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第91話 リンクスの父、レイナード

 僕はカエデとウガガウと一緒に、故郷のシャオンス村に帰って来た。

 セントレール王国の南の孤島に位置する村は、漁業で細々と生計を立てている寂れた村だ。

 商店は数えるほどしかなく、王都セントレールや港町マイリスの道のように、石畳で舗装されたりはしていない。


 5年ぶりの帰郷だが、あまりにも変わってない景色にびっくりする。

 まるで時が止まったよう。

 その街並みを、内陸に向かって進む。

 村の一番奥、山も近い場所に建てられた小屋。

 それが僕の実家だ。


 木のドアをノックすると、黒い髪を後ろでしばった女性が現れた。

 僕の母親だった。


「ただいま、お母さん」


 心配させるのもよくないので、定期的に便りは送っていた。

 最近は冒険者稼業も順調だと連絡もしていた。


 しかし、母はどういう訳が目をまん丸にして、固まっている。


「か…母さん?」


「あらまあ!」


 急な来訪ではあったが、そんなに驚かれるなんて。

 と、思ったが、


「リンクス! 結婚したならいいなさいよ!」


 そっちか……。


「きれいな人じゃない。

 いい人見つけたわねえ!」


 カエデに駆け寄り、手を握っている。


「かわいい子じゃない。この子の名前は?」


 さらにウガガウの前へ。


「僕の子供じゃない。

 二人は冒険者の仲間だよ」


 やれやれ。

 そういう勘違いなら、驚きもするか。


「結婚なら連絡するって。

 こんな年の子供がいる訳ないでしょ」


「そうなの? 残念」


 しょげる母親。

 でも元気そうなのはよかった。


「でもゆっくりしていくんでしょ?」


「う……」


 ゆっくりできるかどうかで言うと、可及的速やかに要件を済ませて戻らなければならない。


「お父さんも呼んできましょう」


 そうだ。父親だ。

 父の協力を取り付けるためにここに来たのだ。


「父さんはどこ?」


「いつも通り、書庫よ。

 片づける約束だったのに、最近またひっくり返してるのよ」


「僕が呼んで来るよ」


 家からちょっと離れたところに、もう一つ小屋がある。

 父親が自作した粗末な掘っ立て小屋だ。


 それが父親が書庫と呼ぶ物置だ。


 扉は半開きで、ホコリが舞っているのが見える。

 そして、勢いよくものを床に置く音が聞こえる。


「お掃除中?」


 カエデは不思議がっているけど、


「いや、いつもこうなんだ」


 本当に5年前と変わりがない。


「行こう」


 意を決し、半開きの扉を解放する僕。


 いた。

 僕と同じ茶色の髪で、口髭を生やした初老の男性が、本の山にに座って、熱心に本を読んでいる。


「父さん」


 こちらに反応した父と目が合う。


「何だ、リンクス。帰って来たのか」


 変わりのない声。

 間違いなく、僕の父親、レイナード=リーグルだ。


「ん……?」


 父は僕を素通りして、カエデとウガガウに近づきじろじろ眺めると、僕の前に戻って来た。


「お前なあ、堕天の魔王が現われた時に、呑気に孫の顔なんか見せに来てる場合か!」


 またこのリアクションか。


「だからウガガウは僕の子供じゃあ……」


 え……?

 今、堕天の魔王って言った?


「堕天の魔王の事を知っているの?」


 魔王の城から昇った稲妻は大陸の誰もが目撃した。

 しかし、堕天の魔王の存在は、人々にはまだ知られていないはずだ。


「赤い稲妻は堕天の魔王の出現のしるしだ。

 過去に800年前と、1200年前の文献にある通りだ。

 そんな事も知らんのか」


 知らなかったし、聞いた事もない。


「それに、俺は稲妻の直後に屋根に登って、魔王の城を眺めていた。

 帝国の方向に向かうイスカリオンも見た」


「イスカリオンの姿も知ってるの?」


「天使の六枚羽とヤギの角。

 そんな異形の姿で空を駆けるような奴は、堕天の魔王、イスカリオンしかありえん。

 何もかも文献の通りだ」


 イスカリオンを目視して、その正体も判別していたなんて。


「父さん、その事に関して話があるんだ」


 僕は本題に入る事にした。

 父にこれまでの事を説明した。


「お前が古代魔法を!

