第107話 親子水入らずの話
「親子水入らずの話をしようじゃないか」
父にしては珍しい物言いだ。
日頃は気難しいタイプで、口数も少ない。
ゆっくり話す機会もなかったので、積もる話でもしようとか、そういう事だろうか。
しかしそれなら正直、みんなで話している時に済ませて欲しかった。
壮行会も終わり、もう寝ようというタイミングまで引っ張って欲しくなかった。
とは言え、改まって「親子水入らずの話」なんて言われると無下にはできない。
僕は父と共に中庭を歩いた。
僕らの他に人はいない。
静かになって見てみると、よく手入れと掃除の行き届いた、美しい庭園だ。
しかし、夜なのであまり美しさを堪能する事はできない。
並んで石畳を歩く僕達。
「おれはな……」
自分語りでも始まるのかと思った。
しかし、そうではなかった。
「ナノマシン兵器の設計図のありかを知っている」
「えっ?!」
僕は耳を疑った。
「大きな声を出すな」
周囲を見回し、眉をひそめる父。
予想外の話に、なごんでいた気持ちが冷めていく。
「ど、どういう事?」
僕も声のトーンを下げる。
「正確にはありかの予想がついている」
「それならみんなの前で言えばいいじゃない」
マリスさんが設計図を燃やしたのに、未来が変わらないのが謎だった。
察しがついてるなら、その情報を共有すべきじゃないのか。
「お前にだけ話す。
お前にしか話さん」
ところが、きっぱりとそう言い切る父。
父の考えがはさっぱり分からない。
とにかく話を聞いてみるしかない。
「もう一枚、設計図があるって事?」
「いいや、金庫の中にあったなら、その一枚しかないだろう」
やっぱり他にはないんじゃないか。
何を言ってるんだ。
「紙媒体の設計図はな」
紙媒体……?
「どういう事?」
「情報媒体の歴史を考えるとそうなるのだ。
紙媒体とステータスウィンドウの間に、もう一つか二つ、イノベーションがあったはずなのだ」
イノベーション……。
全く意味の分からない言葉だ。
紙の書物とステータスウィンドウの間。
そこに何があるのかぼくには想像も付かない。
「ステータスウィンドウは、ナノマシンによって、脳内の電気信号を言語化する技術だ。
その一世代前のイノベーションならば、電気を使った技術だとおれは考えている。
情報を電気信号に変えて、何かに映し込む装置、とかな」
「何かって?」
「鏡のようにものが写る何かだ。
そういうものが付いた装置を破壊しろ」
それだけの情報で破壊しろなんて。
「でも、堕天の魔王さえ倒せればそれでいいんじゃないの?」
僕はそう言うと、父は眉をピクリと動かした。
一瞬、怒っているのかと思ったが、そうではなかった。
「こっちに寄れ」
手招きする父。
近寄ると、肩を掴まれた。
そして、父は耳元で言った。
「ナノマシン兵器の技術を誰にも渡してならん。
王国にも帝国にも、だ」
「えっ?」
何の話をしているのか分からなかった。
「古代文明を滅ぼしたのもナノマシン兵器だ」
「!」
初めて聞いた話だ。
おとぎ話では、国際連邦センターが神の怒りに触れ、古代文明は一夜にして滅びたと言われている。
父の話は一般的に信じられてる話とは異なっている。
「でも誰が世界を滅ぼすだけのナノマシン兵器を?
古代文明にもイスカリオンのような存在が現れたの?」
「そうじゃない
複数の国が、世界を滅ぼす数十倍の量のナノマシン兵器を保有していたんだ」
「え……? なんで!?」
国が世界を滅ぼす兵器を所有する?
しかもその数十倍?
なんでそんな事になるのか、理由が分からない。
「敵だけが持っていると脅威だから自分も持つ。
敵よりも多く持っていると安心する。
そういう理由だな」
「安心って……、一層危険なんじゃないの?」
世界を滅ぼす兵器が増えるほど、安心する。
その感覚は僕には理解できない。
一夜にして滅亡したって話も、そりゃあそうなるだろう、と思ってしまう。
「お互いが持っていれば牽制し合って平和になる。そういう理窟だ。
『抑止力』と言ったらしいな」
「それで、平和になったの?」
「さっきも言ったように、古代文明はナノマシン兵器で滅んだ。
ナノマシン兵器の撃ち合いでな」
「馬鹿げてる!」
何が抑止力だ。
「古代人が愚かだったと思うな。
ナノマシン兵器の技術が広まれば、この世界だって同じ事になり得る」
「この世界の人々がナノマシン兵器を欲しがるって言うの?」
ナノマシン兵器から大陸を救おうと集結している人々を見て、そんな事を思いたくはない。
「帝国主義だって、古代文明の時代にもあった考え方だ。
人間の中身がそんなに変わるものではない。
歴史は繰り返すものなのだ」
「歴史に学ぶ事はできないの?」
そう言いつつも、父の古代文明の知識に、半信半疑だった自分を思い出してしまう。
僕だって、ちゃんと歴史を知ろうとしていなかった。
「学んでいない訳じゃあない。
しかし残念ながら、人は守りたいもののために、残酷になったり、凶暴になったりするものだ。
だからナノマシン兵器の技術なんて誰も知らない方がいい」
だから誰にも渡してはいけないのか。
確かにこれは誰にも言えない、僕達二人だけの秘密だ。
「分かったよ。その装置を見つけて、破壊する」
そして、僕が一人で成し遂げなければならない。
「すまんな……」
芝生に座る父。
頭を押さえてうずくまる。
「ど、どうしたの?
具合が悪いの?」
「そうじゃない……」
父の声は震えている。
「息子にこんな事を押し付けるなんて、おれは最低な父親だな」
まさか泣いているのか?
「お前は都会で上手くやっていけないと思っていた。
すぐ出戻って来るだろうと。
しかし、その方がよかった。こんな事になるくらいなら。
まさかお前が堕天の魔王と戦う事になるとは」
父がこんな事を考えていたのは意外だった。
「心配かけてごめん」
しかし、僕はちょっと嬉しかった。
「でも僕は大陸の危機に対して、自分にできる事があって嬉しい。
父さんには感謝してるよ」
「必ず生きて帰って来い。
でないと母さんに合わせる顔がない」
僕は父の肩を担いで、起き上がらせた。
「さあ、もう寝よう」
こうして決戦前夜はふけて行ったのだった。
これにて第21章は終了です
次回は今月中を目指します




