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第88話 残された猶予は?

 帝都をギャオスに乗って脱出した僕達。

 堕天の魔王達が追って来る事もなかった。

 黒騎士団と交戦していたし、リソグラフィーの魔法を持つグラムも守らなければならなかったのだろう。

 何とか王都セントスまで逃げおおせる事ができた。


 空を移動中、帝国の各地で小競り合いが起こっているのが見えた。

 人間と魔物で戦っているようだった。


 皇帝陛下やクレーヴェ公爵など、帝国で出会った人達の事が心配だ。


 しばらくして、ギャオスは王都のど真ん中に着陸した。

 街の人達はワイバーンに驚いていたが、ほどなくエレインさんとルナテラスさんが現れた。


「三人とも大丈夫?」


 懐かしいルナテラスさんの声だ。


「顔色が悪いよ、リンクス君?」


 帝都に手紙を送ってくれたルナテラスさんは、僕達の事をずっと気にかけてくれていたようだ。


「だ、大丈夫です」


 この人の声を聞くだけで元気が出て来る。

 それでも、やっぱり魔法を奪われて以降の不調は治らない。

 僕の動きは緩慢だった。

 うなだれたまま、手を上げて答える。


「エレインとわたしは救出に向かおうとしていたの。

 でもマリスが、あなた達はギャオスで戻って来るはずだから、ここで待っていろって」


「そう言えばマリスさんはあの赤い稲妻の時は大丈夫だったんですか?」


 マリスさんは旧魔王ティフォンの城である、国際連邦センターの調査隊の隊長だったはず。


「彼は、あの日に何かが起こる事を察知して、その日は調査を中止していたのよ」


 勇者一行の魔法使い、マリスさんのユニークスキル、「神算鬼謀」。

 百手先が読めるという凄い能力が、この時も大きな効果を発揮したようだ。


「そうでしたか。よ、よかった……」


 安心したせいだろうか。

 ふらついてギャオスから落ちそうになる。


「リンクス君。やっぱりおかしい。

 何があったの?」


「魔法を奪われて、気分がよくないだけです」


 魔法を奪われた事が体調に与える影響なんて想像が付かない。

 世界を危険に晒す魔法を奪われたショックも大きいのかも知れない。


「魔法を奪われた? どういう事?」


「はないちもんめ魔法で、です」と言ってもすぐには理解してもらえないだろう。

 僕は返答に困った。


「い、いろいろあって……」


「怖い目に遭ったんです」


 カエデが僕の体を支えてくれた。


「そうね。とにかく休みましょう」


 ルナテラスさんもそれ以上は聞いてこなかった。


「立てるか?リンクス」


 エレインさんが肩を貸してくれた。


 王宮に運ばれる僕達。

 客室に通され、ベッドに寝かされる。


「衰弱してるから、今はゆっくり休む事ね」


 そう言ってルナテラスさんは頭を撫でてくれたが、


「そ、そうも言ってられません。

 時間が……ないんです……」


 ナノマシン兵器を作れる、リソグラフィの魔法を奪われた事は一刻も早く知らせなければならない。


「ナノマシン兵器の事なら数十日は時間がかかるそうよ」


「知っているんですか!?」


「マリスはナノマシン兵器がこの大陸を滅ぼす事を予見しているわ」


 マリスさんは、ナノマシン兵器の事も知っているようだ。


 神算鬼謀のスキルの見せる未来は、確定した未来ではない。

 ただし、僕の知る限りでは、未来の変化する理由がなければ必ずその通りになるようでもある。


 数十日の猶予の確実性は、ある程度信頼できる。

 一方で、数十日後、大陸が滅亡する未来もまた確実性がある。


「すみません。これは僕のせいなんです!

 僕が魔法を奪われたからなんです……!」


 シーツを握りしめて僕は声を振り絞った。

 滲んで来る涙を隠したくて、下を向く。


 僕は洗いざらいをルナテラスさんとエレインさんに話した。


「そのリソグラフィの魔法を用いても、ナノマシン兵器を作り出すのには時間がかかるのでしょうね」


「加えて言うなら、行動を開始するには一個作って終わりではないだろう。

 世界を滅ぼすのに十分な個数を作ったあとでなければ、天界を脅迫する事はできないだろう」


 イスカリオンの目的を果たすのに十分なナノマシン兵器の個数を確保するのに、数十日かかるという事か。


「ごめんなさい。ルナテラスさん、エレインさん。

 僕がエーメさんに騙されたばっかりに」


 相手の狙いは僕の古代魔法だったというのに、まんまと引っかかって自分から帝都に行ってしまった。


「彼を助けようとしたんでしょ。

 仕方のない事だわ」


 額をなでてくれるルナテラスさん。


「まずはしっかり休んで」


「そうだ。時間はまだある。

 かつて、君はわたし達の未来を変え、そのおかげで魔王ティフォンを倒す事ができたんだ」


 そう言えばそんな事があったっけ。

 僕の初恋と失恋の想い出けど、今となっては懐かしい。


「きっと未来は変えられる。

 今度も頼りにしているぞ」


「はい……!」


 そうだ。未来は変えられる。

 まだ僕にできる事がきっとある。


 二人の掛けてくれた言葉で、緊張が一気に解けた。

 そして、僕は眠りについたのだった。

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