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8章

名前は遠藤一樹{カズキ}


この男の人生には向上心や好奇心という部分が欠けていた。学生時代も赤点をギリギリのラインで留年せずなんとか卒業し大学へ進むが堕落。授業にもまともに出ずダラダラと過ごし留年、そして自主退学。


とにかく自分から動く事を嫌い、新しい物への挑戦を拒み続けていく。社会に出た瞬間に今までのぬるま湯に使ってた生活から競争社会とのギャップで弾き飛ばされた。大卒でも就職が厳しい世の中で大学中退への風当たりは厳しい。


残った職は土方か工場。職人に修行という選択はあったが遠藤にそんな根性はない。土方もやったが職場の乱暴な連中と合わず、そもそも毎日アスファルトと土に塗れる仕事も続かない。



「ハァハァ!! ソウジさん!!」



たまたま発見した交通誘導員をしてみるとやはりキツイ。しかし今まで一番向いていた。何も考えず立っているだけ、まるで自分の人生のような仕事じゃないかと思い。ほんの少しだけ頑張ってみると評価され続けるきっかけとなる。


文句も言わず淡々とやる姿勢が評価されバイトのリーダーになり新人へ命令した時の快楽を覚える。人を見下したり駒のように操るのはなんて楽しいんだと……まさに屑の発想。


快楽には抗えず長年居座り新人達へ誘導の講釈を垂れ流し嫌われてしまう。自分でもわかっていた。こんな小さな世界で王様気分の自分は滑稽で空しいだけと。それでも辞められない。



「ちくしょう!! ちくしょうぉおおお!!」



たとえどんな小さな世界でも自分は人の上に立っているという事実だけが欲しかった。くだらないプライドを必死に握り締める男……そんな情けなく器の小さな遠藤は森の中を全力で走りぬけていく。



「なんなんだよ……うぅ」



後ろからは耳鳴りがするほどの金属音と叫び声が響いてくる。心に残るのは共に苦楽を味わった仕事仲間ソウジを見捨てた後悔。殺人への後悔は拭い去っても仲間意識が強いのか悔しさが体に張り付いていた。


あそこでソウジと共に戦っていたらと考えるが無理だった。あんな人数と戦う勇気があるわけがない。ただ臆病者として逃げた自分に腹を立たせソウジとの思い出が涙に変わっていく。



「おい」



暗闇から一人の男が現れる。フードを深く被り軽装の鎧と腰に剣を装備し遠藤の首根っこをいきなり掴み上げ地面に叩きつけた。



「俺は情報屋だ。ソウジとかいう爺さんの側で監視していたが、お前が飛び出したんで聞きにきた」



「情報屋!! なら今すぐ助けを呼んでくれ!! ソウジさんは一人であんな人数と戦ってるんだぞ!!」



情報屋は無言で遠藤を引きずり出すと暴れる。



「おい!! やめろ!! ふざけんな、てめぇ離せ!!」



「あの爺さんが生きてると思ってるのか。俺の仕事は報告だけだ、ただお前からも情報引き出せそうだからついてきてもらうぞ」



フードから見え隠れする冷たい目は感情がない。遠藤を人間ではなく物としか見てない印象。遠藤は引きずられながら逃げてきた先の道へ手を伸ばす。



「ソウジさん……ソウジさぁああああん!!」



ただ叫ぶ事しか出来なかった。自分の無力さと臆病さを呪う。生へしがみ付く情けなさに涙が出るくらい悔しい。大切だったはずのソウジを見捨てた朝遠藤カズキは覚醒する。


怠惰と堕落の人生に死という冷たい刃が突き刺さり目覚める。それはソウジと同じくらい仲がよかったかつての仕事仲間テツとの戦いの始まりだった。


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