こっそり迂回
要塞の頂上に再び登った俺とベルデナは下に広がった景色を眺める。
撤退するために拡大したアースシールドは見事に破壊されて穴が空いていた。
そこからライアンやロックスをはじめとするハードレット軍が攻め込んでくる。
しかし、その数は開戦時に比べれば半分以下だ。人数は四十名ほどになっており、ここまでやってくることに加え、アースシールドを破ることで力を使ったからかかなり疲弊している様子。保険のためのアースシールドが随分と役に立ったみたいだ。
敵はアースシールドを突破すると、うちの要塞を取り囲むように散開した。
「なんだ? ビッグスモールの奴等は出てこねえつもりか?」
「だったら、こんな陣潰しちまえ!」
要塞から出て迎え撃つ気配がないと察したのか、敵軍がスキルや魔法を要塞に向かって放ってくる。
しかし、うちの要塞はそのことごとくを受け切った。
火魔法が当たった場所なんかを見ても、軽くこげつくだけでビクともしていない。
「なんだあの陣! 硬すぎだろう!?」
魔法をぶつけようとも全く壊れる様子にない陣に敵も唖然としている様子だ。
「ノクトの作った要塞、すごく硬いもんね。この姿だと殴ってもヒビしか入らないもん」
要塞の硬度実験に関しては既に実験済みだ。その防御力は人間サイズのベルデナが本気で殴ってもヒビしか入らないレベル。
とはいっても、何度か殴れば壊れてしまうところが恐ろしいところだ。
近づいてきた敵戦力目がけて、要塞にこもっている領民たちが迎撃をする。
壁の隙間からリュゼたちが矢を射かけたり、投げ槍を投げたり、リオネたちが土魔法を飛ばしたり。圧倒的な高所からの迎撃はそれだけでかなりの牽制になる。
「何人かの人が要塞に入ってきた」
「まあ、入っても意味はないんだけどね」
高さ四十メートルほどある要塞であるが、下半分は空洞となっている。
「おいおい、中には誰もいないじゃないか!?」
「ああんっ!? どっかに登る場所があるはずだろ! ちゃんと探せ!」
俺たちが迎撃するために控えている内部は二十メートルほど上にある場所で、そこに向かうための階段なんてものは一切ない。
俺のスキルで拡大した長大な梯子を手に入れるか、最初から中にいる必要がある。しかし、それらを敵が手に入れ、登ることは不可能だろう。
つまり、侵入してもまともにたどり着く方法はないのである。
「あっ、グラブとグレッグたちがロープで降りていった」
ベルデナの視界の先では、グラブとグレッグといった少数の戦力がロープで降りていった。
降下するのに使ったロープはすぐに切断し、散開している敵戦力の中でもライアンやロックスのいる場所に向かっていく。
『相手を願おうか』
グラブは先頭を走っているロックスに接近すると木剣を無造作に振るう。
「ッ!? ガード!」
ロックスは即座にスキルを使用し、黄金色のオーラを纏って大盾を構えた。
まるで硬質な金属がぶつかり合ったかのような甲高い音と火花が撒き散らされ、ロックスが派手に吹き飛び、防壁に衝突した。
二メートル近くの巨体を誇る男性が、力負けして紙のように吹き飛ぶ光景に呆然とする。
「ロックス! 大丈――」
「おおっと! お前の相手は俺だぜ?」
「グレッグ先輩!」
慌ててロックスに駆け寄ろうとしたライアンにグレッグが大剣で斬りかかる。
完全に不意をついた形での奇襲となり、打ち合いはグレッグの優位へと傾く。
しかし、相手は格上の冒険者。速く、鋭い剣撃は徐々にグレッグに不利を言い渡す。
「もらった!」
「本当にそうかよ?」
ライアンが身を低くしてグレッグの大振りを掻い潜る。が、グレッグは足で土を蹴り上げた。
「ぐあっ、相変わらずせこい!」
「ハハハ、昔から勝負を急ぐ癖は変わってねえな! 冒険者は騎士じゃねえからな。周りにあるものは何でも使うんだよ」
顔にもろに土を受けてしまったライアンは堪らず後退する。
そこにグレッグが小悪党染みた笑みを浮かべながら斬りこんでいく。
他の自警団の精鋭も続いて、ライアンとロックス以外の敵に斬りかかっていった。
なんだかグレッグの戦い方が山賊のようだ。
『どうした? もう立たないのか? 本体は無事なのだろう?』
「バレていましたか」
グラブの言葉に反応にして、瓦礫の中からロックスが出てくる。
「たった一撃で大盾がダメになってしまいました……」
彼の自慢の大盾はたった一撃で大きくひしゃげていた。
とはいえ、グラブのあの一撃を受けていて五体満足だなんてロックスもすごいな。
『まだ戦いは始まったばかりだ。私を楽しませてくれ』
不敵な笑みを浮かべながら、ロックスに近づいていくグラブ。
久し振りの戦闘で高揚しているのか。こんな戦闘中でも実にいい笑顔をしていた。
「……なんか山賊の親分と手下みたい」
そんな光景を見てベルデナがきっぱりと言う。
「それは否定できないね。だけど、頼んだ通りにやってくれてるみたいだし、俺たちは敵の陣地を攻めようか」
「うん! でも、どうやって? このまま降りて真っすぐに突撃するの?」
「さすがにそれじゃあすぐに取り囲まれてしまうから工夫はするよ」
敵側も疑似戦争の王である俺の顔はしっかりと覚えているはずだ。
いくら隙をついたとしても俺を見つけた瞬間、必ず取り囲んで追ってくるだろう。
その包囲をやり過ごし、跳ねのけながら、敵の陣地を落とすのはベルデナがいたとしても厳しい。
