レベッカの頼み
普段の行動も早い領民たちであるが、宴の準備になると特に早い。
中央広場では長テーブルや長イスが次々と設置されていくので、俺はそれらを拡大していく。
正直、今日はスキルを使い過ぎたのでちょっとだるくはあったが、領民たちの楽しそうな顔を見ると、そんな疲れは一瞬で吹き飛んだ。
そして、長大なテーブルにはそれぞれの家庭で作った料理が持ち寄られる。
日頃から料理を作り慣れているフェリシーやリバイ、オリビアが大活躍してたくさんの料理が並んでいった。
俺はそれらに拡大をかけたり、今回もガルムのリクエストに応えて肉を拡大にして丸焼きにしたり。途中でグラブとベルデナが巨大なイノシシを狩ってきてパニックになるアクシデントはあったものの準備はつつがなく進んでいった。
あっという間に空は闇色に染まり、広場ではキャンプファイヤーの火が灯る。
テーブルの上にはメトロ鉱山で手に入れた、光石を設置し、光量を拡大する。
すると、傍にいたメアが反応する。
「これはなんですか?」
「メトロ鉱山でとれた光石だよ。小さな灯りでも俺がスキルを使えば強い光になる」
「触れても熱くありませんし、これはとても便利ですね」
「ああ、近い内に領地に設置する予定だよ」
明るい光を放つ光石にメアだけでなく、領民も興味深そうにしている。
特に目新しい灯りに子供が面白がって集まっていた。実に和やかな光景だ。
本当は広場に拡大させた大きな光石を置いてもいんだけど、せっかくキャンプファイヤーを作ってくれていたし、炎の光というのも温かで良いものだからね。
今後の領地に設置していくためのお披露目も兼ねているが、今回はあくまで補助に使う。
「全員に飲み物は行き渡ったかぁ? よし、問題ないな! そういうわけでノクト様、乾杯の音頭を頼みます!」
グレッグの威勢のいい声が響き渡り、バトンを渡される。
うん、今回もそうなる流れだと思っていたので、さすがに前回ほど緊張はしない。
「今回の疑似戦争で戦ったのは少数だけど、実際には多くの領民に支えてもらった。そして、こうして勝利をつかみ取ることができたのは皆のお陰だ。本当にありがとう。俺たちの勝利、そしてこれからのビッグスモール領の繁栄を願って、乾杯!」
「「乾杯!」」
領民たちの声が重なり、近くにいる者たちと酒杯をぶつけ合う。
俺も近くにいるメアやベルデナ、グレッグだけでなく、たくさんの領民に囲まれて酒杯をぶつけ合った。
力強くぶつけ合い過ぎたせいでお酒が少し零れてしまったが、それも愛嬌というものだ。
長い乾杯を終えると、俺はようやく酒杯に口をつけることができた。
「ふう、勝利の後の酒はおいしいや」
疑似戦争に勝利したその夜にやったからだろうか。勝利の余韻が色褪せていないので、酒がとても美味しく感じられた。
オークキングの時にも宴は開いたけど、やはりあまり日を開けない内にやるのが一番だ。
領民たちもとてもいい笑顔をしているし、勢いに任せて今日やって正解だったな。
とてもいい笑顔で語り合う領民や、美味しそうに料理を食べる領民を見て、俺は笑顔になるのであった。
◆
「領主様! 酒を増やしてくれんかのぉ!」
「いいよ」
料理を食べていると、ローグとギレムに呼ばれたので俺はすぐに駆け付ける。
今日は疑似戦争の祝いだ。今日ばかりは酒の拡大も制限はしない。
というか、費用は全てビッグスモール家の資金なので、酒を拡大して増やさなければ破綻するのは目に見えていた。
ラエル商会の酒の売り上げは下がるが、事前に了承はもらってあるし、今日はめでたい日なので特別だ。
広場に積まれた酒樽を俺は拡大で大きくしてやる。
すると、一メートルサイズの酒樽が、五メートルほどの大きさになる。
ここまで大きくなると最早家だな。
こんな量を誰が呑むのだと言いたいが、ここにいる領民たちとドワーフがいれば容易に呑み切れるのが恐ろしい。
「うおおおおおおおお! 酒の神が降臨しおったわ!」
「呑んでも呑んでも酒が減らんとはここは天国じゃのぉ!」
拡大された酒樽を見てローグとギレムが興奮の声を上げる。
既に酔っているんじゃないかというような叫びようであるが、ドワーフからすればそれほど嬉しいのだろうな。
さてさて、酒呑みばかりを喜ばせてはいけない。領民の中には酒が苦手なものや、飲めない小さな子供もいるからな。
