第118話 仲間にお別れを言う時間はないんですか?
堕天の魔王を倒し、地上に戻った僕は暗殺されそうになった。
助けてくれたのはメデューサの魔王、ウェスタさんだ。
彼女はSSSランクになった者が、命を狙われる事を知っていた。
それは過去に闇に葬られたSSSランク冒険者を知っていたからだった。
「わたしは弱肉強食の魔界より、人間の社会の方が恐ろしいすらと思ってる」
「誰がこんな事をするんです!?」
ランキングの文言に従って、なんて訳はないだろう。
「あなたを狙ったのは光明教が放った刺客のようね」
光明教?
光明教が僕に暗殺者を?
「魔女教の儀式魔法を、光明教の英霊騎士団と同列に使った事が許せないんじゃないの」
そんな理由で?
「僕は光明教を貶める気なんてない」
ウェスタさんは首を振った。
「彼らのシェアを奪う可能性はある。
光明教が、ノルデステン地方、今の帝国領から魔女教を追放するのは困難な道のりだった。
魔女教が再び注目されるきっかけになんかされたらたまらない。
そう考えているでしょう。
暗殺が失敗したら、もっともらしい理由で火あぶりにでもするかも知れない」
「火あぶり? そんな馬鹿な!」
「それとあなたは、帝国の権力の欲しい連中と、戦争をしたい連中にも恨まれてる」
帝国の権力争い、それが確かに存在する事は知っている。
「皇女の保護者面をしていて、皇帝の覚えも良いあなたが、大魔法なんてものまで会得したら……」
「だから僕には命を狙われるだけの理由があるって言うんですか?」
「残念だけど、そうね」
「そんな……、そんな事って……」
みんなで力を合わせて、大陸の危機を乗り越えたと思っていたのに。
僕が一人がそう思っていただけなのか?
「僕はこれからどうしたら……」
「わたしと一緒に魔界に来なさい」
唐突な申し出で、冗談かと思ったが、ウェスタさんはいたって真顔だった。
「この先に、さっきわたしが作った魔界の入り口がある」
用意のいい話だが、だからってそれを聞いても、すぐさま決断なんてできない。
「仲間にお別れを言う時間はないんですか?」
一緒に戦うと言って、涙を流したカエデの顔が、頭から離れない。
せめて事情を説明する時間くらい。
「その人達を危険に晒すだけ。
必要のない時間ね」
ウェスタさんはきっぱりと首を振った。
「せっかく生きて帰って来たのに…………」
「実はね、リンクス君。
アークエンジェル、ラーブンと、アークデーモン、アインとの戦いは続いているの」
人間界の戦いに呼応する形で、ウェスタさんも魔界のイスカリオンの四天王と戦っていた。
その戦いはまだ終わっていないようだ。
「わたしは急いで戻らなければならないの」
彼女の事情も分かるし、命を救われた事には感謝もしている。
けど、今すぐ魔界に来いなんて、そんな話…………
「ウェスタ、君も人の心が分からない奴だな」
ハスキーな男声の低音が聞こえてきた。
ウェスタさんの髪の間から現れたのは、メデューサである彼女のただ一本の蛇の髪の毛、ベルドだった。
「急に親しい人達から離れろ、と言って従う訳がない」
彼は冷静で礼儀正しい、ウェスタさんのアドバイザーだ。
「石化させて連れ去るべきだ」
しかしながら、そのアドバイザーがここで提示したのは強行策だった。
「まあ、それでも……」
ウェスタさんの瞳が蛇のそれに変化していく。
「いいんだけどさ」
恐怖で全身に寒気が走る。
「なるべく合意を得ておきたいじゃない」
僕にはそもそも選択権などなかった。
蛇ににらまれた蛙の心境とはこういうものか。
しかし、それでも僕は決心が付かない。
カエデに謝らなきゃなのに。
その後は、ウガガウを帝都に連れて行かないと。
