第14話 カエデとモミジ
僕は港町マイリスのカフェの入り口にいた。
海の上に作られた木製のカフェで潮風が心地いい。
カウンターの反対側には演台があり、感じのいい音楽が演奏されている。
おしゃれで清潔感があって。それでいて高級過ぎる感じでもなくて。
言っては何だが冒険者ギルド併設の食堂兼酒場とは大違いだ。
僕の副業の酒場とも全然違う。
ルナテラスさんが待ち合わせに指定したカフェだった。
いいお店を知ってるなあ。
「ハーイ、リンクス君」
栗色の髪のスタイルのいい女性。
まるでドレスのようなワンピースを纏っている。
「もしかしてこのお店、ドレスコードとかありますか?」
思わず確認してしまう。
僕は普段のローブ姿だ。
「ないけど。なんで?」
「だって、ルナテラスさんが正装してくるから……」
一瞬自分のファッションを確認するルナテラスさん。
「これは普段着よ」
やっぱり王都から来た人は感覚も違うようだ。
なんだかルナテラスさんの周りだけキラキラ輝いているようにすら見える。
「こ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
その後やって来たカエデさんは冒険の時と同じ服装だった。
ちょっと安心。
ちなみに民族衣装と思しき羽織りものだ。
下は長いパンツルック。
これも民族衣装。
幅が合っていないようにも見えるが腰の辺りを帯で結んでいて動き辛くはないらしい。
三人でテーブルを囲む。
「わ、わたしが二重人格って本当ですか?」
早速カエデさんは尋ねてきた。
前回の戦闘に関しても全く記憶にないらしい。
「モミジなんて……、ふざけてるんですか?」
僕も冗談みたいな話と思うが、確かにそう名乗ったのだ。
「ルナテラスさんは何か気付いた事はありますか?」
「『ライブラリ』で見た限りはモミジという人格の記述はなかったわね。
ただ彼女のスキルパネルのポントーのレベルの高さは気になってたの」
カエデさんはFランク冒険者の能力診断で、適正なしと診断される可能性だってあった。
しかし、そうは判断されなかった。
カエデさんのポントーのスキルが注目されたのだ。
「とにかく補助魔法を使ってみたら?」
アミシアさんは僕の補助魔法がきっかけでカエデさんの様子が変わったと言っていた。
「そうですね。じゃあいきますよ」
「うう……」
「ディフェンストレングス!」
緊張の面持ちのカエデさんにが、腕力と防御力を向上させる魔力の光に包まれる。
すると、カエデさんの様子が変わった。
「おう、あっしに御用ですかい?」
腕組みをして、あごに手を当て、不敵にほほ笑んで、ふんぞり返っている。
「あなたはモミジさん、でいいんですよね」
「そうですぜ。戦いじゃあねえんですかい」
立ち上がってキョロキョロ辺りを見回して言うモミジさん。
カエデさんの声なのに印象が全然違う。
姉御肌というか男前と言うか。
間違いなく、ゴブリンとの戦闘でも現れたモミジさんの人格だ。
「ホントに補助魔法で人格が変わるのね」
ルナテラスさんも驚いている。
「でも彼女もパーティを組んでいた時期はある。
その時にも補助魔法をかけられた事くらいあるはずよ」
「旦那の補助魔法二連発は二倍気分がアガるんでさあ。
その盛り上がりであっしが表に出るって寸法でさあ」
「しりとり魔法」の特性の最速連撃。
その副次効果と言うべきか。
「僕の魔法で初めて人格が入れ替わったんですか?」
「初めてって訳じゃあ、ありやせんが、よっぽど高ぶったり、荒ぶったりしないと出て来れやせん。
この前が二回目で今回が三回目ですかねえ」
とにかくしりとり魔法で補助魔法をかけるとカエデさんとモミジさんは入れ替わるようだ。
「でも、どうして彼女は二重人格に?」
「幼い頃からストレスの多かったカエデにはもう一人に自分が必要だったって事ですかねえ。
込み入った話はカエデから聞いて下せえ」
「確かにプライバシーに関わる事ね」
ルナテラスさんも同意したので、それ以上は尋ねない。
しかし、幼い頃からのストレスと言っている。
推測するなら彼女の実家がポントー術の道場である事と関係があるのではないだろうか。
「とにかく荒れ事はあっしが引き受けやす。
必要な時は呼んで下せえ」
モミジさんとカエデさんの人格が対立してるのではないようだ。
「ルナテラスさんはどう思います?」
「彼女には事情を話しましょう。
カエデちゃんの人格を入れ替えるなら、状況を認識してもらって、承諾を得る必要があるわ」
「じゃあカエデに変わりやすぜ」
モミジさんが目を閉じる。
そして、目を開けるときょとんとして、僕らを見て驚いている。
カエデさんに戻ったようだ。
「今、入れ替わっていたんですか?」
「そうだね。さっきまでモミジさんだったよ」
ルナテラスさんはモミジさんから言われた事をありのままカエデさんに話した。
「そうですか……」
特に取り乱す風もなかった。
思い当たる事のある話だったのかもそれない。
「わたしの見立てでは、モミジと言う人格は、あなたに危害を加えるようなものではないと思うな」
僕もそう思う。
カエデさんを守ろうとしているように見えた。
アミシアさんが毒に倒れた時も親身になってくれた。
僕もモミジさんはいい人だと思う。
「そこで提案なんだけどあなた達二人、パーティーを組まない?」
「ええっ!」
「パ、パーティーですか?」
いきなりの予想外の提案だった。
「リンクス君の魔法でカエデちゃんがパワーアップするんだから、それが一番いいでしょう?」
確かにモミジさんの剣技は頼りになりそうだけど。
「どうする?」
カエデさんに尋ねる僕。
僕としてはパーティメンバーは喉から手が出るほど欲しい。
ましてや相手はポントー術の達人だ。
「僕の魔法で人格が入れ替わるみたいだけど」
「わ、わたし……」
下を向いて考え込むカエデさん。
人格が変わるなんて話なら仕方のない事だ。
僕も無理強いするつもりはない。
「わたし、リンクスさんとパーティを組みます……!
誰かの役に立てるなら……、わたし、頑張ります!」
「大丈夫?」
ちょっと涙ぐんでいるので心配になってしまう。
「大丈夫です!
こんな時は等差数列を数えれば落ち着くんです……。
……でも等差数列って何だっけ?」
とにかくカエデさんはパーティを組む事に前向きになってくれたようだ。
「さて!」
両手を合わせるルナテラスさん。
「じゃあ、わたしからあなた達二人に、早速仕事の依頼よ」
いきなりの話だったが、おそらくここからが本題だろう。
「もうイネスさんには話を通してあるわ。
今は人手が足りなくて大変なの」
冒険者ギルドにも話の付いている案件か。
「あなた達二人にはわたしと一緒に原初の森へ行ってもらいます」
「原初の森へ?」
大陸北部、原初の森。
野生の動物や魔物の生息する、人間の手の及ばない大森林地帯である。
それだけでも相当に危険だ。
しかもそれだけではないのだ。
「わざわざ魔王軍四天王の支配する森へ行くんですか?」
「ええ、その四天王の一人、銀狼エカテリーナに会いに行くの」
ルナテラスさんのその発言に僕は正気を疑ってしまった。
銀狼エカテリーナ。
彼女は原初の森の主にして魔王軍四天王の一人なのだ。




