第5話「月と焚き火と誓いの夜」
辺境の村に、満月の夜が訪れた。
空は雲ひとつなく澄み渡り、月の光が静かに地面を照らしていた。
セレナは小屋の前に焚き火を起こし、ルゥと並んで座っていた。
火はぱちぱちと音を立て、炎がゆらゆらと揺れていた。
その光が、セレナの横顔を柔らかく照らしていた。
「静かね」
彼女はぽつりと呟いた。
ルゥは丸くなり、炎を見つめていた。
彼の瞳には、月の光が映っていた。
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第一章:過去の影
「王都では、こんな夜を過ごすことなんてなかった」
セレナは、焚き火を見つめながら言った。
「いつも誰かの視線を気にして、誰かの期待に応えようとして……
でも、誰も私のことなんて見ていなかった」
炎が揺れ、過去の記憶が浮かび上がる。
婚約破棄された夜。
家族に見放された日。
誰にも必要とされなかった時間。
「私は、ずっと“価値”を証明しようとしてた。
魔力がないなら、礼儀で。
知識で。
努力で。
でも、結局は捨てられた」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、慰めでも同情でもない。
ただ、寄り添う音だった。
セレナは、彼の背に手を添えた。
「でも、あなたは違った。
何も求めず、ただ隣にいてくれた。
それだけで、私は救われたの」
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第二章:誓いの夜
焚き火の炎が少しずつ小さくなっていく。
月は高く昇り、夜は深まっていた。
セレナは立ち上がり、空を見上げた。
「私は、もう誰かに認められるために生きるのはやめる。
この命は、私自身のもの。
そして、あなたと共に――誰かを守るために使いたい」
ルゥが翼を広げ、月に向かって一声鳴いた。
それは、誓いの音だった。
「ありがとう、ルゥ。
あなたがいてくれるから、私は前に進める」
風が吹いた。
それは、焚き火の煙と誓いの言葉を運ぶ風だった。
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第三章:夜明けの予感
夜が明ける少し前、セレナは毛布を肩にかけて、ルゥの隣で眠っていた。
焚き火は消えかけていたが、空には淡い光が差し始めていた。
「この村で過ごした日々は、私にとって宝物だった」
彼女は目を閉じたまま、そう呟いた。
「でも、そろそろ旅に出る時かもしれない。
この空の先に、まだ知らない世界がある気がする」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、同意の音だった。
そして、朝日が昇る。
空が金色に染まり、風が新しい一日を告げる。
セレナは目を開け、微笑んだ。
「行こう、ルゥ。
この空の先へ。
私たちの旅は、まだ終わっていない」




