第98話 天使ヘルと魔獣ガルム
僕はバルティナ村で、経典ルーンラダーを手に入れた。
ベルナールとマヤさん、そしてたくさんの村の子供達と共に村を脱出し、黒騎士団の拠点を目指す。
下りの山道は意外に静かで、魔物に遭遇する事はなかった。
しかし、拠点に近づくにつれ、魔物の咆哮や、男達の怒号が近づいて来る。
「おお、リンクス殿、ご無事でしたか!
待っておりました!」
拠点に辿り着くとクレーヴェ公爵が出迎えてくれた。
「天使ヘルがニーズヘッグの軍団を集めて総攻撃を始めたのです」
どうやらそれが、僕達が帰り道で魔物に遭遇しなかった理由らしい。
「僕達も加勢します」
「そうね」
「頑張るぞ」
僕とカエデとウガガウも戦場に向かう。
そして、
「ベル……、えーと、ベルンハルト、君は?」
一応ここではベルンハルトと呼んでおく事にした。
「やるしかない。
奴らを倒さないと、ガキ共が避難できないからな」
「よく持ちこたえた、ベルンハルト。
頼りにしておるぞ」
クレーヴェ公爵が肩を叩く。
「気を付けて、ベルンハルト」
マヤさんと子供達は拠点に避難した。
ベルナールを交えた四人で、僕達はいよいよ魔王配下との戦いに臨む。
子供達を守るためにも勝利を収めたい。
山道の中でも比較的開けた部分に向かうと、魔界のドラゴン、ニーズヘッグの群れと黒騎士団が対峙していた。
無数に倒れている黒騎士団はすでに戦死しているのだろう。
その奥の小高い丘に、羽の生えた人影と、黒い四本足の獣の姿があった。
「ガッハッハッハ!
黒騎士団など、ご大層な名前だが恐るるに足らんな」
黒い長髪の、筋骨隆々な男性。
それが天使ヘルだった。
「この地を制圧し、名を上げれば四天王になるのも夢ではない」
その隣の黒い獣は魔界の魔獣、ガルムだ。
ガルムは低くうなり声を上げ、言った。
「四天王なんだから、席に空きができなければどうにもならん事ではないか?」
「そんな事はない。
五人でも六人でも多い方がいいに決まっておるわ。
ガッハッハ!」
朗らかに笑って答える天使ヘル。
「そういうもんかね。
やっぱあんたは頭が切れるな」
両名は楽しそうに雑談している。
「あんの野郎ども」
舌打ちをするベルナール。
「あいつらに村人達が何人も犠牲になってるんだ」
「指揮官と斬りこみ隊長がいるって聞いたけど」
「ああ、天使の方が指揮官で、犬の方が切りこみ隊長だ」
「ワオオオーーーーーン!」
その時、丘の上の獣が、天を仰いで咆哮した。
さらに丘を飛び降りて、着地。
こちらをにらんでうなる様は期限がいいようには見えない……。
「聞こえたぞ。このおれを犬呼ばわりしてる奴がいるな」
巨大な黒い犬が言った。
真っ赤な瞳をしている。
凶暴そうなまなざしだった。
「このガルム様を!」
「ガッハッハッハ!
ガルムは人間より耳がいいからな!
よし、褒美をやろう!
取って来い!」
そう言うとヘルは何かの肉を投げた。
軽く投げただけだが、肉はかなり高い放物線を描いて落下する。
しかし、ガルムは高く跳躍して肉を口でキャッチした。
そして、肉をくわえてヘルのいる丘の上へ跳躍。
「ようし! いい子だ!」
ヘルはガルムの頭を撫でている。
どうにも愛犬扱いにしか見えない。
「なんか変な獣だなあ」
調子が狂ってしまう。
「油断をするな。リンクス」
ベルナールは緊張の面持ちだった。
「奴は本当に手強い」
ここでガルムは再び丘から降りた。
「腹ごしらえも済んだし、行くか!」
ガルムが前進するとニーズヘッグの群れもぞろぞろついてる来る。
「来るぞ!」
ガルムの突進を合図に、ニーズヘッグ軍団も前進を開始した。
山道を進む魔物の群れを隊列を組んで向かえ打つ黒騎士団。
「くらえっ!」
ガルムの突撃を受け止める精兵達。
持ちこたえたものの、ガルムは次の瞬間には二撃目を放っている。
それを受け止める時には、すでに何人かの黒騎士団が弾き飛ばされていた。
「今だ!
ニーズヘッグ共、かかれい!」
上空で見ていた天使ヘルの号令で、ガルムは下がり、ニーズヘッグ軍団が前へ。
ガルムと比べ素早くはないが、強力な爪の攻撃を仕掛けてくる。
防戦を強いられる黒騎士団。
「よく耐えたな、だがな!」
天使ヘルがさらに前へ。
「地獄の業火をくらわせてやれ」
鎌首を持ち上げる魔界のドラゴンの群れ。
そして、その口から一斉に放たれる黒い炎。
黒騎士団の視界を覆う灼熱の黒炎。
それはさながら、この世の地獄とでも呼ぶべき悪夢のような光景……、
「マジックバリアンロック!」
に、なんてさせる訳にはいかない。
魔法の障壁が黒い炎の勢いを弱める。
アンロックは不発だったが、こればっかりはしりとり魔法の必要経費だ。
ようやく僕達は最前線にたどり着いたのだった。
「行くよ、みんな!」
「ええ!」
「頑張るぞ!」
カエデとウガガウも武器を構える。
「ベルナールもいいね?」
「誰に言ってやがる」
前に出るベルナールはすでに、兜をかぶっていた。
「おれも帝国の黒騎士団だ。お前に言われるまでもないぜ」
いよいよ僕達の戦いが始まろうとしていた。




