第63話 しりとり魔法の恐ろしさを味わわせてやる!
「我はフローズン。ヴァンパイアロードなり」
城の最上階でいよいよヴァンパイアロードと対峙した僕達。
青い目をした黒マントの初老の男が玉座に座っている。
ウェーブのかかった長髪に、青白い肌をした人物。
玉座の隣に置かれた小さな丸テーブルには、ワインの入ったボトルとグラスが。
グラスは紫色の悪趣味なものだった。
「アイアンゴーレムまで倒すとは。
貴様らか、わがしもべ達を全滅させたのは」
男はワインを一口飲むと、立ち上がった。
「招かれざる客人だが、まずはようこそと言っておこう」
青い瞳が妖しく輝く。
「招かれざる客はお前の方だ」
ガレスさんが憮然として言った。
「出て行ってまらうぜ。
ヴァンパイアに加えて、ゴーレムまで使うなんざ放っておけねえ」
そう言うと大斧を構える。
「ゴーレムは友人からのもらい物でな。
ここにあるだけしか持っておらん」
フローズン自身は、ゴーレムの専門家ではないようだ。
「ゴーレムマスター、メルティ。
彼は我が友だった」
意外な名前が出て来た。
ゴーレムマスター、メルティ。
魔王ティフォンの四天王の一人だ。
勇者一行に倒されたが、僕もその場に居合わせた。
まさか、フローズンが人間界にやって来たのは、復讐が目的なのか?
「ああ、かたき討ちのつもりはないのだ」
こちらの考えを察してか、手を振って否定するフローズン。
「わたしは反対したのだ。
ティフォンなんぞに、ついて行くなど」
魔王ティフォンが随分軽い扱いだ。
「致死の視線はわたしには効かんのでな。
どうも奴は尊敬する気になれん」
アンデッドモンスターの一種であるヴァンパイアには、致死の視線は効果がないようだ。
「だったら何でこんな事を!」
わざわざ人間界にやって来て、村の人達をヴァンパイアに変えるなんて!
「ワインだよ」
フローズンは、グラスを揺らしながら答えた。
「え……?」
何を言っているのか、分からなかった。
聞き間違いかと思った。
ワイン?
「ワインに目がなくてな。
魔界でもかなりコレクションしたが、この国のワインもなかなかのものだ。
集めやすいようにこの地に住む事にしたのだ」
「その事と、人間をヴァンパイアに変える事に、何の関係があるんです?」
「ワインを管理するためのしもべが必要だったので、調達した。
それだけの事よ。
これは武骨なゴーレムには任せられん」
何だって?
そんな事のために人々をその牙にかけたと言うのか!?
「許せないっ!」
一応、相手の事情くらい聞いておこうと思った。
しかし、人を人とも思わないフローズンに、僕の怒りは爆発した。
僕は両手の拳を握りしめた。
「もう容赦はしない!」
その後、まずは左手を開き、前に突き出す。
「マッ……!」
そして、次に右手を広げ、突き出す!
「チャージスペル!」
僕の身体が緑色の光に包まれ、その光が放射状に広がって行く。
一面が緑色の光に覆われ、やがてその光が晴れる。
「な、何だ? この光は?」
フローズンも何が起こったか分からない。
玉座からずり落ちそうになって、目を白黒させている。
「何も起こっていないではないか」
失敗か?」
「いいや。魔法は成功した」
僕は確信していた。
「しりとり魔法の恐ろしさを味わわせてやる!」
「リンクス、すごい剣幕だけど、何の魔法?」
カエデが恐る恐る尋ねて来た。
「わたしも分からないんだけど……」
「チャージスペルは呪文の威力を上げる魔法さ。
この場合、直前の魔法の効果範囲を広げる『しりとりブースト』が発生している」
「じゃなくって、どっちかって言うと直前の魔法の方。
よく聞こえなくって」
この魔法は、確かにかなり特殊だ。
しかし、ここは説明より実践だろう。
「フローズン、そのグラスのワインを飲んでみるんだ」
「ワインだと?」
紫色のグラスの中身、その色の変化にフローズンは気付いていない。
「毒は入ってない。
それに不死身のヴァンパイアロード様が、毒なんて怖くないだろう」
「ふん」
フローズンはグラスに口を付けた。
「ぶぅっ!!」
そして、その直後、フローズンは液体を吹き出した。
「何だ? この渋味と甘味は!?」
「マッチャの魔法。
読んで字のごとく、周囲の食べ物と飲み物を、何にでも合う抹茶味に変える魔法だ」
「マッチャ? 茶だと……?
