第4話「ルゥ、村を歩く」
朝の陽射しは柔らかく、空は雲ひとつない青だった。
セレナは小屋の前で、ルゥの背にそっと手を添えていた。
「今日は、村の中を歩いてみようか」
彼は静かに鳴いて、ゆっくりと立ち上がった。
ルゥが飛べるようになるには、まだ時間がかかる。
けれど、歩くことはできる。
そして何より、彼自身が“外へ出たい”と感じているようだった。
セレナは、彼と並んで村の道を歩き始めた。
最初は、誰もが遠巻きに見ていた。
竜が村を歩く――それは、辺境でも滅多にない光景だった。
けれど、ルゥは威嚇することもなく、ただ静かに歩いていた。
その姿は、どこか誇り高く、そして穏やかだった。
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第一章:花冠と子どもたち
広場に差しかかったとき、子どもたちが駆け寄ってきた。
「ルゥだ!」「歩いてる!」「すごい、かっこいい!」
セレナは少し緊張したが、ルゥは動じなかった。
彼は子どもたちの気配を感じながら、静かに座り込んだ。
「ルゥ、頭貸して!」
少女がそう言って、花で編んだ冠をそっと彼の頭に乗せた。
ルゥは目を細め、静かに鳴いた。
それは、照れくさそうな音だった。
子どもたちは歓声を上げ、セレナは思わず笑ってしまった。
その笑いは、王都では決して出せなかった種類のものだった。
「ありがとう、ルゥ。
あなたがいてくれるから、私は笑える」
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第二章:村人のまなざし
広場の端では、大人たちが静かにその様子を見ていた。
パン屋のマルゴさん、薬草の老人、鍛冶屋の夫婦。
彼らは、最初こそ警戒していたが、今は違った。
「……あの竜、悪さはしないな」
「むしろ、子どもたちの方が懐いてる」
セレナは、彼らの視線が少しずつ柔らかくなっていくのを感じていた。
それは、言葉ではない“受け入れ”だった。
「セレナ嬢」
マルゴさんが声をかけてきた。
「ルゥに、パンの耳でも持っていってやってくれ。焼きたてだ」
セレナは驚きながらも、笑顔で受け取った。
「ありがとうございます。きっと喜びます」
ルゥは、パンの香りに鼻をくすぐられ、くしゃみを一つ。
その音に、広場が笑いに包まれた。
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第三章:静かな誇り
夕方、セレナとルゥは小屋へ戻った。
空は茜色に染まり、風が静かに吹いていた。
「今日は、いい日だったね」
セレナはルゥの背に手を添えながら言った。
彼は静かに鳴いた。
それは、満足の音だった。
「あなたが歩いたことで、私たちは少しだけ“ここにいていい”って思えた。
ありがとう、ルゥ。
あなたは、私の誇りだよ」
風が吹いた。
それは、花冠と笑い声と、静かな誇りを運ぶ風だった。
そしてセレナは思った。
この村での暮らしは、もう“仮の居場所”ではない。
それは、確かに“生きる場所”になり始めていた。




