9章
武器を破壊されたフェルは両拳上げ顔の前まで持っていき背中を傾け踵を浮かせて軽くステップを刻む。多少の切り傷があるが問題なく竜骨を拾い上げ構えカズヤは大きく息を吸う。
「半人前、武器を奪ったからといって油断はするな」
「自分の娘だからって評価高いんだな」
「あの構えは我も見たことがない。フェルの奴め魔法詠唱でもするつもりか」
恐怖はカズヤの全身に毒のように回り手足の動きにまで影響するのを感じるが歯を食いしばり前へいく。こんなにも意地になったのは何年ぶりだろうかと考え一瞬で切り替えていく。
目の前にいる美しい少女が恩人の仇なんだと体に言い聞かせ力を出す。付き合いはそこまで長くはないがカズヤにとっては大切な馬鹿な爺さんだった。
「魔法じゃねぇよ、ありゃボクシングってやつだ。テツの野郎が教えたんだろうな……いくぞ!!」
片手で握り締めた竜骨を勢いよく振り抜くと空間が破裂しそうな音を出し風が嵐のように巻き起こるが、目標であったフェルの姿が消え吹き飛ばしたかと周辺を確認する。
「出会った頃のテツさん以上に酷い戦い方ですね」
その声は下から聞こえ本能で即座に後方に飛び逃げたが目の前に長い銀髪が現れる。竜骨を再び振り抜こうとした瞬間に顔が跳ねる。二度、三度左右に弾かれカズヤの視界が揺れていく。
「距離をとれ半人前!!」
「わかってる!! この糞野郎が!!」
竜骨を攻撃ではなく防御に使いフェルと自分の間に無理矢理入れる。しかしフェルは再び長い銀髪だけを残し目の前から消えていく。今度は目で追えたが体が追いつかない。
ダッキングでカズヤの横に体を滑らせ体重を乗せた拳を脇腹に叩き込むと苦痛の声が聞こえフェルが笑う。竜骨の横からの薙ぎ払いも体制を低くし避けると長物を空振りし隙だらけの所へワンツーを顔面へ叩き込む。
「プッフゥ!!」
鼻血が噴出し宙に投げ出されると次は横からのフックが顔面を切り裂く。次は下からのショートアッパー……一度反撃で竜骨を振り抜くと必ず反撃をされカズヤの額は倍に腫れ上がり鼻は曲がっていく。
「ハァ――ッ!!」
あれほど無尽蔵にあった体力だったが息が初めて切れ始めてきた。フェルの打撃はあまりにも重い。しかしカズヤは何度殴られようと血を垂らそうと戦う。くだらない意地かもしれないがその意地こそが支えてくれた。
「芸術だな」
「あぁ!! なんだぁレグナぁ!!」
「我が娘だからと言う訳ではないな、フェルは天才どころではない、100年に1人生まれかどかうかの芸術品のような娘よ」
レグナの言葉通りにフェルは華麗に舞う。無駄な動きを一切省き最短で回避行動し最速の打撃を放つ。それに比べカズヤは無駄の塊のような動きで大きく竜骨を振り上げていく。
それは歴史的な絵画と素材ゴミのような戦いだった。億の値段を軽くつけられてしまうフェルと処分するだけで金がかかってしまうゴミのカズヤ。
そんな二人の戦いは当然の結果が待っていた。膝をつき汗と血を垂らしながら肩で大きく息をするカズヤの顔を蹴り上げ石段の冷たい地面に寝かせる。
「お父さん、いくらなんでもこんな男を器にしたのは失敗だったようですね」
「……反論できんな」
力を振り絞り立ち上がった瞬間に顔面をたっぷり溜めと体重が乗せられた拳が貫き転がっていく。
「ガァ!! ちくしょうめがぁ!! 竜がボクシングなんてふざけてるじゃねぇかぁ~」
「うるさいです」
立ち上がれないようにフェルが馬乗りになりマウントをとり拳を振り下ろす……外から怒り狂ったシゼルの虐殺の音と炎の熱を感じながらカズヤは最後の力で叫ぶ。
「ニィイイイック!! 生きてるか!!」
「ヘヘ……なんとかな。すまねぇが俺の力じゃ援護できねぇ」
「ブホォ!! 逃げろ!! シゼルの所までいき逃げきろ、うがああああ!!」
拳を貰いながら叫ぶ歯が何本が飛び口の中が血の味で充満していく。体を引きずって逃げていくニックの姿を見てカズヤの意識は殴り消されていく……素材ゴミは焼却処分されていく。
「やめ……やめろ。死にたくねぇ……よ、ソウジさ……ん」




