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地面の草が膝まであり嵐の雨でぬかるんだ泥に足首を沈めながらラットとカズヤは立ち尽くした。雨が斜めに線を引くように視界を塞いでいるが平原の先にはっきりと銀色が見えた。
分厚い盾にはどこかの国の紋章が刻まれ盾の列が並んでいた。その幅は長く城壁のように逃げ場を塞いでいた。盾の隙間や上からボーガンが構えられ、その後ろには槍が見え、どこからも崩れなさそうな布陣にラットも膝を落とす。
「あ~あ、ここまでかよ。つまんねぇ人生だったなぁ」
「嫌だ嫌だ!! 死にたくないったら死にたくないいぃいい!!」
カズヤは急に暴れだし地面に転がり子供のように叫び散らす。それは見るにも耐えない醜いカズヤの本性だった。見ているラットも目を背けたくなるほどに涙を流し涎を撒き散らし無駄に動き血を更に失っていく。
「ふざけんじゃねぇぞ!! あんな糞みたいな生活抜け出して這い上がれる世界にきて竜の力でやっと……やっと復讐も俺の都合のいい生活ができるのにようになりそうなのに……ふざけんじゃねぇええぞおお!!」
「えぇい辞めぬか!! 貴様には誇りはないのか!! 最後くらい胸を張れ馬鹿者が!!」
「何が誇りだ!! 1日8時間以上ただ立ってるだけを10年以上繰り返し何の誇りが生まれるんだよ!! レグナお前には想像も出来ないだろうな!! ご大層な竜には惨めで金がなくて毎日愚痴ってるだけの生活なんてな!!」
嵐の雨の中カズヤは死に際に立たされ今までの思いや不満を爆発させてしまう。後方には魔王軍か騎士かは知らないがとても二人では対処しきれない数が迫り、前には騎士達が布陣を築いている。
「おい糞竜!! てめぇ体動かせよ!! 死にたくねぇんだよ!!」
「ここまで醜悪で惨めな人間は初めて出会ったわ。言葉もない」
「足だ!! 走れる足を最初に動かせ、なぁ本当は出来るんだろ? なぁなぁ!! 死にたくねぇんだよ……嫌なんだよ、こんなのってねぇだろ」
前方の騎士達がボーガンに矢を込めるのが見えラットが腰を落とし大きく息を吐く。
「あぁ~……終わりかよ」
「諦めるのかよラット!! おい、やめろよ……騎士の野郎共こっちに矢を向けるんじゃねぇ、やめろぉおおおお」
最後の力を使い叫ぶが大量の矢が目の前に壁のように迫ってくる。肩まで延びきった黒の長髪を振り回し喉を潰す勢いただ叫んだ。恐怖で目蓋を閉じ両腕を垂らし膝立ち……それがカズヤの最後の姿になろうとしていた。
「ぎゃああああ!!」
苦痛の声はカズヤでもラットでもなく後方の魔王軍から聞こえた。目の前に迫ってきていた矢は二人をすり抜けるように通過し魔王軍を射抜く。次に槍と剣をもった騎士達は突撃していき両軍はぶつかっていく。
何が起きたが理解は出来ないがカズヤは死の恐怖から開放と同時に助かったと安心が湧き上がる。そこで一方的に殺されていく魔王軍を見て自然と笑みが出た。
「ハハ……ハハハハ!! どうだこの野郎が!! 死ね、死ね糞野郎が!!」
優越感に浸って叫んぶがそこで全てを使い切ったのかカズヤは突然倒れて泥の中に顔の半分を沈め意識を失っていく。
「助かったのか、おいカズヤ!! て、もう気絶したか」
ラットも状況が少し理解したのか傷だらけの体を地面に倒し降り注ぐ雨の中で動けなくなっていく。
「しかしカズヤよ、お前さん凄い奴だな。死に際であそこまで醜く醜態を晒せる奴中々いねぇぜ……あ~疲れた」
カズヤに続きラットも意識を投げ捨てた。




