第2話「洗濯と日向ぼっこ」
朝の空気は澄んでいて、川のせせらぎが耳に心地よかった。
辺境の村に来てから、セレナは毎朝、川辺で洗濯をするのが習慣になっていた。
王都では召使いがすべてを整えてくれていたが、今は自分の手で暮らしを紡いでいる。
それは不便で、けれど不思議と嫌ではなかった。
「今日は風があるから、よく乾きそうね」
セレナはそう呟きながら、石の上に腰を下ろし、服を一枚ずつ丁寧に洗っていく。
水は冷たいが、指先に伝わる感触が心を落ち着かせてくれる。
ルゥは、少し離れた木陰で丸くなっていた。
彼はまだ完全には飛べないが、歩くことはできるようになっていた。
セレナが洗濯を始めると、彼はのそのそと近づいてきて、干された布の上にどっかりと座り込んだ。
「ちょっと、そこは干してるところなんだけど……」
セレナは苦笑しながら布を引き抜こうとするが、ルゥは動かない。
むしろ、太陽の光を浴びてさらに気持ちよさそうに目を閉じる。
「まあ、いいか。今日はあなたも洗濯物ってことで」
セレナは肩をすくめて、ルゥの背にもう一枚布をかけてやった。
---
第一章:風と笑い
風が吹き抜け、干した布がふわりと舞い上がる。
その様子を見ていた村の子どもたちが、川辺に駆け寄ってきた。
「ルゥ、また寝てるー!」「布団みたい!」
子どもたちはルゥの背に花を乗せたり、そっと撫でたりして遊び始める。
ルゥは嫌がることもなく、むしろ気持ちよさそうに目を細めていた。
セレナは、その光景を少し離れた場所から見守っていた。
王都では、誰かと笑い合うことなんてなかった。
令嬢としての立場が、常に彼女を孤立させていた。
けれど今は――この静かな朝が、何よりの贈り物だった。
「セレナさん、ルゥって優しいね」
「くしゃみ、もう一回してくれないかな?」
子どもたちの無邪気な声に、セレナは思わず笑ってしまった。
「それは、ルゥの気分次第ね。今日は日向ぼっこモードみたい」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、照れくさそうな音だった。
---
第二章:心のほどける音
洗濯を終えたセレナは、川辺の石に腰を下ろし、濡れた髪を風に任せて乾かしていた。
ルゥは隣で丸くなり、子どもたちは少し離れた場所で草花を摘んで遊んでいた。
「ねえ、ルゥ。
あなたがいてくれるだけで、私は少しだけ……生きていける気がするの」
彼は目を開け、セレナを見つめた。
その瞳には、言葉を超えた優しさが宿っていた。
セレナは、そっと手を伸ばして彼の額に触れた。
「ありがとう。今日も、あなたのおかげで笑えた」
風が吹いた。
それは、洗濯物と笑い声と、心のほどける音を運ぶ風だった。
そしてセレナは思った。
この村での暮らしは、まだ始まったばかり。
けれど、確かに何かが変わり始めている。
それは、孤独ではない日々。
誰かと共に生きる日々。
そして、ルゥと過ごす――かけがえのない時間。




