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意識を失うが体の隅々まで残る痛みだけは感じながらソウジはニノにキャッスルロックまで運ばれていた。硬い木製のテーブルの上に乗せられ腹部に受けた一撃の具合をロックが確かめるがウィルの甲冑が優秀だったのか深くはない。
ソウジが目を覚ますまで時間はかからなかったが痛みで動けずにいた。受けた傷ではなく全力疾走に筋肉を連続で使いつづけた結果、年老いた体は回復が遅く永遠と鈍い痛みに苦しみながら首だけ上げていく。
「いやぁ久しぶりじゃないかニノちゃん」
「確かにな。最近は馬鹿亭主の討伐準備に忙しくてな」
カウンターに座り楽しげに喋るニノの背中に微かに声を出すと椅子から立ち上がりソウジの前に膝を突き頭を下げた。何事かと思い痛々しく声を発する前にニノが言葉を出す。
「始めまして父上。私は貴方の息子テツの妻ニノ・クライシスと申します。だいたいの事情は娘のシゼルから聞いております」
「へ、ハハハ!! 孫と会ったと思ったら竜で次は娘まで出来てたか~いてて……ニノさん、テツと一緒になってくれてありがとう」
悲鳴を上げる背中の筋肉と骨を気合で持ち上げ上半身だけ起こすと自身の体の弱さを実感してしまう。少し走り、激しく動き攻撃を繰り出しただけで全身が縛られたように動かない。
「父上、その大変申し上げにくいのですが……息子さんのテツをぶっ倒そうと思います」
「あぁその丁寧な喋り方よしてくれ。テツの野郎が悪さしてるんらしいな」
「では父上!! あの馬鹿者はとにかく酷い!! 昔から正義に目覚めるタイプではなかったが力や権力を手に入れて悪い方向に変わった。娘とテツの元を出て反撃の機会を探ってる最中だ」
深い溜息を吐き現状を整理すると息子が悪の大魔王になり嫁と子供がそれを止めるために頑張っているというわかりやすい構図になった。祖父として黙って見てるわけにはいかないが老体の身ではと考えていると。
「あんたその顔はなんとか子供の力になれないかって顔だね」
「なんだよロック、まぁそうだけどよ、こんな年老いた体じゃなぁ」
「こんなのあるんだけど」
ロックがテーブルに一本の注射器を置くと見覚えがる。ニックが打ち豹変した注射によく似ているが中身が薄紫と不気味な色。
「こいつはまず肉体を強化してくれる薬さ、ある特別な武器を扱える契約者ってのをウィルの爺さんが研究してサンプルから作りだしたらしい。効果は保障するけど……副作用がね」
ロックが言いたい事はなんとなく予測がついた。強制的に肉体を強化するだけでも危険な上に老人の体に使用したらろくでない事が起きるのは素人でもわかる。
「ロック。そいつを投与し続け体を慣らせばどれくらいの肉体の強化が見込まれるんだ」
「正確にはわからないが、筋肉の要塞ぐらいは出来るらしい。体力も鍛えれば飛躍的に伸びるってまさに夢のような薬さ」
「うむ。何本か回してくれ」
「ちょっと待て!!」
ニノが勢いよくテーブルを叩くと乗っていたガラスのコップが落ち砕け散る音が響きソウジを見る。
「父上何を考えているんだ!! こんな物を使用すればどーなるかわからないんだぞ!!」
「ニノよ。それじゃ俺は息子の悪事を見逃し娘と孫に任せて隠居生活をしろって言うのか」
「そうだ。金なら心配するな」
ソウジは少し俯き考えを巡らせた。娘と孫の隠居生活なんて夢にまで見た老後だった。静かにどこかの小屋で暮らしたまに会いにくる孫を出迎える……悪くはない。
「こいつは俺のちっぽけなプライドだ。ジジイが子供達だけに戦わせるなんて我慢ならねぇ、そりゃ俺は弱いし頼りにならねぇよ。でもよ、せっかく出来た親子なんだぞ……俺は嬉しくてよ」
拳を握り締め噛み締めるように一言づつニノに伝えていく。
「こんな俺になお爺さんってシゼルは言ってくれた。父上とお前が言ってくれた。血の繋がりなんてあるかまだわからないが嬉しくてよ。本当に嬉しかったんだ」
「いやしかし父上」
「それにどうせ老い先短い老人の身はこーゆ時開き直れるんだぜ。馬鹿息子ぶん殴りにいけるってな!! ニノ、まず戦い方教えてくれないか?」
腕を組みふてくされた顔をしながら横を向くと静かに頷く。
「一応訓練はする。だがそこで私が駄目だと思ったら諦めてもらうぞ父上。戦いでの無能な部下は強力な敵よりも厄介だからな」




