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第92話 レイナード=リーグル上陸

 父、レイナード=リーグルと共に、シャオンス村を後にする僕達。

 父は大きな袋にどっさり文献を入れている。


「父さん、そんなに持って行くの?」


「後で忘れましたじゃ済まんだろうが!」


 大体、頭の中に入ってそうだけど。

 荷物を積み込むために、先に大型船に乗り込んで行く。


「父さんは張り切ってるんだよ。

 あんたに必要とされて嬉しいんでしょうね」


 呆れながら、言う母。


 追放されてこの島にやって来た父は、再び大陸に行く事をもっと嫌がると思った。

 そうではないのなら、ちょっとだけホッとした気持ちだ。


「無理はしないでね、リンクス」


「うん、父さんと一緒に帰って来るよ」


 また桟橋にはかつてのパーティの仲間、ジョゼフとドニーズも来ていた。


「じゃあ元気でな、リンクス」

「頑張ってね」


「うん。ベルナールは必ず見つける。

 二人も元気でね」


 子供の生まれる二人のためにも、堕天の魔王から未来を守らなきゃ。

 こうして僕達は父と共に故郷のシャオンス村を後にした。


 帰りの船の中の話だが、父は船室の中でも、資料の読み込みに余念がなかった。

 ちなみにカエデとウガガウは甲板に出ている。

 ウガガウが船酔いから元気になったので、二人で海を見に行ったのだ。


 二人だけの船室で僕は尋ねた。


「あのさ、堕天の魔王を倒す方法って具体的には何なの?」


 村ではとにかく、父に王都まで来てもらう事を優先に考えていたが、気になっていた事だ。


「魔法だな。

 堕天の魔王イスカリオンは聖魔の両属性を持つ。

 だからそのどちらもが弱点なのだ」


 しかし、僕はこの話はおかしいと思った。


「でもディバインレイの魔法が効果なかったよ」


 帝都での戦いで、黒騎士団の魔道士団の放った神聖魔法が直撃したが、全く効果がなかった。

 神聖魔法が弱点であったようには見えなかった。


「ああ、半端な威力では奴は同じ属性で障壁を作ってしまう」


 五人の魔道士団の同時攻撃でも半端な威力なのか。


「ディバインレイは光線だしな。

 高威力、広範囲の魔法でなければ駄目だ」


「じゃあ一体何の魔法を?」


 こうなってくると、800年前と1200年前に使われた魔法の名前が気になってくる。


「光明教と魔女教の奥義。

 門外不出の大魔法だ。


 1200年前は魔女教、800年前は光明教の大魔法が使われた」


「大魔法! 呪文の名前は?」


 奥義なんて、いかにも凄そうだ。


「門外不出だからな。

 名前も文献から消されている。

 おれも呪文の名前は知らん」


 文献から名前の消されている大魔法。

 そんなものがあったのか。


「だが、通り名だけは知られている。


 光明教の大魔法は『英霊騎士団』。

 魔女教の大魔法は『魔女の祝祭』と言われている」


 この二つが高威力広範囲を誇る、聖魔の大魔法の通り名らしい。


「そのどちらかだけでも使えれば……」


「ああ、堕天の魔王も無事では済まん。

 ただし、どちらも結局は殺す事はできていない」


 殺されていれば、今さら空を飛ぶ姿を見かけたり、エキセントリックな発言を聞かされたりはしていない。


「聖と魔、どちらかの力が残っていれば奴は復活する。

 何しろ不老不死だからな。生命力が強い」


 若々しい姿を直接目にしている。

 不老不死なのは間違いない。


「それでも魔界に撤退させれば、計画を止める事はできるだろう」


 絶対条件はナノマシン兵器を使用させない事。

 倒す事に固執しなくてもいい。

 撤退させるだけでも十分なはずだ。


 頑固で偏屈で厄介だと思っていた父が、これほど頼もしく思える日が来るとは。

 嫌な事ばっかりだったが、希望が見えて、久しぶりに明るい気分になれた。


 それから、港町マイリスが見えてきた辺りで、僕は魔法を奪われて以来の不調が消えた事に気付いた。

 結局は気持ちの問題だったのかも知れない。


 桟橋にはイネスさんがいた。

 眼鏡の縁を押さえて、背伸びをしている。

 僕の姿を確認して、手を振っている。


「巨大船が戻って来たと聞いて待っておりましたぞ!」


 船が付くなり駆け付けて来たイネスさん。

 王様の手配した船はさすがに目立つ。


