第84話 天使と悪魔
「そして、彼は吾輩の協力者だ」
魔王が協力者だって?
グラム=モンテコックリ、この男は一体?
「フッフフ、魔王ティフォンの城は古代遺跡なのだ。
あそこにはかつて世界を滅ぼした、ナノマシン兵器の設計図がある」
設計図って言ったのか?
嫌な予感がする。
「一つの問題は魔王が倒され、王国の調査隊の手が入っていた事だ。
彼らに設計図を抑えられては困る」
そう言えば勇者一行の魔法使い、マリスさんが調査に向かっていたようだ。
「それは吾輩の手に余る事だ」
東側の帝国から、王国の西部の山地にまで向かうのは骨の折れる事だろう。
確実に調査隊や王国軍と戦いになるだろうし。
「堕天の魔王がナノマシン兵器の設計図を手に入れる。
わたしがリソグラフィの魔法を手に入れる。
これはそういう計画だったのだよ」
魔王ティフォンが古代遺跡を発見して、魔法を奪うグラム=モンテコックリがいて、そして僕がリソグラフィの魔法を習得した。
「そんな偶然……!」
エーメさんだった。
「イスカリオン様は以前から古代遺跡のありかを知っていた。
ティフォンの野心を利用して発掘させたのだ」
魔王に様なんて言い方をするのは、この人は魔王の部下なのか。
正体は魔物だったりするんだろうか。
「ただ古代魔法を習得した、君の存在だけが幸運だったのだ、リンクス=リーグル」
そんな事を言われても、僕にとっては幸運ではないし、嬉しくもない。
「あなたを信頼していたのに……。
僕の濡れ衣だって晴らしてくれたじゃないですか!」
「あの旅館で君が眠っている時に、君がリソグラフィの魔法を所持している事を確認した。
だから君が拘束される事態は、絶対に避けなければならなかった。
全てはナノマシン兵器を完成させるためだ」
相変わらず淡々と語るエーメさん。
ただ利用するためだったって言うのか。
くそっ! 騙されていたなんて。
わざわざ魔法を奪われるために帝都までやって来たというのか。
「リンクス! 大丈夫?」
その時、扉を開けてカエデとウガガウが入って来た。
「え? エーメさん?
どういう事?」
状況が呑み込めないカエデ。
残念ながら、大丈夫ではない。
「エーメさんはクーデター軍とグルだったんだ……」
古代魔法を奪われた事や、新たな魔王が現われた事もあるのだが、なかなか一言では説明しづらい。
「そんな事って……!」
さすがにカエデも動揺している。
が、何しろ僕が押さえ付けられているので、納得せざるを得ないだろう。
「あの稲妻と言い……。
何かよくない事が起きているのね」
カエデは鞘に入ったポントーを構える。
「まずはあなたを助ける!」
そして、突進してきた。
近づきながらの素早い斬撃は、サムライの鋭い剣技の見せどころだ。
しかし、エーメさんはその斬撃を弾いた。
武器など持っていなかったはずだが、その手にはロングソードが握られていた。
よく見ると白い羽のようなものが舞っている。
しかし、その一瞬、取り押さえる力は弱まったので、僕は脱出できた。
カエデの方に転がって逃げる。
それから改めてエーメさんを見ると、舞い散る羽は剣を持った腕から出ているように見えた。
と、言うより剣と一緒に出現したという事だろうか。
「もう姿を偽る必要はないな」
エーメさんは眼鏡を放り投げると、そのまま、指をパチンと鳴らした。
すると、エーメさんの背中から白い羽が現れる。
さらに貴族の衣装が、白銀の甲冑に代わっていく。
堕天の魔王の配下ならこの人も魔物なのか、そうは考えた。
しかし、そうではなかった。
その姿は魔王の配下にはふさわしくない。
と、いうよりはまるで、
「天使……?」
僕は思わずつぶやいてしまう。
その白い羽を見れば誰だってそう思うだろう。
「ふむ、その認識は正しい」
眼鏡はないが、癖なのか眉間に手を当てるエーメさん。
そして、
「わたしはアークエンジェルのエーメだ」
確かにそう言った。
「天使なのに魔王の味方なんですか?」
思わずそう叫んでしまう。
「イスカリオン様は堕天の魔王。
元は神の側近、天使長だった。
わたしがその配下である事はおかしくはない」
イスカリオンが堕天使なら、その配下に天使もいるという事なのか。
「イスカリオン様こそ最も美しい存在。
どこにいようとわたしはあのお方に仕える」
そう言うが早いか、一瞬で空中に飛び上がるエーメさん。
そして、僕目掛けて急降下して来る。
「リンクスっ!」
エーメさんの剣を受け止めるカエデ。
しかし、
「きゃっ!」
強力な一撃を受け止めきれず、吹っ飛ばされてしまう。
「ひ弱な攻撃よ」
悠々と着地するエーメさん。
「もう一回!」
すぐに立ち上がったカエデはエーメさんに斬りかかった。
「何度来ても無駄だ」
やはり軽く押し戻される、カエデの斬撃。
彼女のポントー術に衰えはなかった。
相変わらずの目にも止まらぬ早業だ。
しかし、通用しない。
同じような細身の剣なのに。
「同じような武器と思っているかね?」
考えを見透かすようなエーメさんの言葉。
「このブロードソードはしなやかだが強靭だ」
たしかに細い剣ではあるが、両刃でポントーよりは幅広だ。
「素早さと技だけが売りのポントーでは勝てん」
空中で剣を水平に構えるエーメさん。
白い羽で舞う姿は神々しいばかり。
「とどめだ」
しなやかでありながら、強力な一撃がカエデに迫る。
しかし、
「カエデ! 助けるぞ!」
エーメさんの攻撃を弾き返したのは大斧のパワフルな一撃だった。
「むうっ……」
「パワーならオレに任せろ」
ここでウガガウが割って入った。
さすがにこの攻撃はブロードソードでも受け切れない。
今の攻防を見る限り、何とかなりそうだ。
二対一が卑怯だなんて言ってる場合じゃない。
何とかカエデをサポートして欲しいと思った。
しかし、
「ぬうううん!」
突如、叫び声と轟音と地響きが起こる。
ウガガウの前躍り出る巨体。
それは、
「拙僧が! 拙僧が! 拙僧があああ!
助太刀! つかまつる!」
司祭服の巨体は、リベン大司教だった。
ただし、額に青筋を浮かび上がらせ、目を剥いている。
さっきとは様子が違い過ぎる。
「拙僧も真なる姿! お目にかけよう!」
仁王立ちの状態から胸の前で手の甲を合わせるリベン大司教。
巨体がさらに大きくなる。
服が破けていると思ったら背中から蝙蝠のような翼が現れ、それに付いた爪で、裂かれているのだった。
その翼は深い紺色だった。
気付くと身体全体が紺色に変わっていた。
頭には二本の角。
手足の爪も鋭い。
その姿はまるで……、
「アークデーモン、リベン! あ、推参!」
そう。それはまさに悪魔の姿だ。
リベン大司教は悪魔に変貌した。




