お礼参り
秀次事件が一応の落ち着きを見せると、吉清は自身のために嘆願をしてくれた者たちにお礼参りをしていた。
「津軽殿、貴殿が嘆願してくれたと聞いたとき、それがしは胸が熱くなりましたぞ」
「なに、木村殿には、常々世話になっておる。これくらいわけないわ。……今度、清久殿にもよろしく伝えてくれ」
そうして、奥州の諸大名や個人的に世話になった大名に礼を述べていく。
「残るは淀殿だけか……」
秀次の一件からどんな顔で会えばいいのかわからなくなるが、一応は吉清の罪が許されるよう働きかけてくれた恩人なのだ。
であれば、とりあえず礼を言っておくのが筋ではないか。
そうして、吉清は重い足取りで秀吉が居を構える伏見城へ向かうのだった。
案外あっさり淀殿の元を通されると、吉清は頭を垂れた。
「此度はそれがしのことで嘆願してくださったと聞き、まことに感謝に耐えませぬ。……つきましては、京で人気の着物を献上したく……」
吉清が用意した手土産を広げるのを、淀殿はただただ何も発さずに見つめていた。
……何か、気分を害するようなことをしてしまっただろうか。
「は、流行りの服は嫌いですか?」
おずおずと尋ねるも、淀殿はじっとこちらを見定めるように視線を向けている。
「あの……それがしの顔に何かついてますか……?」
「…………あなたは、何という方ですか?」
こちらのことを知っている前提で話していたが、そもそも吉清の顔と名前が一致していなかったのか。
慌てて吉清が名乗りを上げる。
「そ、それがしは木村吉清と申します。此度はそれがしのことで殿下に嘆願して頂いたと聞き、お礼を申し上げに参上しました」
「木村吉清……」
じろりと吉清の顔を眺めると、側に控えていた侍女に尋ねた。
「わたくし、この方のことを殿下に嘆願しましたっけ?」
「されていたではありませんか。虎狩りの」
「ああ、虎狩りの!」
吉清の背中に嫌な汗が流れた。
……自分は虎狩りと覚えられているのか。
「…………よろしければ、虎狩りの話をお聞かせしましょうか?」
「ぜひ」
そうして、淀殿の元で食事をご馳走になりながら、吉清は虎狩りの話を披露するのだった。
目が覚めると、昨夜の記憶が蘇った。
「やってしまった……」
布団から起き上がると、吉清は隣を見つめた。
一晩中愛しあった名残か、ほのかに汗ばんだ淀殿が、生まれたままの姿で寝息を立てるのだった。




