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第66話 皇帝陛下に「オッス!」とあいさつするのはマナー違反と言われてももう遅いです

 ウガガウは森で育ったバーサーカー少女だ。

 感情が高ぶると、我を忘れて狂戦士と化す。

 普段は狼の毛皮を被っており、大斧を振って戦う。


 ウガガウはノルデステン帝国の帝都ツェンタームに旅立った。

 幼い時に森に置かれた彼女は、皇帝イサキオスの娘、テレジアであった事が判明したからだ。


 しかし、彼女に皇位を継がせるためではないらしい。

 ウガガウを迎えにやって来たクレーヴェ公爵の目的は、跡継ぎを失ってから健康を害している、皇帝を元気づける事だという。

 彼女自身も父親には会いたいと考えていたから、承諾した。


 少しの間、帝国に渡ったウガガウこと、テレジア皇女の話をしようと思う。



 王城に入ってすぐ、クレーヴェ公爵は侍女達を呼んで、ウガガウを正装させた。

 着せられたのは真っ白なドレス。

 精緻な刺繍が施された、優美なドレスで、一目見ただけでも高価な事が分かる逸品だ。


 もっと安物のドレスでさえも「ごわごわして嫌だ」というウガガウだ。

 これも当然、嫌がった。


 クレーヴェ公爵に「少しの間なのでどうか我慢して下さい」と言われ、着る事にした。


 そして、いよいよ玉座の間へ。


 大きな広間に並ぶたくさんの家臣達や侍女達。

 黒い甲冑の黒騎士団も並んでいて、ウガガウは一瞬眉をひそめた。

 彼女は原初の森を侵略してきた、黒騎士団と交戦した事がある。


 玉座に埋まるように、力なく、ぐったりと座っているのが、皇帝イサキオスだ。

 しかし、今は顔だけは上げて、目の前のウガガウを注視している。


「テレジア皇女殿下でございます」


 付き添って来たクレーヴェ公爵が恭しく一礼した。

 そして、


「お父上です。

 皇帝陛下にご挨拶を」


 と、ウガガウに挨拶を促した。


「あれが父ちゃんか」


 かつて、外務大臣エーメさんの謁見の付き添いで会った事はあるのだが、その時は皇帝が父親だなんて知らなかった。

 ちゃんと見てもいなかったろう。


 ウガガウは皇帝の目を見ると、片手を上げ言った。


「オッス! ウガガウだぞ」


 ウガガウはちゃんと挨拶のできる子だ。

 誰にでもいつも「オッス!」と元気よく挨拶をする。


 しかしながら、これはこの場にふさわしい挨拶ではなかった。


 居並ぶ家臣達からざわめきが起こる。

 何しろあいては皇帝陛下。

 あまりも無礼。

 程度でいうなら、最大級に無礼だ。


 頭を抱えたクレーヴェ公爵が慌てて、ウガガウに駆け寄る。


「えー、テレジア殿下は長らく人里離れた森で生活されておりまして、礼儀作法はこれから学んで頂きたく……」


 顔を真っ赤にして、汗をかきながら弁明するクレーヴェ公爵。


 皇帝イサキオスは今でこそ覇気を失っているが、逆鱗に触れてしまった時の怒りは凄まじい。

 僕の父、レイナード=リーグルが隣の大陸への武力侵攻に反対の直談判をした際は、大激怒した。

 剣を抜きかけて周囲は諫めるのが大変だったらしい。


 そんな訳なのでクレーヴェ公爵は震えあがっていた。

 しかし、


「お……おお…………」


 皇帝はよろよろと立ち上がり、たどたどしくウガガウに近づいて行く。


「その顔立ち……。フリーダの面影がある」


 ウガガウの目の前でしゃがんだ皇帝は、娘の手を取った。


「そして、わしが送った指輪。

 間違いない……!」


 皇帝はウガガウを抱きしめた。


「よくぞ生きていてくれた……!

 テレジア!」


 これがウガガウの父親との初対面だった。


「マンフレートよ、よくやった。

 皆の者、下がってよいぞ」


 マンフレートというのはクレーヴェ公爵の名前だ。

 こうして無事に皇帝とウガガウの対面は終了した。


 そして、皇帝の寝室で、ウガガウは父親イサキオスと親子水入らずの話をした。

 イサキオスはウガガウが今までどうやって生きてきたのかに興味を持った。


 銀狼エカテリーナに拾われた事。

 森の動物や魔物達と友達になった事。

 冒険者になった事。

 魔王軍と戦った事。


 娘の大冒険の物語に皇帝は目を丸くした。


 しかし、バーサーカーになった事には心を傷めてもいた。


「赤子の時に森に置いて行かれた不安が原因であろう」


 イサキオスはそう分析していた。


「北方の魔女教の儀式には、その状態を治癒するものもある。

 彼女らの村はたどり着くだけでも困難だが、いずれ連れて行ってやろう」


 また、ウガガウが森で黒騎士団と戦っていた事にもショックを受けた。

 原初の森への進出も、自分の許可によるものだ。


「また森や王国も攻めるのか?」


ウガガウからも尋ねられる。


「あの時は魔王の存在があった。

 魔王に対して、何もせぬ訳にはいかなかったのだ」


 自分の指示で、一歩間違えば娘を殺めていたかも知れなかった。

 そう考えると、恐ろしい思いになると同時に、今ここに娘がいる幸運に胸をなでおろしていた。


「わし自身はセントレールと事を構えようとは思っておらん。

 お前がいるならなおの事よ」


 二人の会話は夜遅くまで続いたが、ウガガウがうとうとしてきたので、そこでお開きとなった。


 ウガガウには一室ではなく、一棟の建物が用意されてた。

 王城の西側の別館。カンタレラ宮。

 今は亡き皇妃の住処だった場所だ。

 ウガガウの荷物もすでに運び込まれていた。


 するとまっさきにウガガウは荷物袋から着物を取り出した。

 カエデの故郷で作ってもらった、緑色の竹の模様の着物だった。


 ドレスを脱ぎ捨て、着物を着るとウガガウはベッドにダイブした。


「な、何かございました?」


 ベッドに飛びこんだ音で、外にいた侍女が入って来た。


「何でもないぞ」


 ウガガウは寝転がったまま答えた。


 ふかふかのベッドだった。

 普段の寝床はもちろん、王都の高級旅館のベッドよりも高級なベッドだった。


 ベッドの中で月を見上げるウガガウ。

 満月のきれいな夜だった。

 と、言う事は僕達がヴァンパイアの群れと遭遇していた夜だが、それは別の話。


「あれがオレの父ちゃんか」


 いきなり現れた父親の事はすぐにはピンと来なかった。

 母親はもう亡くなっていた事も。


 寝返りを打って月から顔を背ける。

 カエデやリンクスから、寝る時の姿勢は注意され、直していた。


 なれない寝床ではなかなか寝付けないだろうなと、ウガガウは思った。

 が、ほどなくしてウガガウは寝息を立てていた。

 本人が思っている以上に、心身ともに疲れていたのだった。

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