初夜と夫婦喧嘩 後編
夜。紡の元を訪れると、吉清はその場に土下座をした。
「すまなかった」
幾度となくやらかしている吉清にしてみれば、今更土下座の一つや二つわけない。
吉清のこ慣れた土下座に、紡はため息をついた。
「……お前様の謝罪は見飽きました。今度という今度は許しません!」
「紡……」
紡が頑なな態度で顔を背けた。
やはり、ただ謝るだけでは、許してもらえそうにない。
吉清の頭に、清久の助言がよぎった。
(自分の気持ちを、正直に伝えるのだったな……)
「紡のことが嫌になったのではない。……ただ、ムラムラしてつい手を出してしまったのじゃ……」
「余計タチが悪いです!」
ピシャリと言い放たれ、吉清がたじろいだ。
「誓ってください。もう他の女には手を出さないと……」
「……………………」
「お前様!」
正直に答えるのなら、外の女にも手を出したい。
だが、そう言ってしまった日には、紡はさらに怒るだろう。
嘘をつかないというのも難しい。吉清はそう思うのだった。
初夜を迎えるべく、清久と駒姫は寝所に入った。
しかし、結果は惨憺たるものであった。
城を攻め落とすどころか、ただの門一つ落とせなかった。
吉清からは、「とりあえず挿れれば何とかなる」と助言されてはいたが、そもそも入れないのでは、意味をなさない。
耐えきれなくなり、清久はとうとう頭を下げた。
「申し訳ない……私が不甲斐ないばかりに……」
「……お前様が謝ることではありません。わたしの方こそ、何か間違えたのではないかと……」
布団の端を摘み、恥ずかしそうに俯いた。
駒に気をつかわせてしまった。
その事実が、余計に清久の胸にのしかかる。
「侍女からやり方は聞いていたのですが、見るのと聞くのでは、こんなにも違うものなのですね……」
目を伏し、自分の身体を抱き締める。
ふと、駒の手がかすかに震えていることに気がついた。
ここにきて、清久はようやく気がついた。
そうか。駒も不安なのだ。
その上で、清久の不安を晴らそうと、勇気づけてくれているのだ。
清久は震える駒の手を握った。
「……私も初めてのことゆえ、頼りないかもしれない。だが、そなたを思う気持ちは、誰にも負けないと思っておる」
「お前様……」
「駒……」
震える駒を抱き締め、清久は思った。
今なら上手くいく気がする、と。
紡の雷を一身に引き受けながら、吉清は言い訳を続けていた。
「決して紡のことを蔑ろにするつもりはない。ただ、小腹が空いたら軽く飯を食べるじゃろう」
「いい加減にしてください! お前様ときたら……だらしがないにもほどがあります!」
痛いところを突かれ、吉清が口ごもった。
「いや……その……」
言葉を濁し、煮え切らない態度の吉清に紡が声を荒らげた。
「言いたいことがあるのなら、ハッキリ言ってください!」
「あん……♡」
隣の部屋から聞こえた嬌声に、吉清と紡が固まった。
この声は、駒の声だ。
隣の部屋で繰り広げられる情事に、思わず二人して聞き耳を立ててしまう。
「……って、まだ話は終わっておりませぬ!」
紡に声を荒らげられ、吉清が姿勢を正す。
「あんまり、他所の女子ばかり手を出されては、わたくしとて愛想も尽きます! お前様はそれで良いのですか!?」
「あっ、いい……♡」
駒の嬌声にすっかり興をそがれてしまい、二人が顔を見合わせた。
「…………儂らもするか?」
吉清の問いかけに、紡は頬を染めて顔を伏せるのだった。
翌朝。清久が晴れ晴れとした顔で吉清に駆け寄った。
「父上!」
「おお、その様子を見るに、初夜は無事に済ませられたようじゃな」
「はい。これも父上の助言のおか……」
言いかけて、清久が固まった。
自分の気持ちを正直に話したからこそ、気持ちが通じ合えたのだ。
吉清の助言は、まったく役に立たなかった。
などとバカ正直に答えるわけにもいかない。
清久はもう大人なのだ。
吉清を傷つけないため、適当に濁した。
「儂の助言のおかげじゃな!」
的外れなことを言う吉清に、清久は愛想笑いを浮かべた。
「そういう父上こそ、母上とは仲直りできたので?」
「うむ。万事丸く収まった。雨降って地固まるというやつじゃ」
「私の助言が役に立ったようで、何よりです」
笑みを浮かべる清久に、吉清が固まった。
ある意味、清久のおかげに違いないのだが、どうも釈然としない。
「……まあ、お主と奥方のおかげに違いないの」
吉清の答えに、清久は首を傾げるのだった。