 俺の教育の賜物だな。鼻が高いぞ」


 膝を叩いて大喜びする父。


「おかげで世界が滅亡するかも知れないんだ。

 喜ばないでよ」


 気にしているのに。


「ナノマシン兵器の対策を教えて欲しいんだ」


 が、ここで父はちょっと表情が険しくなった。


「対策なんぞあるか。

 衝撃を与えた瞬間、ナノマシンが飛散する。

 発射されたらそれで終わりだ」


 きっぱりと断言されてしまった。

 それほど厄介だからこそ、イスカリオンが欲しがってるのだろう。


「イスカリオンを倒す方が話が早い。

 800年前と1200年前もイスカリオンを撤退させたんだ。

 さっさと奴を倒す準備をしろ」


 え……?

 ぼくは耳を疑った。


「父さん、堕天の魔王の倒し方を知ってるの?」


「お前こそ何で知らないんだ?

 文献を読め。文献を!

 知りたい事はみんな歴史に書いてある!」


 古代文明の手掛かりくらいは得られないかと思ってここまで来たが、それどころではなかった。

 ナノマシン兵器どころか、イスカリオンの倒し方まで知っているようだ。


「父さん、よく聞いて欲しい。

 堕天の魔王を急いで倒さなければならない。


 そして、それは僕の責任でもあるんだ。


 王都セントレールに来て欲しい。

 知恵を借りたいって王様が言ってるんだ」


 静かに考え込む父。しかし、


「ふむ……、止むを得んか」


 うなるようにつぶやく。


 よかった。

 自分で調べろ、とか言われるかと思った。


「そうと決まったら、また資料をまとめなければな」


 書庫の本をひっくり返すのを再開する父。


「出発は明日がいいかな?」


「ああ、今日は家でゆっくりして行け」


 カエデとウガガウを連れ、母親に状況を説明。

 カエデ達も僕の実家に泊ってもらう事に。


 しかし、僕自身は夕食をパスする事を母親に伝えた。


 父が大陸行きを承諾した以上、明日の早朝には出発する。

 その前にどうしても立ち寄りたい場所があったのだ。


 海へ向かってしばらく進み、一件の家の前へ。

 真新しい家の前には、大きな漁業用の網や銛が置かれている。

 そこは僕のかつての冒険者の仲間、ジョゼフとドニーズの家だった。


 二人は結婚して、新居も立てていた。

 両親の話ではジョゼフも漁師として頑張っているらしい。


「まあ、リンクス! 久しぶり!」


 すっかりお腹の大きくなったドニーズに迎えられた。

 元気そうで何よりだ。

 以前より日焼けして見える。


「ジョゼフ、リンクスが戻って来たよ」


「おお! 本当か!」


 現れたのは真っ赤に日焼けした巨漢。

 元々、体格がよかったが、横にも大きくなって、すっかり恰幅のいい感じだ。


 それに毎日海に出ていれば、日焼けもする。

 すっかり様子が変わったが、自然な成り行きだろう。


「まあ! お父さんが王様に呼ばれたって?」


 二人にはそういう言い方に留めた。

 出産を控えたドニーズに、数十日で大陸が滅ぼされるかも知れない、と告げるべきではない。


「お父さんは学者さんだもんね。立派なものね」


「戻って来たから、てっきりお前も漁師になるのかと思ったぜ。

 冒険者は上手くいってるみたいだな」


「何とかやってるよ。

 二人とも元気そうで安心した。

 元気な赤ちゃんが生まれるといいね」


 二人のためにも堕天の魔王の計画を阻止しなければ。

 改めて気を引き締めた。


 そして、僕はもう一つの重要な気掛かりを口にした。


「ところでベルナールは戻ってない?」


「いや、戻ってないな」


 ジョゼフの顔が曇った。

 5年前、シャオンス村を旅立った僕達のリーダー、ベルナール。

 4年間Fランクだった僕をパーティーから追放した。

 その後、ちょっとしたいざこざがあって、彼はジョゼフに殴られ、姿を消した。


「あいつの親御さんにもたまに話してるんだが、さっぱりだな」


 ひょっこりと村に戻ってる可能性も少し期待していたんだけど。


「あいつも焦ってたんだろう。

 悪い奴じゃあないんだ」


「そうだね」


 村にいた頃のベルナールは頼りがいのある、僕らの中心人物だった。

 聖騎士団の入団試験に落ちたりしていて、プレッシャーも感じていただろう。


 嫌な思い出もあるけど、今ただは仲直りがしたいと思う。

 何をしているとしても元気でいて欲しい。


「赤ちゃんの顔はベルナールと一緒に見に来るよ」


 長居はせずに家に戻った。

 何しろ緊急事態で、明日には大陸に戻らなければならない。


 僕の束の間の帰郷はこうして終わった。

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