土下座の応酬があったらしいとかなんとか。気の毒にも側近となってしまったシリルはそれでも役目を果たそうと尽力し、王太子がやらかさないように先回りと根回しを行い、やらかしたときはその被害が最小限になるよう沈静化に走り回りつつ、王太子の無体に泣かされた令息令嬢のフォローを行っていた。なにせ盛った王太子が見境なく令嬢を引っかけまくり、令息に対しては無駄に威張り散らしまくるので、彼は常に忙しく走り回っていた。おかげで彼は学園在籍中に人相が変わってしまい、入学時はともすれば少女に間違われるような中性的な顔立ちの甘いベビーフェイスの令息だったのだが、卒業する頃には目つきは鋭くなり、目の下には隈がこびりつき、頬もこけてすっかり研ぎ澄ませた刃物のような冷たい印象を与える顔貌となってしまった。
そしてシリル以上に王太子の尻拭いをさせられていた気の毒な令嬢がジュディット・アントニー公爵令嬢であった。エミリアン王太子の人格に難があることは割と早くから発覚していた。成長すれば良くなるのではないかと淡い期待もされたが、国王夫妻が盛大に甘やかしたおかげで余計に悪化、見事人格最悪の顔だけ王子ができあがってしまった。そんな王子の妃になりたいと思う物好きな高位貴族の令嬢はおらず、令嬢のいる高位貴族家の間で盛大な押し付け合いが勃発した。そして年単位でもめにもめた結果、エミリアン王太子の婚約は学園入学直前という王族としては遅い時期に結ばれることになったのだが、その王太子の婚約者という名の貧乏くじを引かされてしまったのがジュディット嬢だった。彼女はミルクティーブラウンのウェーブのかかった髪とヘーゼルの瞳をもつ小柄で可愛らしい令嬢なのだが、王太子のお気に召さなかったようで「地味女!」だの「色気がない!」だの顔を合わせるたびに一方的に罵られていた。また、ジュディット嬢は学園在籍中の三年間、首席をとり続けた才媛でもあったのだが、そこもエミリアン王太子の癇に障ったのか、「女のくせに生意気だ」とか「可愛げがない」だの罵倒を浴びせられ、可愛そうにジュディット嬢は三年の学園生活ですっかり窶れてしまった。
こんな事情だったので、運悪くエミリアン王太子と同世代になってしまった高位貴族の令息令嬢は王太子の生け贄にされてまったシリルとジュディット嬢を全力でサポートしつつ、下位貴族の令息令嬢に無体を働くボンクラ王太子を全力で止めるという本来ならやらなくてもいい任務を仰せつかることになってしまった。
良かったことと言えば、派閥を超えて同世代の団結が深まったことかもしれない。アホぽん王太子のおかげとは思いたくないが。
状況が変わったのは最終学年である三学年に上がってからだ。アラモード男爵家の庶子だというプリン・アラモード男爵令嬢が入学してきたのである。プリン・アラモード男爵令嬢はピンク色の髪に空色の瞳の庇護欲を誘う愛らしい少女で、その上身体付きは女性らしく出るところが出ているという、エミリアン王太子の理想を体現した少女であった。エミリアン王太子がプリン・アラモード男爵令嬢に入れ込むようになるのにさほど時間はかからなかった。当初プリン嬢は
「殿下には婚約者様がいらっしゃいますしぃ~、私には分不相応ですからぁ~」
とやんわりとお断りしていたのだが、エミリアン王太子はそれでもしつこくプリン嬢にアタックを続け、半年後ついにはプリン嬢はエミリアン王太子を受け入れたのであった。そしてすぐに二人は人目もはばからずイチャつくようになった。そして本来の婚約者であったジュディット・アントニー公爵令嬢を露骨に放置するようになったのだが、元々扱いが悪かったのでジュディット嬢にとっては今更放置されようがもはや誤差、むしろ王太子がプリン嬢に熱を上げ、他の令嬢にちょっかいをかけることが格段に少なくなったおかげで、ジュディット嬢の心労は軽減され、顔色も少しばかりよくなるという有様だった。当の王太子はプリン嬢と仲が良い様子をジュディット嬢に見せつけて「お前は可愛げがない」だの「お前は愛されない」などと宣っていたそうだが、ジュディット嬢が心動かされることはなかった。