知り合ったマナー講師の、アルドーナ先生という人に会いたいらしい。
ルナテラスさんやエレインさん達、勇者一行にも、今までの冒険の話をしたい。
ヒューゴ君にも飲みに行こうって誘われた。
イネスさんは今度、港町マイリスのギルド長になるらしいし、そのお祝いもしないと。
ジョゼフとドニーズの赤ちゃんの顔を見に行こうって話は、僕がベルナールに持ちかけたんだ。
それなのに。
今すぐ、この世界を去れなんて、そんな話……。
「リンクス、待たせたな!」
そこに、ベルナールが馬に乗って、戻って来た。
「! ……あんたは誰だ?」
ベルナールとウェスタさんは面識がない。
そして、ベルナールにとって、頭から蛇の生えた、蛇の瞳になったウェスタさんは、普通の人間には見えないだろう。
その上、僕は倒れていた。
「わたしはリンクス君が、命を狙われていたのを助けたの」
ウェスタさんは冷たい表情で答えた。
声に苛立ったトーンを感じる。
「こちらがその暗殺者」
ウェスタさんは砂の塊を指して言った。
信じるかどうかなど、どうでもいいと言わんばかりだ。
「あなたこそ、どちら様かしら?」
ため息をついて言うウェスタさん。
この苛立ちはらしくない。
本当に急いでいるのだろう。
それにウェスタさんだって、ベルナールの事は知らない。
この状況はまずい。
戦いになったら、ベルナールが危険だ。
ウェスタさんは見る者を一瞬で石に変えるメデューサだ。
それにさっき、無力化した暗殺者の命を、わざわざ砂に変えて奪った。
それは怒りの一撃と言うより、邪魔な障害物を取り除いたような感じだった。
ウェスタさんは温厚で気さくだし、平和を望んでいるのも本当だろう。
しかし、それでも、やはり彼女は魔王なのだ。
僕はベルナールに目配せをした。
彼女と争ってはいけない。
いっそ、赤の他人と言って欲しかった。
ここへやって来たのは、ただの偶然と言って欲しかった。
「そいつはおれの弟分だ」
馬を降り、剣の柄を握りながら、こちらに近づいて来るベルナール。
「離れてもらおうか」
ベルナールの言葉はとても嬉しい。
しかし、今はまずい。
相手が悪過ぎる。危険過ぎる。
「か、彼は僕の仲間です!」
何とか声を絞り出す。
「同じ故郷の、幼馴染みなんです!」
しかし、ウェスタさんの表情に変化はなかった。
蛇のような瞳にも。
「あなたは光明教の思惑にも気付いてなかったでしょう。
親しいはずの誰かが暗殺者とグルかも」
ウェスタさんも警戒を解いていない。
これでは二人の争いを止められそうもない。
僕は、砂になって崩れ落ちるベルナールを想像して戦慄した。
しかし同時に、この事は頭を切り替えるきっかけになった。
迷いを振り切り、決断するきっかけに。
「行きます」
ごめん、みんな。
「僕は魔界に行きます」
そう答える事しかできなかった。
「ベルナール、彼女は魔族だが、知り合いだ。
僕は彼女と魔界に行く」
「何言ってんだ?
カエデやみんなが待ってるんだぞ」
「みんなには上手く伝えておいて」
上手くどう伝えろって言うんだ。
そう思っても、頭が回らない。
「姿を消した、そう伝えてもらいましょうか」
ウェスタさんは淡々と告げた。
「死んだと伝えるよりいいでしょ」
「その女に脅されてるんじゃないのか」
「そうじゃないんだ、ベルナール。
いいんだ。いなくなったとだけ、伝えて欲しい」
僕はイレギュラーで、命を狙われている。
しかし、それを教えても、ベルナールやみんなまで危険に晒すだけだ。
他にどうしようもない事を、理解した。
ウェスタさんに従うしかない事を。
「これで、いいんだ」
そう言うしかなかった。
こうして僕はウェスタさんと共に魔界に向かう事になった。
そして、時は流れた……。




