第119話 8年後
セントレール王国とノルデステン帝国の国境地帯。
二つの軍勢が集結していた。
白銀の甲冑と黒い甲冑の騎士団。
聖騎士団と黒騎士団。
王国と帝国の精鋭達だ。
帝国黒騎士団の先頭に立つのは、一人の若い女騎士だった。
羽飾りの付いた優美な兜。
同じく繊細な意匠の施された全身鎧。
この装飾には森に住む魔女の祝福を願うと共に、光の神々への信仰を顕す意味がある。
魔女教と光明教、この大陸で信仰される二大宗教に配慮された意匠だった。
そして、腕には斧と槍の性質を併せ持つハルバードを持っている。
女騎士は端正な顔立ちながら、一方で勇敢さと自信に満ち溢れた、堂々たる姿だった。
「皇帝陛下、王国の代表が到着されました」
聖騎士団の列が割れて現れたのは、長い黒髪の女性だった。
羽織りものと、腰の辺りを帯で結んだ、長いパンツルックの民族衣装。
腰と背中の鞘には長い剣が入っている。
女騎士よりも年齢は上の、落ち着いた雰囲気の女性だ。
「国王になったのか? カエデ」
皇帝と呼ばれた女騎士は言った。
「王国の戦士の代表ってだけ。
皇帝が軍の先頭にいる方がおかしいんだって」
カエデと呼ばれた女性は口を尖らせる。
「わたしが一番強いのだから仕方がない」
女騎士は自慢げに微笑む。
「相変わらずね」
カエデは困ったような笑みを浮かべ、そして言った。
「でも、元気そうでよかった、ウガちゃん」
「フッ……」
女騎士は思わず噴き出した。
「どうしたの?」
「いや、久しぶりにその名で呼ばれたものでな」
「テレジア陛下とお呼びしないとまずかった?」
「いや、そのままでいい。
陰で言われている『暴乱の女帝』よりずっとマシだ」
女騎士の名はテレジア=ユミール=エカテリーナ=ノルドステン。
ノルドステン帝国の二代目の皇帝だ。
「暴乱の女帝もかっこいいじゃない」
「貴族連中の当てこすりさ」
テレジア、つまりウガガウは、かつては冒険者だった。先の堕天の魔王戦役でも活躍した。
ウガガウは、戦いの後、冒険者を続ける傍ら、マナーのレッスンを再開。
さらには勉学に励み、学問も修めた。
そして、20歳の時に、父親である皇帝イサキオスがいよいよ病床につくと、行動を開始。
跡目争いの会議の席に乱入。
皇帝候補の貴族の良家の息子達を部屋の外に放り投げ、
「弱肉強食が帝国の倣い、最も強き者こそが皇帝。
故に我こそが皇帝である!」
と、宣言。
貴族達からは猛反発が起こったが、実力者であるクレーヴェ公爵は支持。
さらには、現皇帝イサキオスも即位を許した事により、正式に皇位継承が認められた。
こうして暴乱の女帝、テレジアは誕生した。
現在、セントレール王国との関係も良好。
原初の森の主、銀狼エカテリーナの信頼も厚い。
裏表のない明るい性格からか、国民の人気も絶大だ。
そして、そのテレジアを、即位まで傍らでずっと支えていたのはカエデだった。
クレーヴェ公爵への根回しを、事前に済ませていたのも彼女だ。
そのカエデも今では王国一番の剣士と名高い冒険者だ。
勇者エレインにも引けを取らないとすら言われている。
勇敢で、思慮深く、心優しい。
カエデはテレジアにとって姉のようでも、母親のようでもある存在だった。
「それはそうと、カエデは出現した魔王について、どれだけ知っている?」
途端に二人の表情が厳しくなる。
王国帝国の両軍が揃ったのは、新たな魔王の出現に対抗するためだった。
「魔界の太陽とも言われる、赤い月の魔力を引き出す魔術を操るのが、魔王アインだって事は知ってるわ」
「母上、エカテリーナ様によると、イスカリオンを失ったアインは怒り狂い、復讐に燃えているという。
赤い月の力を10年浴びて力を蓄える事を誓ったらしい」
アインはかつて堕天の魔王、イスカリオンの四天王の筆頭だった。
イスカリオンの死後、魔王を名乗り、人間界への復讐の戦いの準備を進めていたのだ。
「でもまだ8年しか経ってない」
「赤い月はただ魔力を与えるだけでなく、浴びたものを狂気に導く。
アインはもう自分の思考力など持っていない。
奴は自分なら制御できると思っていたようだがな。
今や、一種の暴走状態だ」
「そんな状態で魔王をやっているの?」
「いや、部下であろうと手当たりしだい赤い稲妻の餌食にしてしまうので、とっくに奴の国は崩壊している。
そんな状態でも復讐の気持ちは忘れておらず、まっすぐに人間界を目指しているらしい」
「目も当てられないわね」
カエデも頭を抱えた。
「魔界の扉に動きがありました!」
その時、帝国兵の早馬が負たちの前に駆け込んで来た。
「ついに奴が現れたか」
王国と帝国の、国境に近い森林地帯に、魔界の扉は現れていた。
二人は軍勢と共にその場所に急行した。
近づくと、すぐに木々から頭を出した赤い巨体が目に付いた。
地響きと共に迫るその姿は、溶けかかった巨大な悪魔とでも言うべき、異形の姿だった。
「ゾンビになってる?」
カエデにはそのように見えた。
「赤い月の魔力を抑えきれず、肉体が崩壊しかかっているらしいな」
皇帝テレジアは銀狼エカテリーナを通じて、魔界の情報を得ていた。
「それでも生きてはいるようだ。
人間界への扉も自分で作ったらしいぞ」
「意思を持っていないのに?」
「執念か何か知らんが、痛み入るな」
木々をなぎ倒しながら迫り来る赤い巨体に、テレジアはため息を盛らした。。
「倒せるかな?」
「どうだかな。
まずは仕掛けてみるしかない」
ハルバードを構えようとしたテレジア。
「あなたは皇帝なんだから後ろに下がるのよ」
しかし、カエデが前に出て、テレジアを制止した。
「まずはわたしが仕掛けるから」
背中に下げた大型ポントー、剛剣サダミツに手をかけ、前傾姿勢になるカエデ。
アインの巨体に、跳躍して切り込もうとする。
その時だった。
魔王アインとテレジアたちの間に黒い空間が現れた。
大人一人が入れそうな大きさの、楕円形の空間だった。
そこに一人の人影が現れた。
「二人とも下がるんだ」
そこには、黒衣と白いマントを着た男が若い男が立っていた。
「僕に任せて」
テレジアとカエデはその声に聞き覚えがあった。
青年はマントの中から聖杯と古びた本を取り出した。
「偉大なる魔女達よ!」
男が経典を真上に放り投げると、それは光を放ち木の杖に姿を変えた。
男は杖をキャッチした。
「英霊騎士団よ!」
次に聖杯を放り投げた。聖杯は一振りの長剣に姿を変えた。
男は長剣もキャッチした。
「この大陸を守る力を!」
しばらくすると無数の霊魂が男の傍らに集結した。
魔女の霊は杖のそばに。
騎士の霊は剣のそばに。
「大魔法は魔界では使えなかった。
でも、もう大丈夫」
それが僕だった。




