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何十年も聞いてないはずの声に記憶が反応しテツは幼き頃を思い出す。ソウジは常に疲れている父親だった、何か話しかけても愛想もなく休日も寝ているだけ。今思い返せば過酷な労働環境に精神を削られてたのであろう。
母親とはあまり会話もなく家にいても幽霊のような存在だった。ただ別れの時母親側についていく言ったソウジの目から涙がこぼれ落ちる姿だけは覚えていた。感情を表に出して悲しみにくれたソウジの姿は忘れられない。
しかし目の前にいるのは到底あのやつれた父親とは思えない。肉の塊の筋肉で武装し腰回り、肩幅、腕、胸板……本当に人間かと思うほどに太い。人間ではなくモンスターと言われた方が納得いく。
「なんて事を」
ソウジは血の海に沈むニノにしゃがむ込み顔を歪ませてしまう。ただ笑っているニノの死顔の上に数粒の涙を落とした後に拭う。
「お前は誰だ」
テツは問わずにはいられない。姿形は別の生き物だが記憶と細胞が自分の父親だと訴えてくる。甲冑に包まれた坊主頭のソウジが立ち上がり顔を見せると面影はなし。記憶の中の父親とはまったくの別人だが。
「なんて再会だよ。テツ、大きくなったな」
「誰だって聞いてんだ!!」
一枚の写真が足元に滑り込んでくる。手にとり見ると絶句で言葉が出ない。幼き頃の自分と母親、そして記憶の中でしか存在しないやつれた父親がいた。
「おい、この写真どこで手に入れた……答えろ!!」
「お前と母さんと別れる少し前にとった写真だよ」
表情は変わらず涙を流し赤くした目で真っ直ぐ語ってくるゾウジの前でテツは真実と向き合う。信じられない、何をしにきた、そんな考えが思考をかき乱し怒鳴り声を出してしまう。
「なにしにきやがった!! 親父ってならどの顔で俺の前に立ってやがる!!」
「返す言葉もないな。俺はお前と母さんから逃げるように消えたんだからな……しかし本当に久しぶりだな」
ソウジの目は息子を見る親の目だった。その瞳に酷くイラつくテツは頭をかき息を大きく吐く。
「親父よぉ~俺に会いにきって覚悟出来てるんだろうな」
「あぁ歓迎なんて期待してない。しかしテツ、お前すっかり魔王が板についてるじゃないか。まさか自分の嫁さん殺すなんてな」
後ろでは先程まで怒り狂っていたシゼルがニノの亡骸の前で膝をつき震えていた。
「俺はよぉ~本当に面倒でイラつく人生生きてきたんだ。だから好き勝手出来る今を奪おうとする奴は誰だって許せねぇ!! ニノだって例外じゃねぇ……俺は幸せになるんだ」
「テツお前幸せか」
「あぁ幸せだ!! 世界中誰に命令しても言う事を聞き女は食い放題!! 男にとってこんな幸せな事があるかよ。器が小さいと言われた事もあるが、それが俺なんだ」
嘘や虚勢ではなく本心から言っているとソウジはわかる。少なからずソウジもテツと似たような道を歩んできた。親子の前に気持ちはわかる。
「そうか。親としては辛いな、息子の幸せを奪うのが」
義理とはいえ娘を殺された。義理ではなく実の血を分けた息子に。出会って長くはないが可愛い娘だった。気さくで大雑把で豪快、こんな自分を父親と言い共に歩いてくれた娘が殺された。
「この馬鹿息子がぁ~拳骨だけで済むと思うなよぉ~」
親を名乗る資格もない、息子と言葉にする資格もないが自然と言葉が出て足も出た。テツとソウジは相対する。互いに老人となり長年の思いと力が詰まった老兵同士は近付いていく。
「今更親父顔するのかぁ~糞親父てめぇも殺してやろうか!!」