当たり前である。なぜならプリン・アラモード男爵令嬢とエミリアン王太子のお付き合いはジュディット・アントニー公爵令嬢はたまたアントニー公爵家のお墨付きだったからだ。
貧乏くじを引かされたとはいえ当初ジュディット嬢は望まれるなら王太子妃の役割を果たすつもりではあったようだ。だがエミリアン王太子からの酷い仕打ちにすぐにその気持ちもすぐにぼっきりと折られてしまっていた。なので王太子がどこぞの令嬢と不貞しようがどうでもよく、むしろ誰かがエミリアン王太子を引き取ってくれるならばジュディット嬢もアントニー公爵家も大歓迎だった。
そんな中降ってわいたのがプリン・アラモード男爵令嬢である。エミリアン王太子はプリン嬢にお熱、プリン嬢は一応はやんわりお断りしているようだが明らかに王太子のお誘いにまんざらでもない様子。本人に王太子をどう思うか聞いてみたところ
「もしお付き合いできるなら素敵だなって思うんですけれどぉ~、王太子殿下には婚約者の方がいますしぃ~。略奪っていうのはプリンしたくないなぁって」
という答え。なんだいい子かな?
ともかくプリン嬢がエミリアン王太子を慕っていることがわかったので、ならば、プリン嬢とエミリアン王太子を婚約させ、ジュディット嬢との婚約を解消に持ち込もうとアントニー公爵家は考えたわけである。
他の高位貴族家もロクでなし王太子をジュディット嬢に押しつけてしまったことに罪悪感があったのか、王太子の婚約者すげ替え計画に全面的に協力することになった。
学園に通う貴族子息は全力でエミリアン王太子とプリン嬢の仲を取り持ち、彼らの親世代はエミリアン王太子とジュディット嬢の婚約解消と、新たにエミリアン王太子とプリン嬢の婚約締結を貴族議会で可決させた。あとは国王の承認を得れば良かったのだが、その国王が「王太子の婚約者を男爵家の庶子にするのはまかり成らぬ」などとごねたせいで最後の手続きがなかなか進まなかった。
そんな中、事件は起きたのである。
「ジュディット・アントニー! 貴様との婚約を破棄する!!」
卒業パーティでエミリアン王太子がジュディット嬢に公開婚約破棄を仕掛けたのである。
会場にいた卒業生達はみな思っただろう、
「最後までこのアホぽん王太子に振り回されて終わるのかよ」
と。
王太子の妄言に比べれば、その腰に卒業生ではないプリン嬢がぶら下がってるのはもはや些末なことだ。むしろ王太子いらねぇからプリン嬢だけ置いていってくれ。可愛いから目の保養になるし、腐れ王太子を引き取ってくれた労いだってしたいし、残り2年の学園生活についても助言をしてやりたい。
「ジュディット! 貴様はこの愛らしいプリンを男爵家の庶子と言うだけで虐めたそうだな! 公爵家の令嬢としてふさわしくないとは思わないのか! よって断罪してくれる!!」
おいおいおい、何を言いやがるんだこの王子は。
これまでの経緯を知っている貴族ならばジュディット嬢がプリン嬢を虐めることはありえないと理解しているはずだ。なぜならプリン嬢とエミリアン王太子の仲を取り持ったその中心こそがジュディット嬢だからだ。
確かにプリン嬢への嫌がらせは若干ばかり発生した。それはどれも事情を知らぬ下位貴族の令息令嬢からのものであり、取るに足らないものであったが、未来の王太子妃になってもらうプリン嬢に何かあってはいけないので、不埒な輩は速やかに排除された。
「エミリアン様ぁ、プリンを心配してくださったんですねぇ。優しいですぅ。大丈夫、プリンは虐められてなんかいないですよぉ。それどころかジュディット様にはとぉっても優しくしてもらったんですぅ。勉強とか貴族のマナーとかを教えてもらってぇ、おかげで成績も良くなったんですよぉ」
予想もしていなかったプリン嬢からジュディット嬢への援護が入った。なんだ、いい子かな?
