敵陣への侵入
ヤンマガWEBにて本日からコミカライズスタートです。
「……ノクト、深い谷がある!」
「敵が作った堀だね」
小さくなった俺たちからすれば深い谷のようにみえるが、実際はただの堀だ。
「どうする? どこか低いところを探す?」
今の俺たちからすればあまりに大きな障害。しかし、この小さな身体で陣を一周して確認していては時間がかかり過ぎる。それに俺たちの陣みたいにきっちりと周りを掘っている可能性もあった。
「……いや、ここはスキルを使って進むよ」
俺は目の前の地面に拡大スキルを発動。
すると、目の前の土が隆起して、細い土の一本道が出来上がった。
「ここを渡ろう」
「うん」
防壁から見下ろしても目立たないかもしれないがリスクのある行為だ。見つからないうちに渡ってしまうに限るな。
俺とベルデナは隆起した土の橋を一直線に走る。
下を見れば深い堀が見えている。元の姿ならともかく、今の俺たちが落ちてしまえば怪我じゃ済まないだろうな。
などと考えていると、不意に強い風が吹いた。
「うわっ!」
「大丈夫か、ベルデナ!?」
「うん、ちょっと風の強さにビックリしただけだよ」
「また風が吹く前に急いで渡ろう」
少しの風であっても小さな身体になっている今の俺たちには十分な強風だ。
また風が吹いてしまわないうちに俺たちは速度を上げて渡った。
「あはは、焦ったけど楽しかったね」
橋を渡りきるとベルデナがからりと笑う。
危うくバランスを崩して落下しかけたというのに、どうしてそんなに楽しそうなのか。
ククルアやハンナも葉っぱから落ちたのに笑っていたよな。
うちの領地の女性は皆肝が据わっているのかもしれない。
「俺はぜんぜん楽しくなかったよ」
「えー、そう?」
ただの風でこんなに背筋がヒヤリとしたのは初めてだ。
今度、同じようなことがあったらスキルをケチらずに、橋の幅を広くするか手すりまでつけようと思う。風で転落して死亡とか笑えない。
「あっ、ノクト! ここの壁に隙間があるよ!」
ベルデナの指さしたところを見ると、アースシールドの間に僅かな隙間があった。
勿論、人が通れるような隙間ではないが、今の俺たちの身長なら余裕で通り抜けることができる。
「よし、そこから侵入させてもらおうか」
アースシールドの隙間へと入っていく。まるで、路地裏にいる猫になったような気分だな。
やがて壁の隙間を通り抜けると、ハードレット家の陣が見えてくる。
陣を警戒している人数はそれほど多くないようだ。
ただでさえ、無茶な陣の建造で戦力が減っている上に、戦力の大部分を突撃に回している。
防壁の上を警戒している人数から考えると、陣内には十人いるかいないか程度だろうな。
奇襲して不意を打てば十分に何とかなる数だ。
俺とベルデナは陣内にある草に紛れながら近づく。
「どこから入る?」
「二階の窓が空いているからあそこから侵入しよう」
石造りの建物を見上げると、二階の窓が一つ空いているのがわかる。
小さな身体であれば隙間から侵入できる。
俺たちは窓の下にある建物の壁に寄りそう。
「拡大」
それから足元にある地面に拡大を施す。
すると、地面がせり上げってエレベーターのように上へと押し上げられた。
窓と同じ高さまで到着すると、そこから窓へと飛び移った。
高くした土をそのままにしておくと怪しまれるので、縮小でしっかりと元に戻してやる。
「これで侵入完了だね!」
「ああ、後はノルヴィスがいる部屋を探すだけさ」
ここまでくれば後は目的の人物を探すだけだ。
俺たちが入ってきた部屋は誰かの仮眠室なのだろうか。
簡素な部屋ではあるが最低限の生活道具が運び込まれているように感じた。
「ノクト、下に降りよう」
「ああ、今その方法を考えているんだ」
「大丈夫、下はベッドだからそのまま降りればいいよ! ほら、いくよ」