「子供たちはルデナのジュースが飲み放題だぞー」
「「わーい!」」
ルデナのジュースが入った樽を拡大すると、今度は子供たちが喜びの声を上げる。
子持ちの母親や父親がそれを微笑ましそうにしながらジュースを注いでくれていた。
「ノクト様、今度はこっちの肉をお願いします!」
「わかった」
今度はガルムに呼ばれて移動し、テーブルに並んでいるステーキを拡大。
すると、食べ盛りの領民たちが嬉しそうにそれらを食べる。
『ノクトの領地の宴とはいいものだな。人間の姿とはいえ、量を気にせず食べられるのは久方ぶりだ』
隣では今しがた拡大したばかりのステーキを食べて満足そうにしているグラブがいる。
「満足してくれているみたいで良かったよ。今日はグラブも活躍してくれたし、足りなくなったら遠慮なく声をかけてくれ」
『ああ、そうさせてもらおう』
聞けば、グラブはライアンだけでなく、他の冒険者や傭兵も一人で押さえていたとのことだ。
俺とベルデナが気負うことなく敵陣を奇襲できたのも、彼の存在が大きい。
そんな彼を労ってあげるのは当然だ。
「ノクト=ビッグスモール殿」
しばし、領民たちの希望に応えて動き回っていると、凛とした声をかけられた。
振り返ると、そこには王国徴税官の制服を身に纏ったレベッカがいた。
「レベッカ殿、どうかされましたか? もしや、俺たちの宴に混ざりたくなったとか?」
「いえ、そのような用で参ったわけではありません」
などと生真面目に否定したレベッカであるが、胃袋は正直なのか空腹を訴えるように鳴いた。
レベッカの顔がみるみる内に赤く染まる。
「……どうせ、今日はうちの領地で泊まりますよね? 料理もたくさんありますし、食べてもらっても大丈夫ですよ」
既にもう日は落ちている。今から王都に戻ることはできないし、近隣の村や街に行くことはできないだろう。
「……ありがとうございます。要件が終われば、後ほどいただくことにします。宴の最中にすみませんが、少しだけ時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
こちらを心配そうに見るメアに視線で大丈夫だと告げて、俺は一時広場から離れる。
キャンプファイヤーの光がギリギリ届くくらいまで離れると、レベッカは立ち止まった。
「こちらはハードレット家の誓約書になります。メトロ鉱山にある領地の境界線にあるすべてのマナタイトはビッグスモール家に採掘権があることを認めたものです」
「ありがとうございます」
レベッカから差し出された誓約書を見ると、そこにはハードレット家の朱印が押されていた。
なるほど、先にノルヴィスに朱印を押させてから、こちらにやってきたのか。
レベッカがこのような夜にやってきたのも頷けるものだ。
できる女性だけあって仕事が早いな。
「残りの一枚の誓約書は私が持ち帰り、王城で現状に保管します。ノクト殿も異論はありませんね?」
「ありません。今回は見届け人としてご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ、私が自分で志願したことですから。それよりもあなたのスキルについてですが……」
「なにかわかりましたか?」
「正直、よくわかりません。突然巨大化した槍を作ったり、防壁を建てたり、巨大な陣地を即座に組み上げたり……話に聞けば自身の身体や他人の身体を小さくしたりとあったり、共通点がなさすぎます」
ふむ、もっとじっくり見ていれば何かしらの物体を大きくするものと推察できただろうが、あれだけ離れていた距離では細部までの観察は難しかったか。
巨大な防壁に囲まれていたし、俺もほとんど前線に出ていなかったしな。
「ですが、ノクト殿のスキルが規格外だというのはわかりました。あなたはそのスキルを駆使して領地を発展させてきたのですね?」
「ええ、そうです」
さすがにあれだけ見れば、領地にある防壁や民家がスキルによるものだとわかったのだろう。
だが、レベッカはスキル以前に根本的な勘違いをしている。それだけは正さずにはいられない。
