第77話 その後の話
僕達がギャオスに乗って、飛び去った後、皇帝イサキオスはその方向の虚空をじっと凝視していた。
生きていた娘が現れたと思ったら、自分の元を去ってしまった。
その心中はいかようであろうか。
クレーヴェ公爵はどう言葉をかけていいのか分からなかった。
「申し訳ありません、陛下。
……ですが、わたしもテレジア殿下には、伸び伸びと育って欲しいと思っています」
とにかくそれだけを告げた。
「テレジアがそうしたいなら、それでよかろう。
生きておればまた会える」
事も無げに皇帝は答えた。
てっきりショックを受けていたと思っていたが、そうではなかったようだ。
「それより一緒にいた魔法使いの男は何者だ?
以前の謁見の時は分からなかったが、あの話し方やしぐさには覚えがある」
それが気になって、考え込んでいたようだ。
「セントレール王国の冒険者、リンクス=リーグル殿です」
「リーグルだと……?」
かつて、東の大陸への進出に異を唱えて、玉座の間に乗り込んで来た不届き者がいた。
今すぐ娘を連れ出す許可を出せと啖呵を切ったその姿が、記憶の中のあの男と重なる。
「レイナード=リーグルの息子か!」
間違いないと思った。
イサキオスは、嫌な奴を思い出してしまった事で、顔をしかめた。
しかし、一方で心に灯がともったような感覚を味わっていた。
あの男の息子が自分の娘を発見するきっかけになり、そうかと思えばその娘を連れ去って行ってしまった。
「それなりに長生きをしてきたつもりじゃが、なかなかどうして、予想もつかん事が起こるものよな」
我が息子、ヘルラリオスよ。
まだお前のところに行くには早いようだ。
「陛下?」
顔をしかめたかと思えば、吹っ切れたような笑みを浮かべている。
クレーヴェ公爵には、皇帝の心中は知る由もなかった。
「マンフレート、玉座の間に皆を集めよ。
和平派も、交戦派も全てじゃ!」
イサキオスはそう言うと、きびきびと玉座の間に向かった。
玉座の間に急遽、貴族達が呼び集められた。
和平派のアルトナー公爵やフックス公爵も、交戦派のローゼンベルク公爵やモンテコックリ伯爵も、可能な限りの者達が集められた。
集合する貴族達は、まず皇帝が玉座の前に立っている事に驚いた。
これまで、歩くにも苦労し、玉座に埋まるように無気力に座っていた人物が、両手で剣を垂直に、床に刺すように置いて、堂々と立っている。
かつての威厳ある「征服王」と変わらぬ姿がそこにはあった。
皇帝はまず和平派の公爵に告げた。
「わしの娘テレジアは、品位も教養も著しく欠いており、到底皇帝にはふさわしくない。
しかし、わしはまだまだ健在じゃ。
跡継ぎの心配など不要!
既得権を得ようとするより、皇帝にふさわしい人材を育てる事を考えるのだな!」
そう言って和平派をにらむ。
皇帝の形相は、明らかに和平派の権力争いなどお見通しで、釘を刺している事を示していた。
和平派の貴族達は深く頭を垂れてた。
「それから、他の大陸の領地は手放して、貿易国とする方針は変わっておらぬ。
わしが自分の息子の遺恨を蒸し返さぬと決めたのじゃ。
文句のある者はおるまいな!」
交戦派の貴族の中に言い返せる者はいなかった。
皇后と皇太子に先立たれ、このまま衰えて後を追う可能性もあった。
その皇帝が堂々たる姿で号令を下している。
クレーヴェ公爵はその事だけでも、ウガガウを帝都に連れて来た意味はあったと思ったのだった。
◇◆◇
かつての魔王のティフォンの城。
その地下にある、白い壁紙に覆われた異質な空間。
高レベルのマッピングの魔法により、施設名は判明していた。
国際連邦センター、それがこの遺跡の名前だった。
国王の派遣した調査隊はその深部にて「資料室」と書かれた部屋を発見していた。
調査隊のリーダーは緑色のローブを纏った線の細い男性。
白い長髪と切れ長の目が特徴の、勇者一行の魔法使い、マリスだった。
資料室の最深部には金庫があった。
古代文明の金庫の仕組みは調査隊には分からない。
しかし、優秀な魔法使いであるマリスは、アンロックの魔法で開錠に成功した。
その中には厚い冊子が一つあるだけだった。
表示の文字は古代語だったが、マリスはそれを読む事ができた。
「ナノマシン兵器」
意味は分からなかったが、とにかくマリスは冊子を手に取って見る事にした。
「なっ……、これは、まさか……!」
それに触れただけで、マリスは稲妻に打たれたかのような衝撃を受けた。
そして、マリスは反射的にファイヤーボールの魔法で、その冊子を燃やしていた。
「どうしたんです?
せっかくの貴重な古代文明の資料を」
調査隊の部下は、マリスの行動に驚いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。
これは古代文明を滅ぼした兵器の設計図です。
こんなものは必要ありません」
部下もユニークスキル、「神算鬼謀」を持つマリスの聡明さはよく知っていた。
百手先の未来を読む事ができるという。何かよくない未来を見たに違いない。
「あなたが言うなら信じますよ。
でも、これで危険はないんでしょう?」
マリスもそう思った。
設計図は燃やしたのだから、冊子を手に取った時に見えた、惨劇の未来は消えるはず。
しかし、
「そんな馬鹿な!」
マリスの見える未来は変わっていなかった。
「ど、どうしたんです?」
「未来は、変わっていない」
設計図を手にした瞬間に見えた未来ならば、それを消滅させれば変わるはずだ。
しかし、そうはならなかった。
今でも同じ未来を、確定した事象として感じたいた。
すなわち……。
この大陸は、天から降り注ぐ、ナノマシン兵器によって滅亡する!
◇◆◇
困難は多かったけど、きっと何もかもいい方向に向かっている。
僕はそう思った。
この時は。
これにて第2部終了です!
第3部で完結の予定なのでご期待下さい!