「えっ、ちょっと待ってくれ――おわああああああああああっ!」
俺が待ったをかける前にベルデナは俺の手を取って、窓辺から飛び降りた。
下には柔らかな布団がある上に、現実的にもそれほどの高さではない。
しかし、小さくなった身体ではそれなりに高く見えるために悲鳴が漏れる。
「ぶふっ」
宙に引っ張り出された俺はそのまま地面に落下して布団に埋もれた。
「あははは、これ楽しいね!」
「楽しいけど心臓に悪いや」
埋もれていた布団から顔を上げると、ベルデナが楽しそうに笑った。
こればかりは楽しさを認めなくもないけど、もう少し心のタイミングを計らせてほしかったところだった。
などと嘆いていると、突如俺たちのいる部屋の扉が開いた。
入ってきたのはグレッグの後輩冒険者のレジーナ。彼女は部屋に入ってくるなり、ベッドの上にいる俺たちに視線を向ける。
「えっ?」
「「ああっ」」
互いの存在をバッチリと視認したことにより、両者から呆けた声が出る。
「ええええええ~っ? 風魔法で不審な声が聞こえたのでやってきたのですが、どうしてここに相手の王がいるんですかぁ~? それに姿もとても小さいですしぃ~」
相変わらずの間延びした声を上げながら目を丸くして近寄ってくるレジーナ。
「……ベルデナ、気付かなかったのかい?」
「ごめん、人の足音が大きく聞こえ過ぎてよくわかんなかった」
なるほど、小さくなった今のベルデナからすれば陣地の中にいる人の気配が大きく聞こえ過ぎるんだな。
そのせいでレジーナの接近に気付かなかったのも納得である。
「とてもとても不思議な現象ですけど、とりあえず王であるあなたを捕まえてしまえばこちらの勝ちですよねぇ~?」
レジーナの目が若干猟奇的だ。勿論、ここで掴まっては終わりなので、そう好きにさせたりしない。
「拡大!」
俺とベルデナの身体を拡大で大きくして元に戻す。
「ッ!? ウインド!」
突如として大きな姿に戻った俺たちを見て、目を丸くしたレジーナであるが即座に杖を構えて風魔法を放ってくる。
突風を巻き起こして俺たちの身体を壁に叩きつけるつもりだろう。
しかし、すぐに魔法を使ってくることは予想済みだ。
俺はレジーナの風魔法に縮小をかける。すると、突風はそよ風となって俺たちの髪を揺らす程度に収まる。
「はええええ~?」
動揺しているレジーナの隙を逃す俺ではなく、そのまま体術で彼女をベッドに組み伏せる。
「誰かぁ助けてください! 相手の王に犯され~」
「縮小」
レジーナがロクでもない声を上げようとしたので即座に声を縮小。
声すらも出なくなったことにレジーナは驚ききつつ、もがこうと身体をばたつかせる。
このまま意識を自由にさせておくと何をされるかわからないので手刀を入れて意識を奪っておいた。
「ベルデナ、誰か人は近づいてきてる?」
「ううん、誰もきてないみたい」
すぐに声を縮小したせいかレジーナの声はあまり響いてなかったようだ。
確かにシチュエーション的に危うい場面でもあるし、敵として仲間に敵の侵入を知らせるのは当然だ。
しかし、なんて言葉を上げようとするのだろうか、もうちょっとマシな助けの呼び方があっただろうに。
「ねえ、ノクト? この人は最後なんて言おうとしてたの? おかされるとかなんとか……」
ほら、うちの純粋無垢なベルデナが変な疑問を抱いてしまったじゃないか。
山の中で過ごしていたベルデナは純粋だ。一般的な人間が備えている下世話な話なども勿論知らない。
「…………それについては今度教えてあげるよ。レジーナが目を覚まさないうちにノルヴィスを探そう」
「うん? わかった」
人間の中で生活する以上、最低限は知っておくべきではあるが今教えるべきではない。
こうやって俺は未来へと問題を先送りにした。




