第106話 壮行会(後編)
「マンフレート。軍服を持って参れ」
「はっ」
クレーヴェ公爵から渡されたのは、厚手のコートとパンツの帝国魔道士団の軍服だった。
胸には剣を持った黒い獅子の刺繍、帝国の紋章だ。
スカートになってるローブより断然動きやすい。
身に付けてみると、意外と悪くなかった。
色は藍色。
今まで見かけた魔導師団のは深緑だった気がするけど。
「色は見習い用の藍色だが、防御力は変わらんぞ」
僕には色にこだわる理由はない。
「はい、ありがとうございます、陛下。
あ、杖は大丈夫です」
しりとり魔法は、いつも両手に魔法を宿すスタイルで、杖は持たない。
それに今回は大魔法では祭具も使う。
腰のベルトにルーンラダーの入った袋とエクスカリスと結び付けて準備完了だ。
「陛下はリンクス殿を気に入ってらっしゃるようだ」
クレーヴェ公爵が耳打ちしてきた。
「テレジア様が懐いている事も、もちろんあります。
ですが、魔女教の文化を取り上げる機会を作ってくれた事も、嬉しいのでしょう」
特に魔女教を広めようとした訳ではないが、ヴァルプルギスは今回の戦いの切り札の一つだ。
僕の父も魔女教の文化を保護したかったと言っていた。
その役に立てたなら嬉しい。
そう思っていたところだったが、
「リンクス、何で帝国の軍服を着ているんだ?」
と、不機嫌そうな声が。
ラウール3世国王だった。
眉間に皺を寄せて、ムッとしている。
「なかなか上がって来ないので、心配してみれば。
皇帝陛下、うちのリンクスに何をしているのです?」
「魔道士も動きやすい服装をするべきじゃ。
そして、帝国魔道士団の軍服は、軽鎧並みの防御性能を持っておる」
「リンクスは帝国の軍人ではありませんぞ?」
ヘッドハンティングみたいに思われたのだろうか。
「聖騎士団のマントを持って参れ」
負けじと命令を下す国王。
兵士の人が、真っ白なマントを持って来る。
中央に大きく刻まれた薔薇の刺繍は、王国の紋章だ。
「このマントは聖なる祝福を受けていて、魔法攻撃を防ぐ効果がある」
身に付けてみると、軽い素材でできていて、動きには支障がない。
「お二人ともありがとうございます」
帝国の紋章の刻まれた軍服と、王国の紋章が刻まれたマント。
これらを付けて大陸を守るために戦うのだ。
「お主にこの大陸の命運はかかっておるのじゃ」
「お前がこの戦いの切り札だ。頼んだぞ」
二人はガシガシ肩を叩いて、プレッシャーをかけてくる。
「あ、リンクス!」
そこにカエデとウガガウとベルナールが現れた。
「どうしたの、それ?
帝国の魔道士の服じゃない」
「そのマントかっこいいぞ」
早速、二人に服装をいじられてしまう。
「これは聖騎士団のマントで、魔法に対する……」
ここで僕はベルナールの視線を感じ、気まずくなった。
彼は聖騎士団の入団を切望していたが、試験に合格できなかったのだ。
その彼の前で、聖騎士団のマントをもらって盛り上がるのはデリカシーに欠けている、と僕は思った。
しかし、
「おい、つまんねえ事を考てんじゃねえぞ」
ベルナールに頭を小突かれた。
「国王がお前にそれを与えた判断は正しい。
お前は自分の身を守る事だけ考えろ」
「う、うん」
どうやら余計な気を回してしまったようだ。
「絶対に勝つぞ」
「うん」
そう、とにかくこの戦いに勝たない事には、どうにもならない。
「では準備はいいな、リンクス」
国王と共にバルコニーに立つ僕。
「皆の者、こちらが堕天の魔王との戦いの切り札。
魔法使いのリンクスだ」
国王のよく通る声で、みんな一斉に黙って、注目する。
僕はこんなに注目を浴びた事はないので、緊張してしまう。
しかし、みんなを不安がらせては意味がない。しっかりしないと。
「かつて堕天の魔王を倒したと言う大魔法を、僕は習得できました。
堕天の魔王までの道さえ開かれれば、僕が必ずイスカリオンを倒します。
そのための力をどうか貸して下さい」
「力を貸してください」と言う言葉には、「命の危険を冒して」という意味が含まれている。
今まではそんな事を意識した事はなかったが、自分の発した言葉で、急に責任がのしかかってきたような気がしてしまう。
「何とかみんなで生き残りましょう」
思わずそう言い足すと歓声が上がった。
本当にそうしたい、と僕は思った。
その後は大騒ぎの飲み会の時間だった。
エレインさんとガレスさんが飲み比べている。
ガレスさんは淡々と飲んでいるが、エレインさんは上機嫌だ。
エレインさんは一見クールな紳士に見えて、結構フランクな所がある。
それが魅力でもあるのだろう。
ガレスさんも静かなのは変わらないが、普段より表情が柔らかい。
ルナテラスさんとマリスさんも楽しそうにしていた。
そして、意外な光景だったが、僕の父と皇帝陛下が、並んで座って飲んでいた。
「まったく腐れ縁もないもんじゃ。
お前の息子が王宮に現れるとは思わんかったぞ」
「なんであんたの娘がおれの息子より若いんだ?
孫の年だろう。ふざけんな」
皇帝陛下に敬語も使わない父にはハラハラしていると、
「しかし、娘があんたに似なくてよかったな」
さらに失礼な事を言う父。
一瞬、目を剥いて固まる皇帝。
皇帝陛下が剣でも抜いたら大変だ。
僕は慌てて二人に近づこうとした。
さらににらみ合う二人。
しかし、
「それは違いないな」
「そうだろう」
「ふん」
「ふっ」
「「わはははははは!」」
そして、よく分からないけど、二人で大笑いしている。
ともかく、どうにかケンカにはならずに済んだようだ。
公園にはカエデのお父さん、スイレンさんと、お兄さんのアサガオさんも。
二人も明日の戦いに参加するようだ。
カエデはそっちにも顔を出している。
壮行会の夜は賑やかに更けていく。
しかし、それも終わる時が来た。
みんなぞろぞろと会場を後にしていく。
明日に備えて休むのだ。
例え僕も眠れなくとも、横になっておこうと思った。
お酒も入ったし、眠れそうな気もする。
ところが、
「おい、リンクス」
僕は呼び止められた。
「父さん?」
皇帝と一緒に酔いつぶれていると思ったが、意外と意識ははっきりしているようだ。
「どうかしたの?」
こちらに近づいて来る、その表情は真剣なものだった。
「親子水入らずの話をしよう」




