第116話 決着
英霊騎士団と偉大なる魔女達の総攻撃を受けた黒い竜の頭部が、光に包まれ消えていく。
国際連邦センターの天井も破壊される。
そして、急に重力によって抑えつけられる感覚が。
落下が始まったのだ。
天井の破片が当たるのを避けるため、僕は下の階に移動しようとした。
その時だった。
「逃がさぬ……!」
何者かに足をつかまれた。
僕の膝にがっちり取り付いていたのは、イスカリオンだった。
傷だらけの血まみれで、翼も何本か折れているが、まだ生きている。
「危ないところだった……!
国際連邦センターとの融合を解いて、逃れたのだ……!」
あの光は消滅によるものではなく融合の解除によるものだった。
そして、ヴァルプルギスローンラウンドナイツの効果は終了した。
イスカリオンはかろうじて大魔法から生き延びたのだ。
「愛の力は大魔法にも勝る……!
我が愛の戦いは終わらぬ!」
イスカリオンは満身創痍だったが、僕の足を掴む力はしっかりしていた。
「わたしは傷を癒し、もう一度、主への愛の力を示す。
愛は永遠に不滅なのだ」
そして、その執念はいささかも衰えていない。
僕を引きずり倒して、マウントを取るイスカリオン。
「だがその前に、大魔法の使い手である貴様は! 貴様だけは……、倒さなければ……!
愛の障害は……、排除しなければ……!」
イスカリオンの振り上げた手に、
鋭い爪が現れる。
二の腕ほどもある大きな爪だ。
さらに、背中の羽も鋭いかぎ爪のついたものに変わっていく。
「我が愛の力を……、思い知れ……!」
言葉とうらはらの、まがまがしい姿だった。
天使長だったらしいが、悪魔と言った方がしっくり来る。
もしかしたら、彼の山羊の角も、こんなタイミングで生えたのではないか、僕はふと思った。
彼の自分の想いへの執着心こそが、彼を魔王に変えたのではないか。
腕を大きく振りかぶるイスカリオン。
「……………………!?」
しかしその時、彼は気が付いた。
僕の頭上に、二体の人影がある事を。
「なっ……! 何だと?! これは……っ!」
一人は目を血走らせた、白く長いひげを生やした、甲冑の騎士。
もう一人は、とんがり帽子の、しわくちゃな顔でにやりと笑う、老魔女。
聖剣の王、アルツールと、大魔女、ユミールだ。
アルツールは両刃の剣を、ユミールは木の杖を、それぞれ両手で垂直に構えている。
「なぜお前達がまだここにいる?
大魔法は終わったはずだ!」
「彼らは大陸を守る事に余念がない。
僕の大魔法を待っているんだ」
「待っている、だと? ばかな?!
大魔法は終了した。連発などできる訳がない!
あれは膨大な魔素を消費したはずだっ!」
確かにその通りだ。
それぞれMPを5000ずつ消費する。
しかし、僕にはそんな事は関係ない。
「しりとり魔法でも、霊魂を呼び出す魔法の連発はできない」
同じ霊魂を二体出現させる訳にはいかないのだ。
「だが、攻撃が終了した後に、もう一度発動する事は可能だ」
聖王アルツールと大魔女ユミールが、片手の親指を立てた。
準備オッケーのサインだ。
「貴様、一体どれほどの魔素を持っていると言うのだ?!」
恥ずかしながら、MPは生まれてこの方、0だ。
「そう言えば、お前にはまだしりとり魔法の基本を話してなかったな」
僕はあっけに取られているイスカリオンを蹴り飛ばした。
そして立ち上がり、
「しりとり魔法の基本、それは……」
まずはルーンロッドを前に突き出した。
「最速連撃と……!」
すると偉大なる大魔女達の霊魂が集まって来た。
次にエクスカリバーを突き出す。
「継戦能力だあっ!」
さらに円陣の騎士達の霊魂も集結する。
一発目の大魔法は、霊魂の召喚に時間を要した。
しかし、彼らはすでにここにいる。
大陸の守り神である彼らは、意気揚々とその瞬間を待っていた。
大魔法発動の瞬間を。
ならば、彼らの期待に答えるのみだ。
「ヴァルプルギスローンラウンドナイツ!」
光輝き、力に満ちる英霊騎士団と偉大なる魔女達。
もう一度、大陸の敵であるイスカリオンに向かって行く。
「ぐおおおおおおっ!」
鋭い爪や、赤い稲妻、光の剣などで応戦するイスカリオン。
しかし、英霊騎士団は一人一人が英雄的な逸話を持つ精鋭達。
偉大なる魔女達は、それぞれの時代で指導者を勤めた、高名な魔法使い達だ。
反撃するイスカリオンだが、全てを防ぎ切る事はできない。
次第に英霊達の攻撃が命中して行く。
「あと少しで主の身許に至れたと言うのに……!
