第60話 深夜の遭遇
ヴァンパイア討伐の依頼を受けた僕とカエデとガレスさん。
壊滅したと言うリフィスの村は、北にある王都のさらに北西、ノルエスト山脈の麓にある。
その手前、プレミエの村で僕達は夜を明かす事になった。
ヴァンパイアの城に突入するのが夜になるのは避けたいとの判断だった。
プレミエ村はリフィス村の隣と言っても、実際はやや距離がある。
プレミエ村は農村だが、リフィス村は森の中だ。
背の高い木々がたくさんある。
突然現れたという石造りの城もここからは見えなかった。
村の人達も結構普通に生活している。
のどかな農村で、厄介なモンスターが迫っているとは思えない。
しかし、村長さんに話を聞いてみると、やはり緊急事態のようだった。
村長さんは自警団と共に壊滅したリフィス村や、城の姿も確認したらしい。
一夜にして村人が姿を消したリフィス村の様子を身震いしながら語っていた。
「ヴァンパイアにも出会ったんです!」
民家の中から現れるヴァンパイアにも遭遇したらしい。
その時は日中だったので、外に出たヴァンパイアはすぐに灰になったという。
日の光を浴びて灰になるのもヴァンパイアの特徴だ。
その後でリフィス村を調べて回ったという。
「ですが、一体出会っただけで、他は荒らされた様子もなくて、村人の姿が見えないのです」
その話を聞いて、僕は違和感を持った。
ヴァンパイアに襲われ噛まれた者は、その人もヴァンパイアになると言う。
そして、理性を失って人間の生き血を求めてさまようと聞いた事がある。
「村がもっと荒らされているはずじゃないですか?
姿を消したなんて」
「『ロード』はヴァンパイアを制御できる」
ガレスさんは言った。
「城に連れ帰ったのかもな」
いずれにしても、村一つが犠牲になってしまった。
犠牲を増やさないためにも、ヴァンパイアロードは何としても倒さなければ。
ほどなく夜になった。
明日の吸血鬼の城への突入に備えて、しっかり休んでおこう。
しかしその夜、僕は不意に目が覚めてしまった。
満月のきれいな、明るい夜だったせいかも知れない。
トイレにでも行くかと、廊下に出た僕は通路の突き当りに人影を見つけた。
月明かりに照らされた姿はよく見ないと発見できなかった。
その人は何をするでもなく、ただ下を向いて立っていた。
僕は声を掛けて通り過ぎようとした。
本当はその段階で気付くべきだった。
相手だってこちらに気付いて、何らかの反応をするはずなのだ。
声を掛けようした瞬間、その人は勢いよくこっちを見た。
その目は真っ赤に染まっていた。
バーサーカー化したウガガウのような赤い瞳ではなく、目そのものが赤くなっていた。
「グワアアアアアッ!」
雄叫びを上げる口には鋭い牙が。
僕は飛びかかって来たのを何とか避けたが、尻もちをついてしまう。
襲って来た人は、うなり声の後、またこっちに飛びかかって来る。
鋭い爪が生えた手が見える。
魔法使いの僕は、俊敏さには全く自信がない。
これはやられる、そう思った。
その時だった。
僕をつかもうとしていた腕が斬り飛ばされた。
さらに僕の前にひらりと現れる人影。
たなびく長い袖と、ポニーテールが見える。
「大丈夫? リンクス」
カエデだった。
「た、助かったよ……」
危なかった。
本当にナイスタイミングだった。
「昨日、リンクスに呼ばれるまでふて寝してたから、眠れなかったの。
そうしたら悲鳴がして」
ウガガウと離れたショックによって、今目が冴えていたって事のようだ。
ある意味、ウガガウのおかげだ。
それはそれとして、両腕を失った敵だったが、立ち上がっていた。
「でもこのモンスターは一体?」
「ヴァンパイアだ。
この村の誰かがかまれたか、もしくは壊滅した村の住民だ」
「助ける事はできないの?」
「残念だけど……」
僕の知る限り、ヴァンパイア化した人間を元に戻す方法はない。
しかも、ロードからだけでなく、ヴァンパイアにかみつかれた者もヴァンパイアになる。
これがヴァンパイアの怖い所だ。
疫病のようにあっと言う間に被害が広がってしまう。
勇者一行だったガレスさんに依頼があったのも、決しておおげさな話ではない。
「グガアアアアアッ!」
突進してくるヴァンパイア。
カエデは意を決し、刀を下段に構えた。
そして、飛びかかって来る敵を、
「ごめんなさい!」
逆袈裟に切り裂いた。
吹っ飛んでいくヴァンパイアの身体は二つに分かれている。
かつては戦いに脅えていて、生身の敵とは戦えないと震えていたカエデ。
しかし、彼女は故郷で過去を克服した。
ここにいるのは鋭い切れ味の斬撃を操る、ポントー術の使い手。
サムライのカエデだ。
「もうモミジには会えないのかな」
カエデの別人格、モミジ。
カエデが戦えない状態だった時も、構わずポントーを振っていた。
カエデが成長したのなら、もう出て来ないのかも
それもちょっと寂しい気がしてしまう。
「モミジは今もわたしの中にいるよ」
「そっか」
「あっ、モミジからも伝言が」
「えっ?」
ヴァンパイアに関して何か発見があったんだろうか?
「『粋だねえ』だって」
「あ、そう」
モミジのお気に入りの決め台詞。
確かに健在のよう。
しかし、この戦いは、長い夜の始まりでしかなかったのだった。




