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第37話 国王の依頼

 魔界から現れた魔王ティフォンは、勇者エレインによって倒された。

 エレインさんは勇者の装備を神殿に返して王都に帰還。

 その後、エレインさんとルナテラスさんの結婚式は盛大に執り行われた。


 魔王城攻略の直前に再会し、互いの愛を確かめた、エレインさんとルナテラスさん。

 そのまま決戦に臨み、見事勝利した二人の物語は、永遠に語り継がれる事だろう。


 一方、僕とカエデとウガガウは、港町マイリスに戻り冒険者に。


 ちなみに、ルナテラスさんと同居していたウガガウはカエデの元へ。

 意外にカエデはウガガウを気に入っていて、かわいがっているようだ。


 魔界の魔物の残党はいて、ギルドからの依頼はまだまだ多い。

 港町で僕らは細々と冒険者を続けていたのだった。


「ただいま、参上しました。

 リンクス=リーグルです。国王様」


「うむ、ご苦労。

 よく来た、リンクス」


 そのはずだったのだが、ここは国王ラウール三世の自室の前なのだ。

 白い薔薇の紋章の刻まれた豪華な扉を、護衛の騎士に開けてもらい、中に入る。


 王城の最上階。

 机もカーテンも、何もかも豪華な装飾の部屋。

 奥にも扉が。

 寝室は別にあるんだろう。


 黒のオールバックと短い顎鬚のダンディな男性はもちろん、若き国王、ラウール三世。


 机で羽ペンを走らせていた。

 執務中だったようだ。


「また会ったな。変わりなかったか?」


「はい」


 王様とは勇者エレインさんの壮行会で出会っていた。


「ギルドから僕を指名して頂いたと聞いてます」


「うむ。

 本来はルナテラスに任せていた仕事を、頼もうと思ってな」


「ええっ!」


 結婚して休暇中のルナテラスさんの代わりが必要なのは分かる。

 でも、ルナテラスさんはAランク冒険者だ。

 あの人の仕事を引き継ぐなんて。


「無論、レンジャーのスキルを要する仕事を、お前に頼む訳ではない」


 それはそうか。

 情報収集や諜報のような仕事は僕にはできない。

 それは王様も織り込み済みのようだ。


「東のノルデステン帝国への使節の護衛を頼みたい」


「ノルドステン帝国……!」


「帝国から、魔王撃破の祝辞が届いたのだ」


 魔王軍を打倒するために、属国になる事を迫っていた帝国。

 魔王が倒された後の動向は気になっていた。

 どうやら祝辞が来たらしい。


「重要なのはな、これは勇者に対してのみの祝辞ではないのだ。

 わしの名前も記載されているのだ」


 皇帝イサキオスの署名がされたこの祝辞は、事実上の休戦の申し出だった。


「わしとしては、このまま同盟を締結させたい」


 そうなってくれれば僕も嬉しい。

 魔王なき今、帝国との対立さえなくなれば、大陸に平和が訪れた事になる。


 ……しかし、帝国にいくのはやはり怖い。


「『征服王』は怖いか?」


 国王は僕の緊張を察知したようだった。

 イサキオスは50年前、小国の乱立していたノルドステン地方を武力で制圧し、帝国を築き上げた。


 さらに東の大陸まで侵攻し、一部の国を領土にし、『征服王』と呼ばれた。

 言わば帝国主義の権化のような人物だ。


「そう身構えるものではない」


 しかし、王様は言った。


「陛下自身は冷静で思慮深い人物だ。

 征服活動も小国の乱立した状態を平定する事が目的だ。

 野心に駆られての事ではない。


 東の大陸に対しても、今は独立を支持している」


「皇帝に会った事があるんですか?」


「無論だ」


 会見の一つくらいはするか、とその時は思った、が。


「どんな人なんです」


「酔っ払いの親父だよ」


「親父?!」


 結構フランクな関係ようだ。


「すぐ酔っ払うからな。


 弱いくせに、王国の地酒の事は、わしより詳しい。

 セントレールに来るとつい飲み過ぎていかん、といつもぼやいてる」


「そんな人なんですか」


 イメージと違う。

 油断も隙もない感じかと思ってた。


「そして、全ての農産物にも詳しい。

 毎年のわが国の生産量をきちんと把握している」


 と、思ったら抜け目のない人物でもあるらしい。


「陛下は王国と戦えば、国力で負ける事も分かっている」


 でも、つい最近。ノルドステン帝国はセントレール王国に降伏勧告したはずだ。


「軍はまだまだ戦争がしたいんだよ。

 東の大陸で負け続きだが、セントレールになら勝てると思ってる。


 それに、帝国領は去年不作だった。

 困った事に軍団の発言権は増している」


 皇帝と言っても何でも思うままではないようだ。


「陛下としてはそろそろ東の大陸の領土も、独立を促したかったようだが。

 時期が悪かった」


 帝国は山岳地帯や湿地帯が多く、王国より生産力が弱い。

 経済活動としての戦争への、国民の期待は大きいようだ。


「あの親父は口癖のように『戦争に勝ち続けるなんざ無理。いかにうまく幕を引くかが重要だ』と言っているんだがな」


「王様は仲がいいんですね」


「まあな。

 せがれと呼ばれてるよ」


 王様もやり手なんだろう。

 この関係性は誰でも築けるものではない。


「そんな訳だから、お前もそう身構える事はない」


 この話を聞いて僕は幾分、気持ちが楽になった。


「お前は土地勘もあるだろうからな」


 ここでちょっとした目配せと口調の変化があって、空気が変わった。


 そして、


「リーグルという苗字は帝国のものだ」


 一瞬、僕の動きが止まる。


「お前の一家は元は帝国に住んでいた。

 そうだな?」


「王国と帝国は地続きです。

 帝国の苗字なんて珍しくありません」


 実は、帝国の苗字とは、たまに言われる事がある。

 そんな場合の定型句を、この時も言った。

 ところが、


「わしを甘く見るんじゃない」


 断固たる口調だった。

 すでに調べてあるのだろう。


「お前の父親は、東の大陸への侵攻に反対して国を追われた、レイナード=リーグル博士だ」


 その通りだった。

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