「とりあえず、ロープで下に降りるよ」
「わかった」
頂上から戦況の把握をしっかりと行ったところで内部に降り、敵がいない場所にロープを垂らして降りる。
使ったロープはすぐに切断し、再利用できないようにする縮小する。
「ここからは敵にバレないように、ロープのように小さくなって陣地に向かうよ」
「なるほど! ノクトのスキルがあれば小さくなれるもんね!」
ベルデナにスキルをかけたいが、俺が見つかっては一番マズいために自分に縮小をかける。
すると、俺の身体はみるみるうちに小さくなってしまい、視界はあっという間に低くなった。
目の前のベルデナは一般的な人間の身長をしているが、巨人のように大きく見える。
「小さいノクトが可愛いー!」
ベルデナが膝を折って小さくなった俺を指で突く。
小さくなった人が物珍しいのはわかるが、今は構ってあげられる余裕と時間なかった。
「次はベルデナにスキルをかけるよ?」
「うん、お願い!」
ベルデナが頷いたのを確認すると、俺は彼女に縮小スキルをかける。
ベルデナに直接スキルをかけるのは初めてではないが、最初の頃のような抵抗感はまったくなく、自分の身体のようにスムーズに小さくなった。
「えへへ、これで私も小さくなったね」
これだけ違和感なくスキルがかかるのはベルデナが俺のことを信頼してくれている証だろうな。
「それじゃあ、行こうか」
彼女の眩しい笑顔とその事実に照れ臭さを感じた俺は誤魔化すようにそう告げた。
◆
縮小スキルを使って身体を小さくした俺とベルデナは、自陣を抜け出して平原を走っていた。
疑似戦争では王を倒されるとその時点で負けとなる。
通常は王が陣の外に出るなんてことはあり得ない。
王が外に出てくるとは思わず、さらに縮小スキルで小さくなっている俺たちを誰も見つけることはできなかったようだ。
陣を囲んでいた敵軍の目を見事にすり抜けた俺たちは草原を走る。
「すごい! 小さくなるとこんなにも世界が広いんだね! ただの雑草なのに森みたいに深いや! うわっ、バッタも大きく見える!」
小さくなったベルデナが周囲の草花や虫を眺めてはしゃいでいた。
「楽しい気持ちはわかるけどあんまり寄り道していると日が暮れちゃうよ。今は時間がないから真っすぐ向かおう」
今の俺たちの背丈は草原の背丈の半分である十センチ程度の身体。
陣と陣の距離は約一キロ。元の姿からすれば、そう大した距離ではないが小さくなって歩幅が狭くなった今の身体ではたどり着くのにそれなりに時間がかかる。
その時間の間に陣が陥落して王がいないことがバレる……なんてことにはならないと思うが、できるだけ領民たちに負担はかけたくないからな。早急に決着をつけたい。
「わかった。その代わり、疑似戦争が終わったら一緒に遊んでね」
「約束するよ」
そう約束するとベルデナは素直に頷いて走り出してくれた。
幸いなことに草原には誰も人がいないので踏まれるような心配はない。
誰にも気づかれないように俺たちは黙々と走っていく。
「敵の陣地に近づいてきたね」
走り続けることしばらく。ベルデナと俺はようやくハードレット家の陣の傍にやってきていた。
小さくなっているので正確な距離は測りかねるが四十メートルもない距離だろう。
「思っていたよりも時間がかかったけど、無事に近づくことができたね」
草むらの影から眺めた俺は一息つく。
何せ今の俺たちの身体はとても小さい。普段なら気にしないことが命を脅かす障害となるのである。
進んでいる途中で自分よりも大きな虫に遭遇したり、空を大きな鳥が飛びだしたりと、道中にヒヤリとする場合も多かった。
なにせ今回の目的は敵にバレないように陣の内部まで侵入することだ。
途中で虫に絡まれたからといって元の姿になっては接近がバレてしまうのでできなかった。
「とはいえ、本番はここからだね。敵の戦力はほとんどが外に出ているけど、中に残っている戦力もいる。極力バレないように侵入するよ」
「もし、バレちゃった時はどうするの?」
「その時は大きくなって速やかに撃退、あるいは撤退して、小さくなって隠れよう」
敵もまさか人間が小さくなるとは思ってもいないだろう。仮に一度バレたとしても何とかなるような気がする。
まあ、一度侵入されれば警戒されるからバレないに越したことはない。
「わかった! 指示は任せるね!」
俺がそのように伝えると、ベルデナは元気よく頷いた。
方針が固まったところで俺たちはハードレット家の陣に近づいていく。
正面にはアースシールドで作った仮の防壁門があり、厳重に戦力が配置されている。
さすがにあれだけ開けた場所だと小さくなった今の姿でもバレてしまう。
素直に正面から行く必要はないので迂回して右側から侵入を試みる。
アースシールドの防壁の上には数人の魔法使いが立っている。
陣に近づいてくる敵がいないかを見張っているのだろう。
しかし、うちの戦力は開幕から陣地に籠り切りで、誰一人と陣の外に出ていない。
見張りに張っている魔法使いは暇そうだ。
「暇だなぁ。敵も攻めてこないし攻撃に行ってもいいんじゃないか?」
「バカいえ。また敵の陣地から巨大な槍や球が降ってくるかもしれねえぞ。いつでも守れるように警戒しておけ」
やはり開幕の一撃はかなり効いているみたいだな。魔法使いのほとんどが防衛に回されているようだ。
呑気な見張りの会話を聞きながら、草むらの中をこっそりと進んだ。