実際成績不振で退学となると王太子の婚約者にするのは難しいので、令嬢達は一丸となってプリン嬢に勉強を教えた。幸い彼女の地頭は良かったようで、最近まで平民だったという不利を抱えながらもメキメキと成績は上がっていった。一方で、貴族的なマナーも教えていたが、これはあまりやり過ぎると彼女の天真爛漫さが失われかねないのでさじ加減には苦労したという。
「男を骨抜きにする方法も教えたんだけれど、上手くいったかしら?」
セシルがそんなことを言ってくる。なにそれ怖い。
プリン嬢がそのたわわな胸を押しつけてエミリアン王太子に甘える。みるみるうちにエミリアン王太子の鼻の下が伸びてしまらない顔になる。
セシルさん、教育はちゃんと成功しているみたいですね。
「エミリアン様ぁ、プリンは断罪よりも愛が欲しいですぅ。プリンへの特別な愛をくださいな」
プリン嬢のおかげで断罪とやらは宙に飛んでいった。もしジュディット嬢が冤罪をかけられていたらさらに面倒くさいことになっていただろうからひとまず胸をなで下ろす。それにしてもプリン嬢、やっぱりいい子かな?
「よ、よし。愛しいプリンのために王太子エミリアンの名にかけて宣言しよう。この私、王太子エミリアンはプリン・アラモード男爵令嬢と真実の愛を見つけた! よってプリン・アラモード男爵令嬢を王太子妃とすることをここに宣言する」
「真実の愛、素晴らしいです王太子殿下!!」
シリルが間髪を容れずに真実の愛宣言を褒め称える。
「私もエミリアン殿下の真実の愛をお祝いしとうございます。私との婚約破棄は承りますので、お二人とも末永くお幸せに」
こちらはジュディット嬢、いつものご令嬢スマイルなのだが、どことなく嬉しそうだ。
そして会場からは次々と真実の愛を祝う言葉が上がる。
「王太子殿下! 真実の愛おめでとうございます!!」
「プリン・アラモード男爵令嬢とお幸せに!!」
「王太子殿下と新しい婚約者に祝福を!!」
「真実の愛、バンザーイ!!」
「真実の愛、バンザーイ!!」「真実の愛、バンザーイ!!」「真実の愛、バンザーイ!!」
最後はやけくそ気味に真実の愛を万歳三唱して讃え、卒業パーティはお開きとなった。最後までろくでなし王太子にかき回されて終わるというとんでもない学園生活になってしまったわけである。当の王太子がものすごい良い笑顔で退出していったのもますます腹立たしかった。
とはいえ、これでアホぽん王太子に振り回されるのも終わる。そう考えると達成感が・・・いやねぇな、これ虚無感だよ。
その後、エミリアン王太子とジュディット・アントニー公爵令嬢の婚約は無事解消され、新たにエミリアン王太子とプリン・アラモード男爵令嬢の婚約が結ばれた。貴族議会の承認に加え、卒業パーティでの婚約破棄と真実の愛宣言、しかもその宣言は数多くの貴族子女が証人である。渋っていた国王も認めざるを得なかった。
これにて一件落着。
になれば良かったのだが、そうはならなかったのである。
一週間後とんでもないゴシップ記事が王都を駆け巡った
『禁断の恋に悩む王太子、学友達の協力で真実の愛をつかむ!』
その下には万歳三唱する俺らの写真。
どこぞの誰かが卒業パーティの出来事を新聞社にたれ込んだらしい。
それだけなら良いのだが、記事の内容がまずかった。事実は王太子が本来の婚約者であるジュディット嬢を蔑ろにしたのがそもそもの始まりで、窶れていくジュディット嬢を見かねた高位貴族家がジュディット嬢を救い出すために王太子とプリン嬢を結びつけたのである。
ところがその記事は、王太子を顧みない本来の婚約者である公爵令嬢との仲に悩む麗しの王太子が、可愛らしい男爵令嬢と出会い、傷ついた心を癒やしていく。そして王太子は学友達と協力して不遜な公爵令嬢の罪を調べ上げ、卒業パーティで公爵令嬢を悪役令嬢として断罪、男爵令嬢と真実の愛をつかむという事実とは真逆の内容だった。写真は真実の愛を祝福する学友、そして祝福される王太子と男爵令嬢だそうだ。
頭にウジがわいてんのかこれ書いた奴、と、新聞を叩きつけた俺は多分悪くない。
当然大問題になり、情報を流した人物の調査が行われた。まもなくその情報元が明らかになったのだが、それはなんと国王だった。
婚約者を虐げたあげく婚約破棄をやらかしたとあっては息子の外聞が悪い。ならば少しでも美談に仕立て上げようとあんなゴシップ記事をたれ込んだのである。
あの息子にしてこの親ありである。
