王の一騎打ち
「ベルデナ、ノルヴィスのいる位置はわかるかい?」
レジーナを倒した俺とベルデナは部屋を出ると、縮小で小さな身体に戻って敵陣内を走りつつ尋ねる。
ベルデナは目を瞑って耳を澄ませると、すぐに教えてくれた。
「あっちの奥の部屋からおじさんの声がする!」
どうやらノルヴィスの控えている部屋とは距離が近いようだ。とても運がいい。
「その部屋に敵は何人いそうだい?」
「多分、四人? いや、外に一人気配がするから五人かな?」
「わかった」
ベルデナに先導してもらいつつ廊下を進んでいくと、彼女の予想通り扉の前には一人の男性が立っていた。
ノルヴィスの屋敷に呼ばれた時に護衛として控えていた男性だ。
あいつがいるということは間違いなく、あの部屋の中にノルヴィスがいる。
「どうする? 一本道だとさすがにバレるかも」
俺たちが隠れている角からノルヴィスの部屋までは一本道であり、他に障害物は何もない。
いくら護衛が暇そうに欠伸を漏らしているとは、小さな人影が近づいてくれば気付く。
「よし、俺があいつの視線を逸らすからベルデナは接近してやっつけてくれ」
「わかった! じゃあ、行ってくる!」
そう言うと、ベルデナは何も疑うことなく突撃する。
その彼女の信頼と純粋さを嬉しく思いながら、俺は護衛の男に手をかざす。
「拡大」
彼の履いているズボンを拡大。
自分の腰よりも遥かに大きくなったズボンはストンと彼の腰から落ちた。
「おおっ!?」
このスキルは相手の身体に干渉するには抵抗を受けるが、魔力的な効果を持っていない装備品ならば余裕で干渉できる。
護衛の男の意識が逸れ、視線が真下に向いた隙にベルデナの身体を拡大。
小さくなっていた彼女は元の人間サイズに戻り、驚異的なスピードで肉薄し、護衛の男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「――ッ!?」
護衛の男から苦悶の声が漏れたのでそれを縮小。
男は何一つ物音を立てることなく静かに倒れた。
「……つまらぬものを拡大してしまったな」
思わず某怪盗の仲間のような台詞が漏れてしまう。
目の前ではズボンを下ろしたまま倒れ込んだ男の姿があった。あまりにも哀れだ。
このスキルを得てから一番しょうもない使い方だった気がする。
不意をつくためとはいえ好んでやりたくないものだね。
「このまま中に入って、私が倒してこようか?」
ベルデナが小声で言ってくる。
俺とベルデナが不意を打てば確実にノルヴィスや中にいる護衛を倒すことができるだろう。
しかし、ここまできた以上最後までベルデナにやってもらうのはしっくりこない。
ノルヴィスには今までうちの救援要請を無視し、都合よく防波堤にしてくれた恨みもある。
「ごめん、これは個人的な感情になるけど、俺はノルヴィスを一人で倒したい」
「……わかった。ノクトはそう言うなら私は手を出さないよ。周りの人を片付けるね」
「ありがとう」
俺の酷く個人的な感情にもかかわらずベルデナはすんなりと頷いてくれた。
自らの手でノルヴィスへの恨みや、この疑似戦争の決着をつける。
領主としてあるまじき行動かもしれないが、俺が区切りをつけて前に進むためにもそうする必要がある。
俺は自らの身体に拡大をかけて元の身長に戻る。
そして、ノルヴィスが控える部屋の扉を開けて中に入った。
「こんにちは、ハードレット様」
「ぶふっ、ノクト=ビッグスモール! どうしてお前がここにいる!?」
部屋に入ると、ノルヴィスは椅子に腰かけて優雅にワインを飲んでいたようだ。
しかし、突如俺が入ってきた動揺でワインをこぼし、慌てて立ち上がる。
そこにいた貴族の優雅さは途端に霧散した。
