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平然を装う事すら出来ずにテツは焦っていた。血は止まったが切断された片腕の断面からは骨が剥き出しになり切断された衝撃で曲がっている。傷は塞いだが痛みは消えず思考を鈍らせていく、片腕を失った事で肉体のバランスは崩れ残った腕で構えても違和感しかない。



「魔王と大層な呼び名だからどんな奴かと思えばただの老人だったとはな。覚えておけ貴様の首を落とす名ベリルを」



握り締めてる剣はどこにでもありそうな平凡な剣だった。特殊な金属も装飾もなく傭兵達が新しい武器を購入したら捨てるか下取りにでも出すような薄汚れた剣。しかし柄の磨り減り具合、刀身に刻まれた数々の傷がベリルの戦いをテツに伝えてきた。



「どうするのよ~あれ、あんたじゃ手に余るんじゃないの」



「……逃げるぞパンドラ!!」



「本当あんたって小物よねぇ~魔王なんて器じゃないわ。一騎打ちすら避けて自分の命を大事に抱える小物っぷりは清清しいわ」



背には石壁、それを破壊しても高度からの落下が待ってる限り退路は正面にしかない。目の前の怒りに震えた美しい少女の攻撃を捌ききるしかない。



「どうなってる、目の前が霞んでくるぞ」



「そりゃ腕ぶった斬られたからね、いくら傷塞いだとしても血は流れたし生成できないわよ」



長引けば体力の低下の分不利になる。条件は厳しくなる一方でベリルは構えて真っ直ぐと視線で貫いてきた。瞬時にテツの状態を判断し自分から仕掛ける気はないという構えだ。



「皮肉ね、あれだけ憎んでいた父親がつけた傷のおかげで有利になるなんて」



「糞ったれがぁ~こんな所で死ねるか!! せっかくここまで登りつめたんだぞ、まだまだやりたい事あんだよ!! どけってんだよ糞ガキが」



「これが世界中を恐怖で震え上がらせている魔王とはね。知性の欠片も感じられないですね、自慢の腕も千切られて虫の息か……覚悟はよろしいですか」



ベリルは笑みを浮かべる。テツの態度、構えを見て才能を感じない。積み重ねの凡人の強さを見抜く。想像を絶するほどの努力の果てに手に入れた力であろうと深手を負った凡人になど負けるはずないと笑う。


ただ待てばいい。時間が経過するほど有利になり、仕掛けられても冷静に対処する自信はある。隻腕にされ体の動かし方すらまだ慣れてない凡人に負けるはずないと大きく息を吐き体の力を抜く。



「ちくしょうがぁ~やるしかねぇのかよ!!」



覚悟を決めて踏み込もうとした瞬間にテツの後方の石壁が横から滑るように削られていく。石壁のブロックが炸裂するように消えていく中鼓膜を破る勢いの獣声が響きベリルとテツは一瞬目を瞑ると石壁で遮られていた日の光の中を少女が舞い降りる。


少女は素肌の上に戦いの中で拾い上げた鎧を身に纏い、両の拳は撲殺してきた敵の血を滴らせ現れた。



「テツさんその腕は!!」



「フェルか!! いい所に来た!! あいつを殺せ!!」



「わかりました。せっかくニノという牝豚が消えたのに、まったく世の牝共は本当にどうしようない」



フェルと対峙した瞬間にベリルが声を失う。目の前にいるのは背丈が小さい少女。視覚ではそう認識するが体中の細胞が恐怖で悲鳴を上げていく。生物としての本能が怯えてしまう。



「あらあらそんなに怖がらなくていいですよ……じっくり痛めつけ悲鳴で喉が潰れるまでは殺さないで上げますよ」



ベリルにとって初めての経験だった。他者に怯え足がすくみ今すぐ逃げ出してしまたいと思えるほどの恐怖。意志では戦えと体に訴えるが動いてはくれない。絵画の中にいるような整った笑顔で近付いてきたニノの手が触れる瞬間……もう一つの声が破壊しつくされた室内に響く。



「会いたかったぜぇええ!! テツゥウウウウ!!」



人間の箇所はもはや顔と僅かに残っている皮膚ぐらいにまで変貌したカズヤが飛び込んできた。

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