これには高位貴族一同激怒、特にアントニー公爵の怒りは凄まじく、真っ先に国王の執務室に怒鳴り込み、食ってかからんばかりに国王に詰め寄り、ネチネチとお説教を決めた。
「あんたって昔からそうですよね! 本当に何も考えなしに行動して!!」
「こうなったのもあんたが息子の教育を失敗したからでしょうが!!」
「ええ! 王太子殿下はあんたによく似ていらっしゃいますよ! 何も考えてないところがね!!」
「あんたのような短慮な人物が王でいられるのは、王家がお飾りだからですよ! 国のことは我々貴族議会が責任を持って運営してしますからご心配なく! むしろあんたが口を挟むとろくなことにならないから黙ってお飾りの王をやっててもらえますかね!!」
公爵の怒声は王宮によ~く響いたそうだ。
根も葉もない噂の元は早々に特定され、ゴシップ記事を出した新聞社にも処罰が下ったものの、一度広まってしまった噂は消すことができなかった。
おかげで学園200回生は『婚約破棄をやらかし、真実の愛を貫いた200回生(笑)』という不名誉な二つ名をもらうことになってしまった。略して『婚約破棄の200回生』、あるいは『真実の愛(笑)の200回生』。なまじ『200』というキリの良い数字もこの二つ名を印象づけるのに悪い意味で役立ってしまった。
これが『あの200回生』の全容である。噂は形を変え尾をつけ鰭をつけ広まるもので、もはや『あの200回生』の噂がどんなことになっているのか想像もつかないし、知りたくもない。真実? 調べりゃわかるだろ、隠してねぇんだから。
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長く語ってしまったが、昔話はここまでだ。
今は夜会である。メインホールでの社交はそろそろお開きとなり、次の会場は階上のもう少し小さなホールに移る。各会場には○○回生、○○回生という案内札がかかっている。会場が学園のホールであるおかげで、希望すればこうして同窓会を開くことができるのだ。
俺とセシルは200回生の札がかかったひときわ大きなホールの扉をくぐった。中にはかつての学友達、そして主催の位置にいるのはコルマール侯爵となったシリルとコルマール侯爵夫人となったジュディット嬢である。ジュディット嬢は卒業後、療養のためアントニー公爵領に移っていたが、3年後にシリルと婚約して社交界に戻ってきたときはすっかり健康的な姿を取り戻していて、セシル共々喜んだことを覚えている。シリルとの婚約は、まあ共同戦線の最前線にともにいたからありそうだな、とは思っていた。ジュディット嬢に恋心を寄せていた令息からは悲鳴が上がったが。一方、シリルはすっかり悪役のような風貌が板についてしまっており、今ではすっかり魔王のような威厳ある侯爵である。
そのシリルが開会の挨拶を述べる。
「苦楽をともにした200回生の皆、今日も集まってくれてありがとう。早速だがこの資料を見て欲しい」
会場の皆に資料が配られる。
「今度入学する222回生の名簿だ。そう、エミリアン王太子の息子、エミール王子が入学する世代だ」
エミリアン王太子は2年後のプリン嬢卒業とともに結婚、その翌年に第一子である王子が生まれた。そして今、王子が学園に入学する年になったのである。しかし、これ自体は何かおかしなことではない。問題はその名簿の中身である。
「いや、こうしてみると凄まじいな」
「私たちと同じ苦労をさせたくないとは思っていたけれど」
「ここまでなるとは思わなかったな」
名簿を見た元学友達から驚いたような感想が次々と上がる。
「派閥は違えど我らは同じ200回生、この思いは同じということがわかってとても嬉しいよ」
シリルがにっこりと黒い笑みを浮かべる。怖えーよ。
「エミール王子のことは確認しておくかい。領地が遠いとかで情報が入ってこない者もいるだろう?」
シリルが促すと最近まで王宮侍女をしていたという夫人が続けてくれる。
「一言で言えば、かつてのエミリアン王太子とそっくりですわ」
とてもわかりやすい。
「エミール王子はお父上に似て傲慢不遜、短慮短気、積極的にはお関わり合いになりたくない王子に見事育ちましたわ。王太子夫妻が特別甘やかしたわけでもなくこれなのですからもはや資質ですわね。むしろ今のエミリアン王太子はプリン王太子妃のおかげでだいぶ丸くなられましたから、エミール王子の方がより酷いと言えますわね」
その報告を受け、会場からため息が漏れる。
また王家は王子の教育に失敗したのである。
ところで後半は何だ?
