第48話 皇帝との謁見
第11章 道場破りカエデ編
帝国の皇太子ヘルラリオスが急死した。
そのニュースは、僕達が帝都ツェンタームに到着した時には、もう知れ渡っていた。
東の支配国に赴任中に、現地のゲリラに殺された。
暗殺とも呼べない、突発的な暴動であっけなく殺された。
黒騎士団は速やかに暴動を鎮圧。
実行犯を処刑した。
黒騎士団は東の支配国の治安維持の強化を要請。
共和制への移行を望む勢力には逆風になった。
「皇太子は22歳。
文武に優れ、容姿端麗。人望も厚く、後継者としても有望でした」
王国の外務大臣、エーメさんも会った事があるようだ。
「ああ、何と言う事だ……。
皇帝陛下の失意も想像がつきません」
帝国貴族の老紳士、クレーヴェ公爵は落胆していた。
皇太子の人望の高さが伺える。
何より、公爵の言葉通り、属国解放の中心人物である、皇帝自身にとって大きな打撃となった。
「こうなると挨拶の内容も少し変えなければなりませんね」
エーメさんは眼鏡の位置を直しながらつぶやいた。
「こんな時に、謁見できるんでしょうか?」
僕は疑問だったが、
「できない時はできない時です。
馬車が立往生している今の内に、謁見の準備はしておきましょう」
エーメさんは全く動揺してない。
冷たい感じもするが、さすがだとも思う。
「いや、わしが何とか話を取り付けましょう」
クレーヴェ公爵だった。
「やっと見えて来た和平への道、ここであきらめる訳にはいかない」
公爵は落ち込んではいられないとばかりに顔を上げると、王城へ向かって行く。
「クレーヴェ公爵は和平派の中心人物です。
が、帝国貴族においては、必ずしも主流派ではない」
軍団は戦争がしたい。
そんな話も聞いている。
「この機会に謁見をつぶそうとする動きはあるでしょうね」
書類にペンを入れながら言うエーメさん。
しかし、しばらくして、僕達は王城に招かれた。
壮麗ではないが、いくつもの尖塔を備えた、大きな宮殿だった。
黒っぽい灰色の城壁が、曇天に相まって、重苦しい空気を醸し出す。
謁見は短時間で行われた。
白髪で長いひげを生やした、やせ型の老人。
セントレール国王、ラウール三世からは、陽気ながら、聡明な好人物と聞いていた。
しかし、目の前の皇帝イサキオスは、玉座に沈み込むように寄りかかった、憔悴しきった姿だった。
皇太子を亡くしたばかりなのだ。
やむを得ない。
エーメさんの親書を受け取り。
「ご苦労であった。
王国のさらなる発展を期待しておる」
素っ気なく、無表情につぶやく。
「下がってよい」
やはり無表情。
謁見は円滑に終了した。
と、言うより形式上、とりあえずのところは終了した。
僕の父親を追放し、「征服王」と呼ばれ、その後皇帝となった人物に会う事は、怖くもあった。
一方、ラウール三世が、その人柄を慕う人物に会う事は、楽しみでもあった。
しかし、実際の対面はあっさりと終わってしまう。
玉座の間を出た僕達はクレーヴェ公爵に迎えられた。
「このような謁見になってしまい、申し訳ない」
額と頬の汗をぬぐっているクレーヴェ公爵。
後に聞いた話では、交戦派とかなりやり合ったらしい。
こんな時に会見などするな、言う話も分からなくはない。
廊下ですれ違う帝国の大臣や貴族達の中にも、怪訝な表情を向ける人もいる。
和平に向けた謁見だったが、その効果のほどは疑問だった。
帰りの馬車でも、今後の王国と帝国の行く末は心配だった。
皇帝イサキオスは帝国主義の転換を考えていた。
しかし、属領内で皇太子暗殺が起こってしまった。
こうなっては和平路線に舵を切るのは難しいだろう。
何より皇帝自身がこの状況をどう考えるだろうか。
もしかして戦争継続を望む何者かが皇太子を謀殺したのではないか。
それにあの皇太子以外、皇帝には子供がいなかったはず。
相続をめぐって、もめ事が起こるかも知れない。
何かよからぬ事が起こっているのではないか。
いろんな可能性を考えて不安になる。
曲がりなりにも故郷でもある帝国の動乱は、どうしても気になってしまう……。
「リンクス!」
目の前にカエデの顔が。
「さっきから呼んでるのに」
「ご、ごめん。何?」
全然、気付かなかった。
「この依頼の後、わたしの故郷、サマラ村に行ってみませんか?」
カエデも田舎からやって来た子だった。
家がポントー術の道場とか言ってたっけ。
「途中で、道から村が見えて、懐かしくなってきちゃったんです。
リンクスとウガちゃんも一緒にどうです?」
「うーん、ウガガウはどうする?」
「どっちでもいいぞ」
こうして僕達はカエデの故郷に行く事になった。
それは、ちょっと変わったサムライ少女、カエデのルーツを知る旅になるのだった。