「さあ、どうしてでしょうね? 陣だけでなく警護体制も緩いのかもしれません」
「ぐぬぬぬ! 領民に逃げられた情けない領主風情が調子に乗りよって!」
開幕の一撃で必死になって作った陣を半壊させたことを煽ると、ノルヴィスは歯噛みしながらも煽り返してくる。
確かにそれを言われると耳が痛い話であるが、今の俺には新しい領民や仲間がいる。
そんな台詞でムキになる俺ではなかった。
「どこからやってきたのかは知らんが、女なんかを連れて敵陣にやってくるとは愚か者め! ここでお前を倒して勝負は終わりだ!」
ノルヴィスは余裕の表情を浮かべながら、後ろに控えている護衛たちに合図を出した。
すると、護衛の男たちが動き出した。
人数からすればこちらの戦力は二人。それに比べて敵は護衛だけで三人もいる。
ノルヴィスが戦わなくても戦力的には圧倒的に不利。
しかし、それはこちら側の護衛がただの女の子であればだ。
「ベルデナ」
「任せて!」
敵が動くよりも前にベルデナが動いていた。
彼女は並外れた脚力で敵の懐に潜り込み鳩尾に拳を叩きこむ。
先頭の男がぐったりと倒れる前に、二人目へと速やかに移動して顔面を殴った。
三人目の男は果敢にも木剣を振り下ろしにきたが、拳でそれを砕かれ、そのまま殴られて壁にめり込んだ。
自慢の護衛が一瞬でやられてしまったことがショックだったのか、ノルヴィスが目を剥いている。
「たった二人でやってきたんです。こっちだってただの女の子を連れてくるわけがないでしょう?」
ベルデナを足手まといのように勝手に見られて正直ムカついたので、これくらいの皮肉は言っても構わないだろう。
「ぐぬぬぬ、女の後ろに隠れるだけとは卑怯者が!」
「弱小領地の後ろに隠れて甘い汁をすすっていた情けない領主がそれを言いますか?」
「おのれ、一騎打ちで戦え! その増長した性根を叩きなおしてくれる!」
俺がそのように言い返すと、ノルヴィスは顔を真っ赤にして腰にある木剣を抜いた。
「いいですよ。俺もそのつもりでしたしね」
ノルヴィスの提案を受ける必要などないが、俺の個人的な感情を整理するために引き受ける。
俺が木剣を構えると、事前に言い含めていたお陰かベルデナが下がってくれた。
十メートルにも満たない距離感で俺とノルヴィスは睨み合う。
俺が負けてしまえば疑似戦争は負けてしまう。
負ければマナタイトの採掘権は奪われる。
ビッグスモール領が得られるはずだった利潤はなくなり、今後もメトロ鉱山での採掘はやりづらくなるだろう。
その上、これだけ派手にハードレット家とやりやったのだ。
他の貴族も噂を聞いて、ビッグスモール領とは様々な取引をしなくなるかもしれない。
性根の悪い目の前の男は敗者に容赦などするはずもなく、遠慮なく悪い噂をあることないこと振りまくだろう。
領民のこれからの生活がこの戦いにかかっている。そう思うとかなりのプレッシャーではあるが、不思議と負ける気はしなかった。
俺だって領主としての仕事をやりながら、自主稽古やベルデナとの稽古を行ってきたのだ。
多少、剣に覚えのある程度のノルヴィスなんかに負けたりはしない。
「はあああああああっ!」
先に仕掛けてきたのはノルヴィスだ。
上段から木剣を振り下ろしてきたので、俺はそれに合わせていなす。
しかし、相手もそれを理解してか完全に体重を乗せることなく、素早く引いて次の薙ぎ払いや突きといった攻撃を繰り出してくる。
俺はそれを冷静に見極めて木剣で弾き、いなす。
身体の大きさの割に動き出しは素早く、剣の振りも素早い。
だけど、あまり実戦に慣れていないのだろう。
ノルヴィスの剣はあまりにも型通りで予想がついた。
貴族としての責務を果たすことなく、後ろに隠れ続けた男の剣。
