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残雪

 最上義光が訪ねてきたと聞き、吉清は嫌々客間に通した。


 義光とは仲がいいわけではないが、今や両家は親戚関係である。


 邪険にするわけにもいかず、ひとまず話をしてみることにしたのだ。


 客間にやってきた義光は正装に身を包んでおり、普段とは違う様子に吉清は戸惑った。


「なんじゃ、急にあらたまって……」


「一言、礼を言いに来たのじゃ」


「礼?」


 何かしただろうか。吉清が記憶をたどるも、心当たりはない。


「木村殿が、我が義兄である大崎殿──大崎家を再興させてくれたと聞く。その節は、まことにかたじけない」


 義光が深々と頭を下げると、吉清が慌てて顔を上げさせた。


「や、やめてくだされ。大したことはしておらぬ」


 最上義光や大崎義隆のために大崎家を再興したわけではない。


 自分の傀儡となる大名が欲しかったので、取り潰しに合った大名に目をつけており、その中にたまたま大崎義隆が含まれていたにすぎないのだ。


 そう説明しようとすると、義光が「みなまで言うな」といった様子で制した。


「儂も大崎家を再興させるべく、方々に手を尽くしたのだが、一向にお家再興の兆しが見えなかった。……それを、木村殿がいとも容易く再興させてしまったと聞く。……己の無力さを噛み締めると同時に、木村殿には頭が下がる思いじゃ」


 殊勝な物言いをする義光に、吉清は普段とは違うものを感じた。


 いつもはわけもなく互いに嫌い合っていたが、今日はやけに素直ではないか。


 それくらい殊勝な態度をするのなら、酒の一つくらい出してやってもいいか。


 さっそく小姓に酒を持って来させると、盃を片手に雑談にふける。


 ふと、義光が盃に酒を注いだ。


「礼というわけではないが、一つ忠告しておいてやる。……今からでも遅くはない。徳川様のところにつく気はないか?」


「…………なに?」


 耳を疑う吉清を置いて、義光が言葉を続けた。


「木村殿が徳川様と親しくしていないというのは聞いておる。しかし、天下は間違いなく徳川様に傾く。

 唯一徳川様に対抗しうる前田様も、体調が芳しくなく、近頃は病床に伏せているとか……。それに引きかえ、徳川様はまだまだ気力十分といった様子じゃ。……前田様と徳川様、どちらが長生きし、天下を取るのか、目に見えていよう。

 徳川様の元につくというなら、儂が口添えをしてやろう。決して悪いようにはせぬ」


 義光の目からは、一切の欺瞞や悪意は感じなかった。


 真っ直ぐに吉清の目を見つめ、ただひたすら、厚意からそういってくれているのだとわかる。


 だが、義光の言葉が素直な厚意とわかってなお、吉清は頷くわけにはいかなかった。


「……たとえ徳川様が長生きしようとな、徳川様に天下を取らせるわけにはいかぬのじゃ」


「なぜじゃ。何がお主をそこまで駆り立てる」


「……約束したのじゃ。今は亡き友と……」


 吉清の語る友の察しがついたのか、義光は諦めた様子で息をついた。


「まったく……器用に生きている癖に、不器用な生き様じゃ」


「ほっとけ」


 どちらともなく笑みが溢れると、義光は盃を置いた。


「そういうことなら、次に会うときは、お互い敵同士ということになりそうじゃな」


 義光が席を立ち、襖を開け、廊下に出ようとしたところで、ポツリと一言。


「…………死ぬなよ」


 吉清は耳を疑った。


「今、なんと……」


「…………こんな気持ちは初めてじゃ。敵に対して、死んでほしくないと思うなど……」


 義光の大きな背中が、微かに震えているように見える。


 あの義光が、吉清のために涙を流しているというのか……。


 気がつくと、思わず吉清も口を開いていた。


「…………最上殿。お主こそ、長生きしろよ」


「……言われんでも、わかっておるわ」


「お主が死ねば、駒姫も、清久も悲しむ」


「……………………そうか」


 消え入りそうな声でつぶやく義光の言葉が、吉清の胸に残雪のように積もるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 史実上の上杉のポジションは木村家が担うことになりそうですが、 小早川のことがあるので毛利まで敵にまわりそうなのが心配ですね。 [一言] 本気でことを構えるつもりなら、武断派と三成を仲介…
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 最後の一行を読み、浜田省吾の「悲しみは雪のように」 が脳内に再生されました。 涙を〜人には〜見せ〜ずに〜♪
[一言] ん〜、 戦乱の世に戻すだけなら、徳川家主要の城への海上からの砲撃だけで良いと思うのですが… しがらみを解いて新しき世に皆んなでいこう!と動く為にはそれではダメかな。と。 拳で語ってもしがら…
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