あと少しで……!」
「その主がなんでお前を堕天させたか、考えた事はあるのか?」
「愛の試練ゆえだ!
わたしは再びあいまみえる力を、示さなければならないのだ!」
「そうじゃない。
違う世界をお前に見せ、自分の想いだけに執着するのをやめさせるためだ」
きっと天界の神は彼の能力を惜しんだのではないか。
彼に成長の機会を与えたのではないか。
「それができれば、お前は魔界を正しく導く者にだってなったかも知れない」
「人間ごときが! わたしを断罪するつもりかあああっ!」
「僕にお前を断罪する権利なんてない。
それでも世界を守るために、お前を倒す」
ルーンロッドとエクスカリバーを高く掲げる。
英霊騎士団と偉大なる魔女達の攻勢は続く。
イスカリオンが光に呑まれていく。
「わ、我が愛の力はっ……! 終らぬっ!」
「終わりなんだ」
大魔法の二発目によって最上階と屋上部分はほぼ消失していたが、さらに足元の地面にも亀裂が走る。
「お前も、僕も……!」
足元の感覚がなくなり、僕は空中に投げ出されていた。
瓦礫と共に落下して行く。
僕は落下しながら英霊達の魂が地上に戻るのを見た。
また、逆に一つの巨大な魂が天に昇って行くのを。
それがイスカリオンの最期だった。
そこからの崩壊は早かった。
国際連邦センターは空中分解を起していた。
元々が老朽化していた施設を、無理やり地中から浮上させ、そこで二度の大しりとり魔法を放ったのだからやむを得ない。
初めの内は浮遊感ばかりで実感がなかった。
しかし、地面が近づいて来る事を認識してしまうと、激突の瞬間を意識してしまう。
ここまでは恐れる気持ちはなかった。
とにかく目的を果たす事に必死だった。
しかし、今になって恐くなってきた。
血の気の引いていく思いだ。
これは絶対痛いだろうな。
気を失ってしまえば楽に死ねるだろうか。
疲労しているし、意識を手放すのは容易な気がする。
そうしよう。
せめて、楽に死にたい。
そう思った時だった。
「リンクス!」
聞き覚えのある声の直後、腕をガッチリとつかまれる。
「しっかりしろ!
生きているなら返事をしろ!」
まず目に入ったのは緑色のワイバーンの顔だった。
そして、そこから伸びる腕が見えた。
それは金髪の黒騎士のものだった。
現れたのは、ギャオスに乗ったベルナールだった。
「ベルナール!?」
ベルナールの腕をつかみ返し、手放そうとした意識をしっかり持つように心掛ける。
「どうして君が?
しかもこんなに早く」
よほど早く動き出していなければ、こんな高度で待ち構えられないはず。
「お前なあ」
ベルナールは呆れた感じで言った。
「飛行の魔法を習得している、なんて言ってやがったが、おれはそんなの信じてねえんだ」
うーん、怪しまれないように、自信たっぷりに言ったんだけど。
「あれはお前が、やせ我慢して強がってる時の顔だったからな。
お前の考える事なんざ、お見通しなんだよ」
読まれていたとは、予想外だった。
「おれを騙せると思うなよ」
まくし立てるベルナールだが、僕は本当に驚いていた。
「うーん。
もしかしたら、ベルナールが僕の事を、一番よく分かってるのかも知れないね」
「うるせえ」
しかめっ面で赤面するベルナールによって、僕はギャオスの背中の上に引き上げられた。