こんな剣、父さんや兄さんに比べればなんでもない。
領主としての責務を果たし、前線で戦い続けた父の剣は多彩だった。
型通りの剣など一つとしてなく、こんな風に俺がいなすことができたことは一度もなかった。
時期領主としての自覚を持っていた兄の剣は、領民を守るために誰よりも力強く、速かった。こんな風に真っ向からぶつかり合ってまともに打ち合えることがなかった。
俺にとって誰よりもカッコよく、領民のために戦っていた二人はもういない。
父さんや兄さん、俺も含めて力不足だった。
でも、ノルヴィスが領主としての責務を果たして、俺たちの領地を援助してくれれば状況は変わっていたかもしれない。
あの二人が生きていた、あるいはどちらかが生きていた。
元の領民たちに逃げられることもなく、今のように繁栄させることができたかもしれない。
そんな仮定の未来を考えてしまう自分がいる。
これは自分の力が足りなかったことの八つ当たりなのかもしれない。
だけど、この男にもう少し人としての優しさや領主としての責任感があれば、違った未来があったのかもしれない。
そう思うととても悲しくて悔しかった。
そんな自分の心の弱さを、未練を断ち切るためにも、俺はここでノルヴィスを倒す。
「はあっ!」
ノルヴィスの連撃の隙間をついた渾身の薙ぎ払い。
それはノルヴィスの手にしていた木剣を弾き飛ばした。
動揺し目を見開いているノルヴィスの首筋に俺は木剣を突きつける。
「俺の勝ちです」
「…………参った」
俺がそのように宣言すると、ノルヴィスはその顔に様々な感情を乗せて、押し殺すように敗北の言葉を漏らした。
正面からやられてはどれほど文句を言おうと、みっともないことに気付いたのだろう。
王であるノルヴィスから敗北の言葉を聞いた俺は、勝利を宣言するべく退室しようとする。
「ノクト、後ろ!」
「フハハハハハ! バカめ! これで俺の勝ちだ!」
ベルデナの焦った声で振り向くと、ノルヴィスが木剣を拾って後ろから斬りかかってきた。
プライドの高い男の割に素直に負けを認めたと思いきや、そのような意図があったのか。
一騎打ちを挑んでおきながら、その勝負を自ら汚す行いに怒りを通り越してほとほと呆れた。
俺はバックステップでノルヴィスの剣から逃れようとする。
しかし、相手の剣の範囲から逃れるには至らない。
だから、俺はノルヴィスの木剣に向けてスキルを使うことにした。
「縮小」
すると、ノルヴィスの持っていた木剣が小さくなった。
刀身が五センチにも満たない剣では、俺の身体に触れることもできなかった。
「なぬっ!?」
振り下ろしていた剣の重みが変わったせいでバランスを崩したノルヴィスは、そのまま前のめりに倒れ込む。
そして、俺は自らの木剣を大きさと硬度を拡大。
自分の身長ほどの大剣を作り出すと、倒れ込んでいたノルヴィスの顔の横に思いっきり突き刺した。硬度の増した大剣は石造りの床を大きく抉る。
一騎打ちでは敢えて使わなかった反則的なこのスキル。負けた後に後ろから斬りかかるような外道には渋りはしない。
「ひ、ひいいっ! 俺が悪かった! こ、降参だぁっ!」
ノルヴィスの口から漏れた悲鳴を俺は即座に拡大して拡散。
敵陣だけでなく、離れたところにいる領民や見届け人のレベッカにも声は聞こえただろう。
「ノクト=ビッグスモールだ。敵陣にて王であるノルヴィス=ハードレットを打倒した。この戦いは我がビッグスモール領の勝利である!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
自らの声を拡大し、疑似戦争の勝利を高らかに告げると、自陣の方から領民たちの勝鬨の声が上がった。




