料理長「ジーン・ローゼズ」の協力
【ジーン・ローゼズside】
毎年、この夏は猛暑に見舞われるが、今年は暑さも酷くなっている。40℃近い気温に無風ときた。あれだけ訓練やって汗をかけば身体中の水が無くなるのは自然の摂理だ。俺は弟子共に定期的に水や果物なんかを食わせている。倒れられたら困るからだ。
「ジーン料理長、また生徒が倒れたそうです。医務室から病人食の手配が来てます。」
「またか。こうも予定を狂わされると食材を余すことになるな。ったく。なんて軟弱なガキどもだ。」
「仕方がありませんよ。この暑さじゃ倒れても不思議じゃないです。でも、少し休憩入れてあげれば違ってくると思うのですが……。」
こいつは副料理長のカフル・リード。俺の信頼するコックだ。細っこい奴だが、力はあるし頭の回転も早い。俺はこいつを俺の後釜にしようとアレコレを任せている。
「とにかく作業に入るぞ」
「はい!」
倒れた生徒も多いが、それでも全校生徒や職員の数は更に多い。奴等を食わせるのは並大抵じゃねぇ。
俺とカフルが下の奴等に指示を出しながら次々と料理を作っていると意外な奴が早くに食堂に入ってきやがった。
「ジーン料理長。ヴォルティス・シェライザー殿がお話があるとのことですが……。」
「見ての通り俺は忙しい。急ぎの用なのか?」
「どうやらそのようです。何でも倒れた生徒を救うために料理長の力を借りたいとか。」
下の奴の説明に俺とカフルは困惑した。
「倒れた生徒は治癒術士が対応しているはずです。しかし、我々に協力を求めるなんて余程切迫しているのでしょうか?」
「……考えも仕方がねぇ。おい、ヴォルティス・シェライザーをここに呼べ。きちんと清潔にさせてから通せよ。」
「わ、分かりました!」
今は手が離せねぇから特例に通してやることにした。待っている間に下の奴等の味付けを見たり指導している内にヴォルティス・シェライザーがここに通されたようだ。暫く見ない内に一段と逞しくなっていた。
「お忙しいのに時間を取ってくださり、ありがとうございます。」
「前置きはいい。それで、俺に何の用だ?」
「実は料理長に作って欲しい飲み物があるのです。それは、この暑さで体調を壊すのを予防するための飲み物なのです。勿論、治癒術士に相談しましたが、忙しさに余裕がなさそうで話も聞いてもらえませんでした。ですが、飲み物なら魔法を使うことはないので、校則に違反していません。倒れた仲間を救いたいのです。どうか、お願いします。」
頭を下げた1学年の主席に厨房の誰もが無言になった。それはそうだろう。身分は関係なくてもシェライザー公爵家の嫡男で、この国でも身分が高い。その男が自分達のような下の者に頭を下げているのだから。
「事情は分かった。食に関してなら何でも協力は惜しまねぇ。その飲み物とやらは作ってやる。」
「ありがとうございます!」
ホッとした奴は無表情を緩めて目を和ませていた。
「だがな、これだけは聞いておけ。騎士になるなら簡単に頭を下げるな。いいな。」
「……はい。ありがとうございます。」
少し納得いかなそうだが、頭の良い奴だ。すぐに理解したようだ。騎士になるなら頭は簡単に下げてはならねぇ。下げるのは忠誠を誓った主にだけだ。だから簡単にやると信用を無くす場合もあるからな。まあ、仲間を助けたいという心は評価してやってもいい。
「で、何を作るんだ?」
「砂糖と塩を使った飲み物です。用意するのは【水】【砂糖】【塩】【果物】です。口を爽やかにするのには【柑橘類】が良いと思います。」
水1リットルに対して砂糖大さじ2、塩大さじ1/2、果物の絞り汁を混ぜる。
たったこれだけの簡単な物が暑さ対策の予防になるだと?治癒術士の知らない対処方法を何故知っている?
「実はウルウが私に教えてくれたのです。あの症状は熱中症という病名であり、そもそもの原因は体から水と塩が抜けたせいなのだと。」
魔獣がそんな知識があったのかと。そして人間に知識を与えるなど前代未聞だと気づいた。奴等は決して人間に余計な知識を与えない。自分達の生存に不利になるからだ。だというのにウルウはヴォルティス・シェライザーに教えた。奴が信頼に値するパートナーだからか?それとも何か企んでいるからなのか?真実は分からねぇが、そんなので救えるならあの魔獣を信じてみようと思った。
「カフル、俺だけで対応する。後を任せてもいいか?」
「……責任を一人で背負い込むつもりですね。」
ジト目で見られる。カフルはこう見えて何でも首を突っ込みたがる好奇心が旺盛だ。だからこそ今回ばかりは俺一人で背負い込む。
「食材を使っているとはいえ、治癒術士どもの反感を買うレベルだからな。」
「なら私も混ぜて欲しいですね。頭の固い奴等に嫌味を言うチャンスなのに。」
俺達は治癒術士に下に見られているから奴等が嫌いなんだ。人の命を救う治癒術士は騎士より低いがそれなりに地位が高い。だから立場に驕る奴がいて腹が立つ馬鹿ばかりなのだ。
「今回の事件が問題なくなった場合、このレシピに関してはお前に一任する。それでいいだろう。」
「……議会に我々の重要さを周知させる一手になりますね。分かりました、一先ず引き下がりましょう。」
意外に腹黒いカフル。奴は我々調理員の地位向上を目標として精力的に活動しているからな。使えるカードが増えて内心喜んでいることだろう。
後は、この飲み物の効果だが……。
シェライザーがライト・ビザイルに飲ませているようだ。側には成体になったウルウもいる。相変わらずバカみたいに美しい魔獣だ。
「ん……」
「ゆっくり飲め。」
吸い飲みに移した飲料を飲み干したライト・ビザイルは明らかに顔色が良くなってきていた。
「……なんか……飲んだことねぇけど……美味いな……」
「ウルウが教えてくれた薬だ。そしてジーン料理長が協力してくれたんだ。」
「そっか……もっと飲みたい……。」
「ああ。」
どうやら本当に効果があるようだ。
「驚いたな……」
「ええ。あのウルウという魔獣。彼女はどういう意図でこのレシピを教えたのでしょうね。それほど彼等が大切だったのでしょうか?」
「さあな。だが、効果があることは確認できた。これを食事に出すのと、特別に全員に配給することにする。水筒を用意しろ。そして全員に情報を流せ。」
「分かりました。早速とりかかります。」
こうして俺達はウルウとヴォルティス・シェライザーの働きによりレモーラなるものを全校生徒に配給することになる。
レモーラの効果は抜群で、倒れる生徒も激減するという結果を出した。
一時期は治癒術士から反対や難癖をつけられたが、魔獣から初の知識を与えられたという出来事に政府はスポーツドリンクの製造を許可する。また、それが我が国の特産品となり、他国からの需要も高くなったと高評価を与えられる。勿論、我々調理員の地位も少し上がったのも言うまでもない。
ウルウとヴォルティス・シェライザーは前代未聞のパートナーなのかもしれねぇ。
全く面白い奴等が入ってきたもんだ。
今後も奴等に振り回されるのは間違いねぇだろうな。だが、悪くねぇ。
また何か協力を頼みにきたら手伝ってやらんこともない。楽しめるからな。




