王の凱旋
一騎打ちによってノルヴィスを倒した俺は、ベルデナを連れて自らの陣地に戻った。
勿論、帰りは隠れる必要はないので元の姿で堂々とだ。
「ノクト様! やりましたね!」
陣に戻ってくると領民たちがずらりと並んでおり、一番にメアが駆け寄ってくれた。
「ああ、スキルのお陰で最小限の戦闘でノルヴィスを倒すことができたよ」
「まさか王である領主様が敵陣に乗り込んでいるとは敵も思わなかったでしょう。なあ、ライアン?」
「ええ、驚きました。いつの間に陣を抜けて、俺たちの陣に奇襲をかけていたのか」
グレッグの横には悔しそうにしているライアンの姿が。
「それにしてもグレッグはボロボロだね」
俺のことを誇るように言っているグレッグであるが、その鎧は酷くボロボロであちこちに傷を作っていた。
対するライアンもそれなりに傷はあるようだが、グレッグよりかは酷くはない。
「生意気な後輩が先輩に対して酷いことをするもんでね」
「グレッグさんがこそこそとした立ち回りをするからですよ」
「Aランクになったとはいえ、泥沼の対人戦に関してはまだまだ甘いな。それに昔の癖も抜けきってねえ。だから、俺なかに粘られるんだよ」
「むむむむむむむ!」
俺とベルデナが敵陣に攻めている間に、グレッグは自警団の団員とライアンを相手にして時間を稼いでいてくれたようだ。
迎撃戦で怪我があったにもかかわらず奮戦してくれて感謝だ。
「それよりもこの男性は何者なのですか……防御スキルを使っているのに攻撃が重く、まったく相手になりませんでした」
グレッグとライアンがじゃれている横では、全身鎧と大盾をひしゃげさせられて涙目になっているロックスがいた。
『何者と言われても酒場のマスターであるとしか答えようがないな』
「絶対嘘ですよ。酒場のマスターがあんなにも強いはずがない!」
ロックスが抗議するがどこ吹く風とばかりに誤魔化すグラブ。
楽しそうに笑っている彼の顔は、戦う前よりも艶々としているように見えた。
人間の姿とはいえ、Aランク冒険者を相手に思いっきり暴れることができて満足らしい。
相手がレッドドラゴンと知らずにボコボコにされたロックスには同情しかない。
これにはグレッグもロックスの肩に優しく手を置くだけだった。
「にしても、完敗でしたよ。領地の自力の差、戦力差、資金差があったのに攻め切ることができないなんて言い訳のしようがありませんね」
「領主様のスキルが何かはわかりませんがとんでもない性能ですね。それに領民たちの連携も素晴らしかったです」
「へへ、俺たちの領地を舐めんじゃねえよ」
「なんでグレッグが言ってるのさ」
ライアンとロックスの賞賛を受けて自慢げに胸を張るグレッグ。
そして、それを突っ込むベルデナの声で周囲にいる皆が笑った。
自分たちが負けても素直に賞賛し、笑い合うことができる。やっぱり、グレッグの後輩だけあって気持ちのいい人たちだな。
さて、疑似戦争が終わった以上は、ここに長居をする必要はない。
皆も疲れているだろうし自陣を縮小して撤収したいところであるが、その前にやることがある。
「メア、怪我人がいれば集めてくれないか? 今すぐ治療してあげたい」
見渡した限りだとグレッグの他にも肩や腕を押さえている領民がいる。激しい攻防で傷ついているのだろう。
「ですが、ノクト様のお身体は大丈夫ですか?」
「あと少しなら使えるよ。大丈夫、しんどくなったらすぐに休むから」
俺がそのように言うと、不安そうにしていたメアは表情を和らげた。
「……わかりました。では、怪我の酷い人を優先的に集めますね」
「ああ、頼むよ」
俺とメアは怪我をした領民の治療を終えると、陣を縮小で手早く片付けて領地に帰還した。
◆
「「領主様、疑似戦争の勝利、おめでとうございます!」」
疑似戦争を終えて領地に帰ってくると、領民のほぼ全員と思える人数が出迎えてくれた。
まさか領民たちがこんなことをしてくれるとは思わず、俺は思わず目を丸くしてしまう。
「これが勝利の凱旋ってやつかな。ちょっと涙が出そうになったよ」
生まれて初めての経験にちょっと涙ぐむ。
領民たちにこのように暖かく迎えられることがとても嬉しい。
「前回もやろうとしたみたいですが、ノクト様が倒れていてそれどころじゃありませんでしたから」
「そうだったんだ。それは悪いことをしたね」
前回のオークキングとの戦いでは俺がスキルと魔力を消耗したせいで、最後にぶっ倒れていた。領主である俺が倒れていてはこのような凱旋はできなかっただろう。
だけど、今回は俺も倒れることなく帰ってくることができている。俺だけでなく、共に戦ってくれたものも祝われているのが嬉しかった。
「ノクト様、疑似戦争の勝利を祝って今夜は宴なんてどうですか?」
領民たちの暖かい声にじんわりとしたものを感じていると、グレッグがそのような提案をしてくる。
「宴をすることは構わないけど、さすがにこれからっていうのは急すぎないかい?」
なにせ激しい戦いを終えたばかりだ。その日の夜にやるっていうのは疲れているんじゃないだろう
か?
明日の夜とか疲労が抜けきった日にやった方がいいのではないか?
グレッグから提案を受けるも、日本人気質が抜けない俺はそのようなことを考えてしまう。
「ノクト様とメアさんのお陰で怪我人もいませんし、少なくとも 戦っていた奴等は一刻も早く祝いたがっていますよ? なあ、お前ら!」
「勝利の余韻を最大に感じている今日にやりたいです!」
「またノクト様の作ってくれた大きな肉とたらふくの酒が呑みてえ!」
グレッグだけでなく疑似戦争で戦ってくれていた自警団や残りのメンバーもそのような声を上げ
た。
「「宴! 宴!」」
さらには戦っていたものだけでなく、それを支えてくれた他の領民からも唱和の声が。
皆の期待のこもった眼差しが突き刺さる。
「いいんじゃないでしょうか、ノクト様。今回は誰も怪我人もいませんし、急いでやるべきこともありません」
「そうだよ! 今日はお腹いっぱい食べて皆でお祝いしよう!」
メアやベルデナもそのように言ってくる。
こういうのは勢いが大事だ。なにより領民たち自身がそれを望んでいるのであれば、領主としてそれに応えるべきだろう。
「わかった! それじゃあ、今夜は宴だ!」
そのように宣言すると、メアやベルデナ、グレッグだけでなく領民たちが喜びの声を上げた。そして、それぞれが準備をするべく声をかけ合って動き出した。