「エミリアン王太子が卒業後、問題を起こしたという話はありますか? 私は聞いたことがないのですが」
会場からそんな質問が投げかけられる。
「仰るとおり、問題は起こしていません」
下位貴族を中心にざわめきが広がる。高位貴族は知ってるんだろうなこの話。
「むしろジジィの方が『余が考えた最強の政策』を持ち込んで議会をかき回してくるんでダルい」
「今のエミリアン王太子がそれなりなら、ジジィにはさっさと隠居してもらった方が良いだろ」
お飾りとはいえ仮にも自国の王をジジィ呼ばわりは苦笑せざるを得ないが、在学中にあんなことがあったのでこの世代は王家に対する忠誠心が非常に低い。仕方ないだろう? 王家に振り回されて学園生活をほぼ棒に振ったんだから。
「驚きの方もおられると思いますが、理由はありますわ。プリン王太子妃がエミリアン王太子の心をつかみ続けてくれていて、献身的に支えているからです」
プリン嬢がエミリアン王太子を更生させたと?
「あの子、エミリアン王太子の話を決して遮ったり否定したりしないのよ。たとえ興奮気味だったり怒り混じりだったとしても。話し終わるまでニコニコ微笑みながら聞いていて、話し終わると共感して落ち着かせるの。そうすると王太子も矛を収めてくれて、結果として丸く収まるのよ。
すごいわよね。言葉にすると簡単かもしれないけれど、私には真似できないわ」
別のやはり王宮侍女だった夫人から説明がされる。
何だ、良い子かな?
「ちなみに、エミール王子の3つ下のショコラ王女はプリン王太子妃によく似た甘くてふわふわな女の子に育ってるわ。一人称が未だに“ショコラ”だったり、しゃべると語尾が伸び気味だったり」
聞く内容から描き出されるショコラ王女の姿はかつてのプリン嬢そのものだ。エミール王子と違って表に出てきていないため、この情報は貴重だ。
「でもいつも朗らかに微笑んでいて、穏やかで、人当たりも優しいから侍女達には人気の王女様よ」
やっぱり良い子なのか。
「頭も良いし、エミリアン王太子の次代がどちらが良いかと問われたら、私は間違いなくショコラ王女と答えるわ」
プリン嬢もあの舌っ足らずなしゃべり方で誤解されがちだが、阿呆ではないんだよな。
「ショコラ王女の225回生には特に我々は策を弄する必要がないということで良いかね?」
シリルが締めると会場から拍手が起こる。
「では、今日の200回生の集いはここまでだ。ああ、222回生の入学式が楽しみな者も多いだろうが、野次馬のような真似は慎んでくれたまえよ」
シリルは再び真っ黒い笑みを浮かべるのであった。
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そして春。
学園の入学式。
珍事が起きたとニュースになった。
『学園222回生、入学者はまさかのエミール王子1人のみ』
新聞の大見出しの下には広い講堂でぽつんと1人入学式に臨むエミール王子の写真が掲載されている。
何故こうなったか。
まず前提として、俺たち200回生の数が多いのは、その親世代が王族と子作りの時期を合わせたからだ。だが、それが裏目に出てエミリアン王太子の横暴の被害者が増え、王家への恨み節が蔓延した。
当然当事者である俺たちは子供に同じ思いをさせたくはない。
ならばどうすればいいか。
簡単なこと。王族と子作りの時期をずらせば良い。
その提案をしてきたのはもちろんシリルだ。
あの茶番じみた卒業パーティから数ヶ月後、コルマール侯爵邸に招かれた200回生達にシリルはこう言ったのだ。
