第117話 イレギュラー
魔王の城のあった山地のふもとに着陸したギャオス。
まだ王都は遠い。
しかし、ギャオスはあんなに高い場所まで二度も飛んだのだ。
さすがに疲労して、フラフラしている。
「馬を連れて来る。
お前は少し休んでろ」
ベルナールの言葉に僕はうなずく。
「本当にありがとう」
目的を達成した上に、生きて帰る事ができるなんて。
またみんなに会えるなんて。
「ベルナールのおかげだ」
彼の機転には感謝しかない。
「それは気にしなくていいが……」
何か含みのある言い方だと思った。
「カエデがめちゃくちゃ怒ってるからな」
ええっ?!
「ギャオスを借りなければならなかったからな。
事情を説明する必要があった」
つまりは、僕が本当は飛行の魔法など習得していない事を。
確かにそりゃあそうか。
普段は大人しいカエデだが、怒った時は恐ろしい。
「言い訳でも考えて待ってるんだな」
「うう……」
これは大変だ。
一気にどっと疲れてきた。
とは言え、生きて帰る事はできた。
僕はギャオスに寄りかかって、一緒に休む事にした。
休みながらカエデへの謝罪の言葉を考える。
その時、一瞬首筋がチクッとした。
触ってみると、棘のようなものが刺さっている。
空中でマントの間にでも入ったのか?
何の棘だろう。
しかし、その棘を抜いて、確認する事はできなかった。
腕が上がらなくなったのだ。
いや、腕だけじゃない。
身体中に力が入らない。
意識ももうろうとしてきた。
ギャオスに寄りかかる事すらできない。
ズルズルと横倒しになっていく僕の身体。
それから目の前に黒い影が現れた。
「ベルナール?」
そうではなかった。
フードを深く被った黒装束の男。
手には短剣を持っている。
「だ……、誰、だ……?」
よく研がれた刃だった。
それを、僕の首筋に静かに当てる。
手慣れた無駄のない所作で、僕の首が切り裂かれようとしていた。
しかし、抵抗はおろか、身動き一つできない。
その時だった。
黒装束の動きが止まる。
それはただ止まったのではなかった。
フードが風になびく事すらない、完全な停止だった。
黒装束の男は、短剣を僕に押し当てようとした状態で、石になっていた。
「危ない所だったわ」
聞き覚えのある声。
長いブロンドの髪と、白いゆったりとした長衣。
そして蛇の様な縦長の瞳。
それはメデューサの魔王、ウェスタさんだった。
彼女が黒装束を石化させたのだ。
「まさに首の皮一枚ね」
石像はウェスタさんが小突くと、砂になって崩れ落ちた。
そして、
「アンティポイズン」
ウェスタさんは僕に手をかざし、唱える。
すると意識がはっきりしてきた。
「その毒だけも死に至っていたところよ。
念には念を入れて、刃物でとどめを刺すつもりだったようね」
麻痺していただけではなかったようだ。
あのまま意識が落ちていたら、それまでだったのかも知れない。
「こ、これは一体……?」
どうして僕が命を狙われるんだ?
「理由は……」
ウェスタさんが顔を近づけてきた。
「ライブラリ」
僕は蛇の瞳が人間のそれに変わるのを間近で見ながら、その声を聞いた。
「ステータスウィンドウを見てごらんなさい。
あなたの冒険者ランクを見れば分かるわ」
さっぱり何を言っているのか分からなかったが、とにかく確認した。
瞬きをして、ステータスウィンドウを出現させる。
そこに記されていたのは……、
「SSSランク
勇者や英雄と呼ばれる者達ですら到達できない力を持つ、イレギュラーの存在。
災害や戦禍に匹敵する力を行使する。
誰もがその力を求める。あるいは危険視され、命を狙われる事だろう」
「命を狙われるだろう」だって!?
何なんだ。この文章は?
「大魔法を単独で使えるだけでも、Sランク相当の能力なの。
一度に二つも使えるんだから、これは妥当な評価でしょ」
戦力に対する評価はそうなのかも知れない。でも、
「それにしたって、この文章は何なんです?
僕はみんなを守るために戦ったんだ!
なのに命を狙われる? なんで!?」
「危険視されるって、書いてあるでしょ」
だけど……、それにしたって……。
「わたしは人間界をもう1000年以上観察してる」
メデューサが何歳まで生きるのかは知らないが、そんなに生きているのか。
「SSSランクが前人未踏なんて嘘。
本当は闇に葬られているだけ」
うつむいて、切な気な表情になるウェスタさん。
いつもの人を食ったような態度とは大違いだった。
「その人物は人間の英雄だった。
彼のユニークスキル、『あやとり魔法』は魔法をイメージした形を糸で表現するだけで、威力を10倍にして、消費MPを十分の一にできた」
そんな人がいたのか。
「その時代に現れた魔王は、周囲に人間を即死させる毒を発する魔王だった」
災害クラスの力を持つのが魔王だという。
やはりその魔王も、恐ろしい存在だったのだろう。
「その英雄は魔族の身体になる事で魔王の毒を克服した。
わたしが彼に乞われてそうした。
わたしは彼の自己犠牲の精神を尊いと思ったから、力を貸した。
そして、彼は魔王を倒し、SSSランクに到達した。
わたしは彼のステータスウィンドウを見てる。
あなたのと同じ文章が記されていたわ」
ユニークスキルと魔族の身体、その二つでSSSランクになったのか。
「彼は乞われて王になった。
しかし、魔族を王に戴く事をよしとしない者達に暗殺された」
下を向くウェスタさん。
しかし、倒れていた僕にはその表情がよく見えた。
「『危険視され、命を狙われる』、この文言を軽んじるべきではなかった」
ウェスタさんは下唇を噛んでいた。
今でも後悔しているようだった。
「人間を信じたりすべきではなかった」
そう、人間を信じた事を後悔しているのだ。
「そもそも魔族の身体を手に入れたいと言う、彼の願いを聞き入れなければこんな事にはならなかった。
彼を失う事にはならなかった」
恐らくその人は、ウェスタさんにとって、大事な人だったんだろう。
「それからわたしは、人間に関わらない事を決めた」
人間界への不干渉を決めた魔王。
穏健派の魔王。静寂の魔王。
これがウェスタさんの、隠された過去だった。