「ですが、一つ訂正する点があるとすれば、スキルのお陰というわけでもなく、この何もない領地にやってきて協力してくれた領民たちのお陰ですかね。どれだけ優れたスキルがあろうとも俺一人でやれることには限界がありますから。領民がいてくれてこその今の領地があるんです」
俺の持つ【拡大&縮小】スキルは確かに万能だ。しかし、たとえ一人の力が強力でも、それを支えて、活かしてくれる仲間や領民がいないと何もすることはできない。
メアがいるから俺は快適な生活を送ることができるし、ベルデナがいるから俺は安全に過ごすことができる。鍛冶師のローグやギレムがいるから、民家を建てることができているだけで、俺一人の力でやれることなんてたかが知れていた。
今の領地は領民がいてくれてこその結果なのだ。
「そうですね。疑似戦争に参加していた領民や、あそこに集っている領民たちの顔を見れ ばわかります」
「いえ、こちらこそ細かいことを言ってしまいすみません」
「ノクト殿は非常に民想いな領主なのですね」
下げていた顔を上げるとレベッカが優しい表情をしながら言う。
突然の柔らかい表情と言葉に俺は驚いた。
「私はノクト殿のことを疑っていました。自分の富のことしか考えていない他の領主と同じだと。しかし、あなたは違った。民を大切にし、民のための統治を行って領地を繁栄させているのだと」
「それは領主として当たり前なのでは?」
民があっての領地だ。民を蔑ろにする統治などあり得ない。
「その当たり前ができていない領主が非常に多いのですよ」
そのように言うと、レベッカはどこかほの暗い瞳を浮かべながら告げた。
徴税官を務めているレベッカにも色々と苦悩があるらしい。
「ノクト殿に頼みたいことがあります」
「なんでしょう?」
「他人のスキルを詮索するのは失礼なのですが、あなたの所持しているスキルを教えていただけませんか?」
「それをレベッカ殿が知ってどうするのです? ビッグスモール領の税を変更したいのですか?」
前回はスキルによる力を明かさずに、当面の税収の免除を行ってもらったからな。
一度領地が壊滅したとはいえ、今の領地は十分に復興しているといえる。
それがスキルによりものとはいえ、前回の誤魔化しは少しグレーだ。
レベッカに富を肥やすためと捉えられてもおかしくはない。
「いえ、特別なスキルがあるとはいえ、ここまで復興させるにはスキルだけでは困難であったはずです。前回申した通り、税はしばらく免除のままで結構です。その代わり……」
ふむ、別に税を変更したいわけではなかったか。
しかし、扱い的には少しグレーだ。
こういった特別なスキルがある場合は大抵なんらかの特別な処置がとられる。
俺のスキルで異様な立て直しを行っているとはいえ、今多大な税をとられるのは復興の妨げにもなってしまう。
レベッカにそこまでしてもらっている以上、明かさないというのも悪いな。見届け人の件での礼もある。
誠実な性格だとはわかっているが、ついそのようなことを考えてしまうな。
俺は少しの間迷った挙句、レベッカにスキルを教えることにした。
「俺の持っているスキルは【拡大&縮小】というものです。あらゆる物体や事象を大きくしたり、小さくしたりすることができます。制限はありますが、それは人体や魔力にも干渉することが可能です」
「なるほど! ノクト殿が巨大な防壁を作りあげたのではなく、小さな防壁を大きくしていたりしていたのですね!?」
スキルを知ったレベッカが驚愕の表情を浮かべながら尋ねたので、俺は静かに頷いた。
「で、レベッカ殿はこのスキルで俺に何をしてほしいのですか?」
彼女の目的が税の変更でなければ、彼女に他の真意があるはずだ。
「今の王国は様々な問題を抱えています。あなたのその規格外のスキルでそれらの問題の一部でもいいので解決してほしいのです」
改めて尋ねると、レベッカは真意を明かしてくれた。
俺のスキルを利用しての問題の解決であったか。
ビッグスモール領の異様な発展ぶりを見て、誰かがそのような接触をしてくるのではないかと思っていた。
「まだ私が詳細な報告をしていないので正式決定ではありませんが、国王様はノクト殿を王城に召集するつもりです」
レベッカの口から衝撃の情報を聞いて、俺は空を仰ぎたくなる。
まさか既にこの国の王にまで話が上がっているとは思わなかった。
王が招集をかけるとあっては断るわけにもいかないな。




