徳川軍の西進

　大坂城には各地での戦況が伝えられた。

　奥州では清久率いる奥州木村軍が他の木村方の大名と着々と合流を果たしていること。

　北陸では上杉軍と前田軍が睨み合っていること。

　徳川方の勢力に囲まれた甲斐では、木村重茲が領内に立て篭もり、山内一豊と堀尾吉晴からの侵攻に耐えていること。

　山陽では宇喜多秀家が毛利の侵攻を阻止していること。

　山陰では細川忠興と、高山国木村軍から離脱した亀井茲矩が、吉川広家を相手に善戦していることを知らされた。

　伝えられた情報をまとめながら、宗明が思考する。

（義父上と同じ頃に高山国を発った亀井殿が領地に着いているというのに、なぜ義父上は大坂に着かないのだ……）

　伏見城を攻略した大坂木村軍は、徳川方に与する城を次々と攻略した。

　あとは吉清率いる本隊と合流を果たしたいところだが、高山国へ向かった吉清は一向に戻ってくる気配がない。

　流石にこの状況を不審に思ったのか、大名たちがざわめきだした。

「もう二月近くは経つぞ……」

「もしや、木村殿の身に何かあったのでは……」

　浅野長政や長束正家をはじめ、大名たちが口々に不安を述べる。

　無理もないことだと思った。

　この戦に、彼らは乾坤一擲の思いで臨んでいるのだ。

　頼みの綱である吉清が来ないのでは、本当に勝てるのか不安なのだろう。

　宗明が諸将を見回し、諭すように声をかけた。

「各々方、落ち着かれよ。義父上のことだ……きっと何か、わけがあるのだろう」

　大名たちが困った様子で顔を見合わせた。

　宗明の言っていることもわかるが、吉清が姿を見せない以上、やはり不安が付きまとうようだ。

　そんな中、使いの者が報告にやってきた。

「大変です！　徳川軍が西上を始めました！」

「なに！？」

　動揺した大名たちがひそひそと話し合う。

「このまま木村殿が来られぬまま内府とやり合わねばならぬのか！？」

「いや、いざとなれば大坂城に篭ればよい。いくら内府といえど、秀頼様のおわす城を攻められまい」

「おお、それは名案じゃ」

「うむ、それがいい」

　口々に同意を見せる大名たちに、宗明は内心、それはできない、と思った。

　大坂木村軍が大坂城に引き篭もれば、あの家康を相手に長期間戦うことができるだろう。

　しかしそれは、大坂の町に上陸する吉清を見捨てる行為だ。

　徳川に占拠された大坂に、何も知らない高山国木村軍が上陸すれば、どうなるかは火を見るより明らかである。

　ここにきて、宗明はある決意を固めた。

「……城を出て徳川軍を迎え撃つぞ」

「お待ちくだされ！　徳川方は10万もの大軍を率いております。ましてや、相手は野戦上手で知られた徳川家康……。まともに当たっては、勝ち目は薄いでしょう」

　制止する荒川政光を振り切り、宗明が続ける。

「しかし、このまま手をこまねいて見ているわけにもいくまい。

　義父上は、この大坂に上陸し、我らと軍を合流させるつもりだ。

　家康が大坂を占領してしまっては、義父上の軍を迎え討たんと待ち構えることだろう。そうなっては、口を開けた獅子に食われに行くに等しい……」

「しかし……」

「敵がどれほどのものであろうと、我らも負けてはおらぬ。島津義弘殿をはじめ、先の慶長の役で明に攻め込んだ強者揃いである。いかに家康が強かろうと、皆が力を出し切れば、家康の首が取れるものと信じている。

　また、今開戦すれば、我らは十全な準備を整えた状態で迎え撃つことができる。……いったい、どこに我らが負ける道理があろう！」

　宗明の呼びかけで、大名たちが勢いづいた。

「我らの力で不忠者どもを蹴散らしてくれようぞ！」

「おう、木村殿が来る前にかたを付けてしまおうか！」

　先ほどとは一転して強気になった大名たちを見て、宗明は胸を撫で下ろすのだった。