まさか貴様っ……!
ワインの味を変化させたと言うのかっ?
この、魔界産の、ビロードのようなきめ細かさと、じっくり発酵させた辛口でシャープな味わいが特徴のワインを!」
衝撃を受け、白い顔を紅潮させるフローズン。
「ああ、そうだ!
それはもう、渋味と、旨味と、甘味が特徴の抹茶味だ!」
「何という事をッッッ!」
絶叫するフローズン。
「よりにもよって、一番のお気に入りを……」
と、言っているが、それは甘い。
「お気に入りだけで済ませると、思っているのか?」
「ど、どういう意味だ?」
「マッチャージスペルは『しりとりブースト』が発生して、効果範囲が広がっている。
直径にしておよそ10倍の効果範囲だ」
「直径、だと……?!」
愕然として眉をピクつかせるフローズン。
「まさか地下のワインまでっ!?」
「言ったはずだ。
「しりとり魔法の恐ろしさを味わわせてやるって」
「ま…、ま、まさか、まさか!
ち、地下のワインだって、レアもの揃いなんだぞ!」
しどろもどろになっている。
マッチャージスペルの効果を理解できたようだ。
「あの過去1000年で最高と言われた、神酒を上回る出来栄えと言われたワインもか?」
「そうだ!
それは、過去1000年で最高と言われた神酒を上回る出来栄えの抹茶味だ!」
「では、あの悪天候の年ながら、糖度と酸度のバランスが良く、軽やかでフルーティーな奇跡の仕上がりと言われたワインもか?」
「そうだ!
それは悪天候の年ながら、甘味と渋味がちょうどいい、香り高くクリーミーな、奇跡の仕上がりの抹茶味だ!」
「では、あのエレガントで味わい深く、とてもバランスがよい、適度な量と高い品質のワインもか?」
「そうだ!
それはエレガントで味わい深く、とてもバランスがよい、適度な量と高い品質の抹茶味だ!」
「よくもッ! よくもッ! よくもよくもよくも~~~ッ!
よくも…、このわたしのコレクションを台無しにしてくれおったなあああっ!」
激昂するフローズンだが、一切同情するつもりなどない。
「三対一だ。覚悟しろ」
ガレスさんとカエデも武器を構えて、玉座に詰め寄る。
しかし、
「三対一、だと?
ふん、馬鹿どもめが!」
立ち上がったフローズンが両腕を広げる。
すると、彼の足元の影が大きくなった。
そして、その中に無数の赤い輝きが現れた。
と、思った次の瞬間。
「いでよ。しもべ達」
フローズンの影から次々とヴァンパイアが飛び出して、彼の周囲に現れた。
その数十体。
「わたしが、何の策もなく、ここに一人で座している訳がなかろう」
影の中に手下を隠しているなんて、聞いた事もない魔法だ。
やはりヴァンパイアロード、一筋縄ではいかない。
「ワインの恨み、その血を飲み干さねば収まらん。
貴様ら全員をしもべにしてやる。
絶対に逃がさん」
怒りに震えるフローズン。
ヴァンパイア達が近づいて来る。
僕達もこの残虐非道な敵を逃がすつもりはない。
ついにヴァンパイアロードとの戦いが始まった。




