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無事戦いに勝利して勝ち鬨を上げて数時間、シゼル率いる傭兵団アベンジは奪い取った城下町から食い物や酒を集めて城内で騒いでいた。戦いの後はその場で騒ぎ散っていた仲間の分まで飲み食いをする。その何の意味も無い事が染み付き少なからずこの戦いで散っていた仲間のために声を夜空に上げていく。


誰よりも酒を愛し酒に狂った男ニックは城内の騒ぎには混ざらず城壁の足を出し座り月を見上げていた。雲一つなく月光に照らされ歳を重ねた顔が更に老いたような真剣な顔になる。あの時自分でも意識できなかったが確かに体は動いた。


それも最も速く、理に叶っていた。記憶にはないが体の感触が伝えてくる。どうすればあの技をあの感覚を取得できるのかと何年も使ってない脳をフル回転させるが答えは出ない。



「そんな顔何年ぶりですかねニック、いいんですか? 早くいかないと酒がなくなりますよ」



月の光に下に現れたシゼルはニックの目を奪う。褐色に銀髪、珍しい組み合わせな上に月が演出を加え幻想的な光景に息を呑む。これが本物かと、幾多の凡人達が手を伸ばしても届かない生粋の天才。



「ヘヘ、この小悪党でチンピラがガラでもなく悩んでいてね。どうだいボスちょいと遊んでくれねぇか」



最初から挑むつもりで持ち出していた2本の木刀の片方を投げ渡すとシゼルは構える。そこからは言葉は不要になる。城壁の上のせいか心地のいい風が何度が流れるがニックの背中は汗だくになる。何度相対しても痺れるような恐怖と憧れが同時にくる。何度も挑みたくなる魔王の血族。



「ヒャイア!!」



飛び掛るように横からの一撃だが当然のように軽く避けられる。ならば次はと再び一撃、しかしこれも駄目、次も次も……何度も剣激を浴びせたたが全て防がれて額に汗が浮かぶ。そこでニックは大きく息を吐き構えを直す。数時間前に斬り勝った正面から見据える構えに。



「どうしたんですか随分と様子が違いますね、まるで普通の剣士じゃないですか」



「ヘッへ齢60手前で基本に立ち返るって奴ですぜぇボス」



口調はふざけているが纏っている空気が違う。シゼルは構えだけではなく大きな変化を感じ攻めに転じる。その攻撃はなんの細工もせずただ正面から木刀を打ちつけるだけ、しかしこの攻撃にニックは過去一度たりとも勝てなかった。


今日も変わらず随分早いなと口元が緩みながら見る。シゼルは20代中盤と戦士としては油が乗る時期だがニックは老体も老体、反応速度では比べるまでもないが数えきれないほど繰り返したシゼルの動きを見る。


飛び出す前のわずかな体重移動、木刀を力いっぱい握る前の手首の動き。その全てを体中の細胞に叩き込みシゼルが動くより前に飛び出す。頭は真っ白、ただ体の反応を信じて待つ。



「イヤァアアア!!」



珍しくシゼルが吼える、対してニックは無言。木刀同士がぶつかり合う音はなく鈍い音が響くと決着がつく。膝をつき苦痛の声を上げていたのは今宵もニックだった。



「あぁ……ちくしょうめ!!」



「あれ? 本当にどうしたんですかニック、年甲斐もなく地面を殴るなんて少年のようじゃないですか」



「悔しいですわぁ、こんなに悔しさに全身を焼かれたのは久しぶりでたまらないんですわぁ」



この時本当に痺れていたのはシゼルだった。脇腹付近にチリチリと摩擦で燃える服を見て震え上がる。今までと動きは変わらない、剣速も変わらない。しかし触れられていた……成長など一切見込めない老兵が劇的な変化ではないが何か不気味な物を叩きこまれた感触に拳を握り締める。



「あ、姉さん!!」



下では武勇伝を魚に飲み明かしてるはずの一人が勢いよく上がってくるとその顔で嫌な予感がする。



「魔王軍です!! 囲まれてます!!」



城壁からは月光に照らされよく見えた。略奪した国を囲むように黒い軍団がいる。その数は国を丸々囲む数、シゼルは目を見開き息を呑む。周りは平地、逃げ場は全て囲まれている。おかしいあんな大群すぐに用意できない……なぜだと思考するとある応えに辿り着いた。



「最初からいた、でもなぜ……でも自分の配下の国が奪われる所を見てたというのか」



そこであの憎たらしい魔王テツの顔が思い浮かび上がり奥歯を噛む。



「餌にしたのか!! 私達をおびき出すために国を丸々餌にしたのか魔王!!」



逃げ場なし。

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