第78話 大海獣討伐
多数の舟が停泊する港町、マイリス。
天気も晴れ渡っている。
しかし、この日は航行する船の姿はない。
その理由は海を見れば一目稜線だった。
港町に迫る巨大な姿。
青く長い蛇の様な胴体だが、頭部には目も鼻もなく、ただ大きな穴のような口だけがある。
大渦の海獣、カリュブディス。
その口だけで渦潮の原因にすらなる、海の脅威だ。
カリュブディスが上陸などすれば、港町の壊滅は必至だ。
住民が避難した桟橋に、茶色い短髪と、同じく茶色いローブの青年が現れた。
海の方を、すなわち、カリュブディスを見つめている。
青年の名はリンクス=リーグル。
僕の事だ。
カリュブディスの討伐依頼を、冒険者ギルドから受けてやってきたのだ。
間近で見るカリュブディスの表皮は、岩のように硬そうだった。
打撃ででダメージを与えるのは大変だろう。
しかし、こういう時こそ僕の出番だ。
両手の拳を握りしめ、カリュブディスを迎え撃つ。
まずは左手を開き、前に突き出す。
「ライトニン……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「グラビティーッ!」
落雷を受けると共に、重力波を受け、海中に沈むカリュブディス。
ライトニングの魔法と、グラビティの魔法の最速連撃。
これが僕のユニークスキル、「しりとり魔法」だ。
しかし、海獣はしばらくすると海上に姿を現し、鎌首を持ち上げた。
「そう簡単には行かないか」
さらに、
「ライトニングラビティー!」
「ライトニングラビティー!」
「ライトニングラビティー!」
連続で同じ魔法を叩き込む。
呪文がしりとりになっていれば、魔素を全く消費しない。
この継戦能力がしりとり魔法のもう一つの特性だ。
しかし、
カリュブディスはすぐに海上に姿を現す。
思ったほどの効果は上がらない。
「調子悪い?」
後ろの建物の影から、女性が姿を現す。
ポニーテールの黒髪が海風になびく。
紺色の、袖口の広いゆったりした上着に、腰を紐で結んだ、同じくゆったりしたパンツの民族衣装。
そして、腰には細めの剣の入った鞘。
サムライ少女、カエデだった。
「グラビティの効き目が悪い。
水の浮力のせいだろうね」
一方でよく見ると海獣は痙攣している。
ライトニングの魔法の効き目は悪くないのではないか。
「オレがいくぞー」
続いて現れたのは、狼の毛皮を被った、小柄な女の子。
その姿に似合わぬ巨大な斧を背負っている。
バーサーカー少女、ウガガウだ。
「ウっガアアアっ!」
海獣に向かって、斧を振りかぶって跳躍していく。
「ディフェンストレングス!」
僕は急いで補助魔法をかけた。
攻撃力と防御力を同時に上げるしりとり魔法だ。
「ガウーーーーーッ!!」
カリュブディスの首に大斧の一撃が炸裂する。
口のある頭部以外はどこがどうなっているのか分からないが、とにかく頭部に近い首に当たる場所だ。
鎌首を持ち上げていたはずが、再び海中に沈む。
炸裂の瞬間、表皮らしい塊が飛び散る。
しかし、切断はおろか手傷を負ったのかすら疑わしい。
「こいつ、固いぞ!」
攻撃の後、海中に落下したウガガウが、顔を出す。
なるほど。
思った以上に表皮は固い。
しかし、電撃の効果はあった。
「一か所でも表皮を破壊した上で、その場所に魔法を当てれば……」
「それならわたしに任せて」
カエデは鞘から剣を抜いた。
切れ味の鋭さが売りのサムライの武器、ポントーだ。
「ライトニングラビティでお願い」
「なるほど! そうだね」
僕はカエデの言葉にしたがい、両手の拳を握った。
「ライトニングラビティーッ!」
魔法を放った先は、カエデのポントーだ。
「魔封剣練成!」
カエデの言葉の後、雷が刀身に留まる。
魔法の力をポントーに宿す。
これがカエデの魔封剣だ。
目では見えないが、グラビティの魔法も宿っている。
そしてその状態で、手近な停泊中の船のマストに飛び上がる。
さらにカリュブディスに近い船を目指して、船から船へ飛び渡っていく。
普段は大人しい女の子だけど、さすがのサムライの身のこなしだ。
「行きます!」
固唾を飲んで見守っていると、カエデはそこから大きく跳躍して海獣の真上へ。
そこから魔法の宿ったポントーを一気に振り下ろした!
「超重雷鳴剣!」
グラビティの魔法の宿った一撃が、海獣の岩の様な表皮を打ち砕く。
同時に海獣の内部にライトニングの魔法が炸裂した。
カリュブディスは咆哮を上げて、痙攣していたが、やがて動かなくなった。
まさに一撃必殺だった。
カエデはカリュブディスの上を歩き、桟橋に戻って行く。
「お疲れ様、ウガちゃん」
その途中で海に落ちたウガガウをすくい上げるのも忘れない。
「いつもながら、鮮やかだったよ。カエデ」
「リンクスの魔法の威力のおかげだって」
「終わりましたかな? お三方」
建物の影から、恐る恐る現れた小柄な女性は、ギルド受付のイネスさん。
黒い縁の大きな眼鏡と赤毛のおかっぱがトレードマーク。
「はい、依頼完了です」
僕はカエデとウガガウの無事を確認すると、一緒に報告を行った。
「皆様、大丈夫です。
我らが冒険者ギルドの勇士達によって魔物は討伐されました!」
避難していた街の人達が徐々に姿を現す。
イネスさんはここぞとばかりにギルドのアピールを行う。
「この街の平和は守られました。
我らがギルドが誇るAランク冒険者によって!」