「息子や娘に平穏な学生生活を送らせたいと思わないか? 俺たちのように、横暴な王族の尻拭いに奔走させたくはないと思わないか?」
その言葉は200回生達の心にじわりとしみこんでいった。最後の年こそプリン嬢のおかげで多少マシになったが、みな疲れ果てていたのだ。
「ならば、子をもうける時期をずらせば良い。簡単な話だろう? 王族の懐妊は直ちに知らされる。それでなくても我々200回生は数が多い。当然、王宮にも200回生は多く勤めているから情報としては早く入ってくるだろう。どうだ、俺たちの子供達のために情報を共有しないか?」
魔王のような笑みとともに出されたシリルの提案、200回生達はそれを静かに受け入れたのである。
全ては子供達の幸せのために。
まず、貴族家の数がそもそも有限なのだ。カザリー王国は小国というわけではないが大国でもない。そんなカザリー王国の貴族家の数はざっと見積もって300程度。当然のことながら下位貴族の方が多くて、男爵家が200に届かない位、子爵家が90程度である。高位貴族になる伯爵家になるとぐっと数が減って20、侯爵家は9、公爵家は3だ。
何が言いたいかというと、学園で同学年が100人以上いるという状況は、示し合わせて同時期に子供をもうけでもしない限り起こらないと言うことだ。実際、王族の子作りの周期とずれた学年は閑散としていることも珍しくなく、時には一学年に高位貴族が1人もいないことさえあるのだ。
俺たちは示し合わせてエミール王子と同学年にならないよう子作りを避けた。それだけで同学年の子供の数はぐっと減った。しかし少ないながらも彼と同学年になるはずだった貴族の子達はいた。しかし、エミール王子の悪評が伝えられると、その数少ない彼らも国外留学をする、あるいは飛び級で早く入学する、逆に病弱や領地の都合などの理由をつけて入学を遅らせる等、エミール王子と同学年になることを避けたのである。
その結果が新聞に報じられた222回生の入学式の惨状だった。
呆けてしまっているエミール王子が気の毒とは少しばかり思うのだが、我が子を彼のお守りにしたくない気持ちの方がはるかに強かった。
ただ一人の222回生となってしまったエミール王子であるが、案の定大荒れし、学園の施設物品を破壊して回ったあげく、上位学年の下位貴族令嬢・令息に八つ当たりし、暴力を振るった。成績も振るわず、改善の見込みなしとされ、二学期の末に退学となった。
王子の退学には、父親のエミリアン王太子が多少難色を示したものの、母親のプリン王太子妃が毅然として彼の素行不良を許さなかったので、退学は速やかに受理された。
学園を卒業できないもの、あるいは同等の資格を持たないものは貴族として認められず、王族とて例外ではない。ましてや、素行不良・成績低迷での退学処分は致命的である。
エミール王子の問題は貴族議会で取り上げられ、王族籍からの追放が全会一致で決定した。
これまでの素行もあり、おそらく今後は断種の後、着の身着のままで王都の外に放り出されることになるだろう。
親の因果を子に報わせてしまったが、仕方ないだろう。
我が子に俺たちと同じ苦労をさせたくなかっただけなのだから。
「婚約破棄劇場に巻き込まれた人達って気の毒だなぁ」
「そういえば、この手の学園ものって当たり前のようにたくさんの貴族の子女が通ってるけれど、そんなにたくさん貴族家ってないよね?」
こんな2つの考えが悪魔合体したらこんな話ができあがってしまいました。
読んでいただき、ありがとうございました。




