第55話 騒動の後
試合の最中、急に看板を叩き斬ろうとしたモミジ。
激昂したユウガオさんに阻止され、倒されてしまう。
スイセンさんがユウガオさんの手を取りその勝利を宣言すると、観客の村の人達から歓声が上がる。
試合の決着は付いた。
「アサガオよ、わしに勝ったカエデにお主は勝ったのじゃ。
馬車の停留所にするも自由じゃが、お前が継ぐのもまた自由じゃ。
もう口は出さん。
お前に任せる」
「アサガオさん、道場を継ぐんですか?
だったら弟子入りしたいなあ」
「最近は帝国と戦争になるかも知れないし、ポントー術習っといて損はないかも」
「かっこいい! アサガオさん、ファンになっちゃう」
村の人達がアサガオさんの元に集まって来る。
「あれ? もしかして道場も結構儲かる?」
意外な顔をしているアサガオさん。
実は端正な顔をしているし、今日の試合を見ていた人達には思わぬアピールになったようだ。
「やれやれ、これは道場を継ぐしかないかな」
ここでカエデが起き上がった。
泥を払うとそのまま門から去って行く。
一切無言だった。
村の人からブーイングが起こる。
勝負を反故にして、看板を破壊しようとしたのは、さすがに印象が悪い。
カエデも何も言い返さず、去って行く。
「わっ、待ってよ。カエデ!」
慌てて追いかけようとする僕。
「リンクス殿」
呼び止めたのはカエデのお父さんだった。
「あいつに、カエデに伝えて下され。
試合に負けたとしても、勝負に勝ったのはお前だと」
「そうですね!」
カエデに話してあげたい事ではあるけど、今はとにかく追いつかないと。
僕はそそくさと道場を後にした。
彼女が僕の声で動きを止めたのは、村を出てからだった。
「やっと追いついた」
カエデは何も言わない。
まずは気になっていた事を聞いて見た。
「カエデはお兄さんの二重人格を知っていたんだね」
「子供の頃の事だけど、山で野生の熊に出くわした事があるの。
お兄ちゃんは、わたしを守るためにポントーで必死で戦ってくれて。
その時、お兄ちゃんはユウガオになったの」
「その時だけ?」
うなずくカエデ。
カエデも最初の一回以降はは、僕の魔法によってしか入れ替わってなかった。
そうそう起こる事ではないのだろう。
おそらく両親も知らない事なのではないか。
「モミジのモデルがこの人なの?」
「きっと私の中の強さのイメージなんだ。
それから道場でお父さんとお兄ちゃんを傷付けて。
その時は気付かなかったけど、リンクスの魔法で人格が入れ替わったって聞いて。
全部が繋がった。
お兄ちゃんも人格が変わって強くなったんだって」
それでお兄さんの真の実力を引き出そうとしてこんな事をしたのか。
まして、お兄さんが道場を停留所に変えようとしているタイミングだった。
下を向いているカエデ。
「あなたを、変な事に巻き込んじゃった」
「そうだね」
「お父さんも、お兄ちゃんも酷いよね」
「そうだね」
「わたしっていつも、めんどくさいよね」
「そうだね」
うなだれて両手で顔を覆ってるカエデ。
「ごめんね。ホントにごめんね。
二人に気分転換させてあげるはずだったのに……」
震える声でそう言うカエデ。
僕はカエデの前に回った。
「でも、こうしたかったんだろう」
うなづくカエデ。
「分かってて、それでもこうしたかったんだろう。
お兄さんと、道場のために」
「うん」
僕の肩に寄りかかって来るカエデ。
僕はカエデの頭を撫でた。
「カエデはすごいよ。
すごく成長した」
僕は正直、あの道場を存続させる事に、意義を感じていなかった。
でもカエデは、父親にお兄さんを認めさせ、お兄さんに道場を継がせた。
カエデの想いが道場と家族を守ったのだ。
「一緒にこの村に来れて、よかった」
両手の袖で涙を拭くカエデ。
「リンクスのおかげだよ」
そして、顔を上げた。
間近で見つめ合う僕達。
それから……
「カエデ! リンクスー!」
着物姿のウガガウが駆け寄って来た。
「見つけたぞ、カエデー!」
カエデに後ろから飛び付く。
「この服、カエデが着てた奴を直してもらったんだぞ」
竹の模様の描かれた緑色の着物だった。
まだカエデには見せていなかったので、探していたんだろう。
「かわいいよ! ウガちゃん!」
その姿を見た瞬間、歓声を上げウガガウを抱きしめるカエデ。
「ウガちゃんに使ってもらえて嬉しい!
後でお母さんにお礼言わなきゃ!」
カエデはすっかり元気になったようだ。
「オレも久しぶりに母ちゃんに会いたいぞ」
ウガガウがそう呼ぶのは、原初の森の主、銀狼エカテリーナの事だ。
なかなか会いに行けなかったし、それも悪くないと思う。
「じゃあせっかくだし一緒に行こ? リンクス」
僕ももちろん、そのつもりだった。
これからもしばらく三人で冒険者を続けるのだろう。
そう思っていた。
その時は。