「ルナテラスさんから伝書鳩を預かってますぞ。

 まずは首尾を伝えろとの事です」


 ルナテラスさんはやっぱり手際がいい。


 僕は手紙に、


「堕天の魔王を倒す方法を知っている父と共に王都に向かいます」


 と書いた。


「あと、大魔法について知識のある人間を連れて来るよう伝えてくれ。

 光明教に関しては試練の神殿の神官長でよかろう」


 父の言葉を付け足す。


 門外不出の大魔法。

 試練の神殿にその知識が保管されているという。


「しかし、問題は魔女教だな」


 1200年前は帝国領で大々的に信仰されていた魔女教だが、光明教への改宗が進み、魔女教徒自体が少ない。

 北部の田舎で細々と信仰されているらしいが、そこから専門家を連れ帰るのは骨が折れそうだ。


「おれは魔女教の薬草学の知識は貴重だと思っているし、守りたかったが、追放されてしまったからな」


 魔女教では薬や、お香なんかも使われていたと言う。

 それらは父にとっても興味のある知識だったようだ。

 が、帝国を追放されてからは、研究できていない。

 父が帝国にいた頃より、さらに魔女教の資料は少なくなっている事だろう。


「あのクソ皇帝の奴が……!」


 父にとって、追放の張本人である、皇帝イサキオスへの印象は最悪だ。


「と、取り敢えず王都に行こう」


 でも、あくまで向かうのは王都、皇帝と会う訳ではない。


 その日はマイリスで夜を明かし、次の日、僕達は馬車で王都へ向かう事にした。


 王都へは何事もなく到着。

 しかし、城門の前には人だかりが。


 と、思えば王冠を被った男性の姿がある。

 黒髪のオールバックに短めのあごひげ。

 豪華なガウンを纏った姿は若き国王、ラウール3世だ。


 僕らの乗った馬車は国王から直々に出迎えられたのだった。


「ようこそ参られました、レイナード博士」


 王様は僕の父の事を、すでに調査して知っている。


「貴重な知恵を拝借できて光栄です」


「あ、ああ。頑張ります……」


 基本的に権威や権力というものを嫌っている父だが、予想外の歓迎に悪い気分はしないみたいだ。

 人好きのするラウール3世の性格のおかげもあるだろう。


「要望通り。試練の神殿の神官長は呼んでおきました。

 800年前の大魔法の事も知っているようです」


「ふむ、後は魔女教か。

 しかし、知識を持つ人間がどれほどいるか」


 光明教の大魔法だけでもどうにかできるだろうか。


「それならば帝都で、詳しい人間が見つかりました」


「そうなんですか?」


 意外な国王の言葉に驚いてしまう。

 それならばもう、何も心配要らないじゃないか、と僕は思った。


 その時は。


「わしが知っておる」


 人垣をかき分けて現れたのは、白いガウンを纏い、王冠を被った、白髪で長いひげを生やした老人。

 ノルドステン帝国皇帝、イサキオスだった。


「わしの母親は魔女じゃったからな。

 1200年前の大魔法の事も知っておるぞ」


 そう言えばウガガウが皇女である決め手になった指輪も、森に住む魔女の祝福を願うためのデザインとか言ってたっけ。

 皇帝陛下は魔女教の文化の中で育った人物なのだろう。

 知識が得られるのは嬉しい事なんだけど……。


「まだ生きておったか、この石頭」


 近づいて来た皇帝は父を見下ろす。

 その姿を微動だにせずにらみつける父。


「おれはあんたが嫌いだ。

 尊敬もしてない」


 皇帝陛下になんて事を……。

 一気に空気が凍り付く。


 沈黙が続く。

 侵略戦争に反対して王宮に乱入した父と、その父に斬り殺しそうなほど怒り、追放を決めた皇帝。


 平和を求める父の気持ちも分かるが、帝国を繁栄に導いた皇帝にはその自負があるだろう。

 僕ははらはらして見守っていた。

 今は堕天の魔王をどうにかしなければならないので、仲良くして欲しい。


「相変わらず無礼な奴じゃ」


 皇帝イサキオスは静かに口を開いた。


「じゃが、わしの娘とお前の息子が協力して戦っておる」


 皇帝陛下はこの場で遺恨を蒸し返す気はなさそうだ。

 娘である、ウガガウの存在も大きいだろう。

 後は父が寛容さを見せてくれさえすれば……、


「それもむかつく」


 空気を読んでよ、父さん。

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